第19話:とりあえず、ミナたちと臨時パーティー(幽霊屋敷②)
「ここが例の『幽霊屋敷』?」
「そうみたいだね…。やっぱり何か不気味だね。まだお昼なのに…。」
「ふたりとも大丈夫?」
ハンネさんから依頼内容を確認した私たちは、早速その屋敷に向かった。場所は、バシュラトの街郊外にある小さな森。昼間だというのに、森の中が薄暗いせいか、セレンの言う通り、ちょっと不気味に見えた。
「だ、大丈夫よ。思ったより、幽霊屋敷だな~と思っただけ!」
ミナが言い出しっぺのくせに、少し怖がっているのには滑稽に見えた。
「セレンは光魔法が使えるんだよね?」
「えっ、あ、うん。そんなにレベルは高くないけどね。ヒコサブロウ君も使えるんでしょ?」
「大丈夫。あまり使ったことはないけどね。」
「まあ、ヒコサブロウ君なら何でも大丈夫そうだよね…。」
「ははは…。」
少し余談になるが、この世に「幽霊」は存在する。前世では、その存在の有無については諸説あったようだが、この世界ではモンスターの一種として数えられている。主に弱点はアンテッドモンスターと同じで光魔法。一方で物理攻撃はあまり通用しない。アンテッドモンスターには一定の効果があるが、悪霊とも言われる幽霊の類いには物理攻撃が効きづらい。武器の中には光魔法を纏っているものあるので、それについてはその限りではないが…。ちなみに私の黒王は問題ない。自身の光魔法を纏うことができるからだ。
というわけで、今回の依頼では私とセレンの光魔法が達成には不可欠に思われる。一方でミナは光魔法が使えず、主に格闘等の物理攻撃がメインなので、今回の依頼には不向きだ。そんな彼女が本依頼の発案者なので、何とも言えない。まあそういう意味では、二人はバランスが取れているパーティーと言えよう。
―――――
「とりあえず中に入って調査しよう。とりあえず僕が先頭で次がミナ、最後尾がセレンの順番でいこう。」
「そうだね。お姉ちゃんは光魔法が使えないからね。それがベストかも…。」
「私も異議なし。」
さすがに放置されていた屋敷だけあって、中は薄暗かった。念のために持ってきたカンテラに火をいれる。窓からは日光もある程度は差し込むみたいで、最低限の明るさは確保できた。
ハンネさんに事前に見せてもらった屋敷の配置図によれば、1階に5部屋、2階に5部屋あり、それ以外に洗面場、風呂場、台所、トイレがある。使用人がいたとは言っても、一人暮らしにはそれなりに広さがあるなと感じた。まあ、こっちの世界の資産家はそんなものなのかはわからないけど…。
入口に鍵はかかっていないみたいなので、正面玄関から入る。玄関からは一直線に廊下があり、両側に部屋は並んでいる。2階へ上る階段は1階の最奥部にあるらしい。
「まずは1階の部屋からひとつずつ見ていくか…。」
特に目的の場所はないので、まわりに注意を配りながら、各部屋を見ていく。ただ、どの部屋も当時使っていたであろう家具が、すでにボロボロの状態で無造作に置いてあるだけで特段変わったことは見受けられなかった。自身の気配察知にもこれといった反応はなかった。二人に見つからないように、こっそりサーチを使ってみたが、これにも反応はなかった。
右側から順々に部屋を見て、左側に移る。1階の最後の場所である台所にある。やはり屋敷がそれなりの広さがあるからか、台所も結構広かった。竈もひとつではない。ミナたちと見回すが、特に何もなかった。彼女たちも同様の反応を示した。
1階は空振りかと思い、台所を出ようとしたところ、竈の蓋が少し空いていることに気付いた。おもむろに中を覗いたところ、煤だらけの1冊の本らしきものを見つけた。それを竈から取り出す。
「ヒコサブロウ、何それ…?本?」
「ああ、そうみたい…。何だろう…。」
ミナとセレンも興味津々に煤で真っ黒に汚れてしまった本を覗き込んでくる。
「中身はと…。ダメだな…。煤だらけで真っ黒だ。全然読めないし…。あれ?辛うじて最後のページは読めそうだな。何だろう…。一番上に日付が書いてあるな。日記かな…?」
誰の日記だろうと思いながら、その最後のページに目を通す。そこだけは不自然だと思えるぐらい、はっきりと書かれている文章が読める。紙自体は少し黄ばんでいたが。
日記にはこう書かれていた。
「あの子が心配。
あの子はあの事件から変わってしまった。あれだけ好きだった人が、突然いなくなってしまったのだから、致し方がないことのだけど…。
あの子はあれから部屋に引き籠るようになった。食事も碌に取らなくなって、どんどん痩せこけていった。何度も部屋から出るように勧めた。何か気分転換になればといろいろ買い与えた。だけど無駄だった。お医者さんにも診せようとしたけど、あの子はそれを拒んだ。もうまわりの全てに拒絶反応を示していた。
だけど、何か月かして、あの子が自分で部屋から出てくるようになった。ちょうど、新しい商人がうちに出入りするようになった頃だった。食事も取るようになって、私に『今までごめんね。』と言ってくれた時は、嬉しくて涙を流した。その商人はそれから見かけなくなったけど、そんなことはどうでもよかった。これであの子も立ち直ってくれると思っていたから…。
あの子は変わってしまった…。やっぱり変わってしまっていた…。あの時の希望は脆くも崩れ去ってしまった。
ある日、使用人の女の子の悲鳴が聞こえた。あの子が部屋にいない時、彼女は掃除のためにカーテンで窓が閉め切られた薄暗い部屋に入った。しかし、カーテンを開けて目に飛び込んできたものは異常な光景だった。それは多くの動物の死骸だった。机の上で小鳥やリス、子犬や子猫に至るまで多くの死骸が積まれ、部屋は血まみれだった。
その晩、あの子を問い詰めた。だけどあの子は、虚ろな目をしながら、「何を怒っているの?これもあの人のためなの…。何がいけないの?」と平然と答えていた。
その日から、彼女はまた部屋に閉じ籠った。食事は取っているようだけど、部屋から滅多に出なくなった。あの一件以降、屋敷の使用人たち気味悪がって、あの子の部屋に近付こうとはしなかった。その内、使用人たちも、一人また一人と辞めていった。結局、この屋敷には、私とあの子以外誰もいなくなってしまった。
私は病気だ。もう死期が近い。死神の足音は間違いなくゆっくりと近付いている。私が死んだ後、あの子が心配だ。あんな子でも私のかわいい娘。あの子が何を考えているか全くわからない。
だけど、考えるのはここまでにしよう。もう私は最期を迎えるのだから…。」
そこでこの日記は終わっていた。
「………。」
「………。」
「………。」
私たちは、その場で固まってしまった。内容が思っていた以上に重たいものだったからだ。
「これは…。ここの主人の日記か?」
「主人ってことは、ハンネさんのお母さん?」
「だとしたら…、『あの子』って…。もしかして…。」
「一体この屋敷で何があったの?ハンネさんの言うことが本当だったら、彼女の母親はこの屋敷で一人暮らしだったはず。一緒に住んでいたとは言ってなかったよ。」
「そうだね…。何かハンネさんの言っていたことと事実は違う気がする。」
「うん…。ヒコサブロウ、これからどうする?」
「……。まだ2階を調べていないが、とりあえずこの屋敷を出よう。何か嫌な予感がする。」
「この日記はどうする?」
「ハンネさんに見せよう。もしかしたら何か隠しているのかもしれない…。それが『幽霊屋敷』と何か関係があるかもしれない…。」
私たちは屋敷を出た。すでに陽は傾きかけていた…。
読んで下さり、ありがとうございました。