第16話:とりあえず、領主に会う。
「Dランク冒険者 ヒコサブロウよ。今回の討伐では顕著な働きを示したと聞いている。このバシュラトの街がモンスターの脅威から守られたことは、領主としても喜ばしい。その褒美として、300万テーレを与える。これからも冒険者として、街のために働いてくれ。」
「ははっ。微力ながらこれからも精進して参ります。」
グリーンキャタピラーの「成虫の儀式」事件から1ヵ月が経った頃、私は領主の館にこうして呼ばれ褒美を受け取った。なぜこのようなことになったかといえば、時は1週間前に遡る。
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先日の一件でDランク冒険者に昇格した私は、特に以前と変わらず、自分のペースで依頼をこなしていた。ちなみにまだソロ活動である。あの一件以降、いくつかのパーティーからは加入を申し込まれたが、丁重にお断りした。
やはり自身の能力が規格外だということを再認識したので、あまり目立たず、本当の能力に気付かれないための防衛策だった。まあ「虫殺し」とあだ名が付いている時点で、「目立たない」という点については手遅れかもしれないが…。
それにソロ活動の方が気が楽だというのもある。決して加入を申し込んできたパーティーが、むさ苦しい野郎ばかりだったので遠慮した訳ではないということを付け加えておく。
さて、そんな感じで依頼をこなしていたある日、ギルド受付嬢のミルさんに声を掛けられた。
「ヒコサブロウさん、今日も依頼ご苦労様です。この後、時間があればギルマスの部屋にお願いできますか。お話があるそうなので…。」
「わかりました。このまま向かいます。」
ギルマスの部屋の扉をノックすると、「どうぞ」という返事が聞こえたので、そのまま部屋に入った。
部屋にはギルマスの他に、サブマス、そして討伐依頼でお世話になったブロス隊長もいた。
「やあ、ヒコサブロウ君。急に呼び立てて悪いね。まあ座ってくれ。」
ギルマスからそう促され、部屋の中央に置かれたソファーに座った。そこに他の3人も座る。
「今日呼んだのは他でもない。先日の一件についてだ。単刀直入に言うと、今回の討伐実績が評価されて、君に特別報酬が出ることになった。だから1週間後に、ブロス隊長と私と一緒に領主の館に来てほしい。」
「『特別報奨』ですか…?あの緊急依頼は、確かに私も参加しましたが、何も私だけの成果ではありません。調査班や守備班、支援班など、いろんな人が協力した結果だと思いますが…。」
「当然だ。彼らには緊急依頼の報酬をすでに渡している。君もランクに則って受け取っているはずだ。今回はそれとは別物だと考えてほしい。」
「実は、私の方から領主へ今回の討伐の経緯を詳しく話したところ、ヒコサブロウの話になってな。領主の方から『そんな有能な冒険者が活躍したのであれば、特別報酬を出そう』となったわけだ。」
ギルマスの話を補足するように、隊長が経緯を説明してくれた。要は、今回の討伐依頼で一番の活躍を見せたから、それに対して報酬が出るという話だった。
「わかりました。そういうことであれば引き受けます。」
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そして、時は今に至る。
ここバシュラトを治める領主の名は、アードルフ・フォン・バシュラト。古くからバシュラトを治める名家で、本代で10代目を迎えるとのことだった。国家の重要な交易地として、通行税や関税を軽減もしくは廃止する等して、善政を敷き、領民からも慕われているとギルマスから教えてもらった。
「これにて報奨式典を終了致します。」
バシュラトの大臣らしき人の発声で、領主はその場を退席した。隣にいる女性は、おそらく夫人と令室なのだろう。名家という名に恥じぬ立派な振舞だった。
「ファルス様、ヒコサブロウ様、こちらにお出で下さい。領主様がお話をしたいとのことです。」
式典も滞りなく終わり、さっさと帰ろうと思っていた矢先、さっきの式典を進行していた大臣からそう告げられた。
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「それでは、この部屋でお待ち下さい。領主様はまもなくお見えになられます。」
館の執事から部屋に案内された私たちは、手持無沙汰でその場に立っていた。
「まあ、座って待とうか。」
ギルマスの言葉に頷きながらも、少し緊張しながら彼の隣に座った。今世はもちろん、前世でも「貴族」に会う機会はなかったから、いやでも緊張してしまう。そういえば、ブロス隊長は貴族だったっけ?あの人は「貴族」っていう威張った印象はなかったからな…。さっきの領主の方が「貴族」オーラが出ている気がする。
「あまり緊張しなくても大丈夫だよ。領主のアードルフ様は、平民にも差別なく接してくれるお方だから。」
「ギルマスは以前にもお会いしたことがあるのですか?」
「まあそうだね。ギルドマスターなんてやっていると、直接会う機会も少なくないからね。冒険者はこの街にとっても重要な存在で、領主様もそれを認めているから。だからこそ、今回みたいな特別報奨が行われたしね。」
「そうなんですね。何となく『貴族』と聞くと、威張っているイメージが勝手に思い浮かんでしまって…。」
「ははは。まあ、そういう人も中にはいるけどね。まあ領主様は大丈夫だよ。だけど、それでも失礼のないようにね。まあ、ヒコサブロウ君なら問題ないと思うけど。さっきの返答も様になっていたし。」
「ははは…。それならいいのですが…。」
ギルマスとそんなたわいもない話をしていると、部屋の扉が開かれ、領主が顔を見せた。年齢は40歳を超えたぐらいだろうか、その精悍な顔つきから、いまが働き盛りだという印象を受ける。
「いや、待たせてすまなかった。さっきの式典はご苦労だった。ヒコサブロウは、まだ若いのに堂々としていたな。ファルスの言う通り、『期待の新人』だな。」
先程の式典で見せた貴族らしい雰囲気は醸し出しておらず、とても砕けた口調で私たちに接してくる。その点を見る限り、ギルマスの言う通り、こちらが平民だからといって、特段差別意識はないように伺える。領主といい、ブロス隊長といい、優秀な貴族がこの街には多いようだ。まあ、貴族がどれだけいるのかは知らないけど…。
「まあ、前置きはこのぐらいにして本題に入ろう。急に呼び止めてすまなかった。大した話ではないんだが、君の活躍を聞いたうちの娘が、ぜひ一度手合わせをしてみたいと言っていてね…。どうかな、ヒコサブロウ君。」
「手合わせ…ですか?」
「ああ、うちには15歳になる娘がいてね。さっきの式典にも出席していたから、顔は何となくわかると思うが…。名前はエミーリアだ。彼女は小さい頃から武芸に興味があってね。特に悪いことじゃないと思って、5歳から家庭教師を付けて、剣の修行をさせている。ただ、少し興味を持ち過ぎてしまって、今ではこの辺の同年代では一番強いと言っても過言じゃないかもしれない。まあ、親からの贔屓目もあるがね。」
「そういえば、エミーリア様は15歳になったら、冒険者になるとよくおっしゃっていましたね。」
「ああ、たださすがに、貴族の子女を冒険者として活動させるのは、あまり好ましくなくてね。私は特に問題にしていないんだが、妻がね…。これから淑女としての嗜みを身に付けさせる大切な時期に冒険者なんて危険なこととか言って、まあ反対しているわけだ。そんなわけで、最近では刺激が足りないようで、屋敷の衛兵とも手合わせをしたがるようになってしまって…。衛兵たちも、相手が仕える主人の娘ということで、あまり無碍にもできないし…。そんな時に今回の事件で同年代の君が活躍したことを聞いて、是非にとなったわけだ。」
「なるほど…。私は特に構いませんが…。」
「そうか、助かるよ。まあ勝ち負けについては、気にしなくていいから。君も遠慮することなく、勝ってしまって構わないから。」
「……とりあえず、がんばります。」
というわけで、領主の娘と手合わせする羽目になってしまった…。
読んで下さり、ありがとうございました。