第14話:とりあえず、フラグが立たなくても、何かは起こるらしい。
「よしっ!これより我らは、森に入りグリーンキャタピラーを討伐する!何としても『成虫の儀式』を阻止し、ポイズンモスが出現する前に決着をつける!いいかーっ!」
「「「「「おおーっ!」」」」」
ブロス隊長の意気軒高な掛け声に、隊員と冒険者が勢いよく呼応した。
―――――
当初、討伐隊はグリーンキャタピラーをスタン村と森の間に位置する平原で迎え撃つ算段だった。そしてその計画は特に支障なく進むかに思われた。奴らの急な進路変更がない限り、その全てを討伐できると踏んでいたのだ。
その予定が崩れ始めたのが、スタン村に到着した翌々日のことだった。その前日に引き続き、奴らに特段動きはなかった。群れは動かず森に居座り続けたのだ。
しかし、その日の夕方、斥候部隊からとある情報がもたらされた。それは、群れの規模が大きくなっているとの情報だった。スタン村到着時は100匹程度だったものが、夕方時点では200匹程度に増えているということだった。それを聞いた私たちは、警戒を強めた。おそらくタルス村を壊滅させた群れが合流したものと推察された。但し、向こうに動きがない以上、森で戦うという不利を考慮し、特に何もしなかった。本来であれば、この時に気付くべきだった。
そのことに気付いたのは、翌日昼頃のこと。斥候部隊から群れが更に大きくなったとの情報が入った時だった。その数、約300匹。それを聞いた時、ブロス隊長たちは、討伐の困難さを感じ始めた。しかし、私は別のことに気付くと同時に後悔し始めていた。
「まさかここまで増えるとは…。バシュラトに増援を依頼した方がいいかもしれん。」
「そうですね…。ニラード君が言っていたヒコサブロウ君の討伐実績が本当であったとしても、不測の事態に備えるためには、こちらの手勢が不足していると思います。」
「すみません。バシュラトからの増援を待つ時間はないかもしれません…。」
隊長と副隊長との会話に割り込むかたちとなったが、自分の率直な意見を述べることにした。
「どうした、ヒコサブロウ?何かあるのか?」
ニラードさんが怪訝そうに私を見る。
「はい。私の直感が正しければ、すでに『成虫の儀式』は次の段階に入っているものと思われます。」
そう、群れに動きがないことを安心材料だと思ってしまっていた。しかし、本当はそれは危険な兆候を示していたのだ。
グリーンキャタピラーが動きを見せなかったのは、もうすでに捕食活動が終了したことを意味し、後は自身が成虫に選ばれたものに捕食されるのみという段階に入っていたのだ。群れ自体が増えている現時点では、まだその段階に入っていないのだろうが、それも時間の問題だと考えられた。そして、その後、グリーンキャタピラーは「蛹」の状態になり、最終的にポイズンモスが誕生するという流れだ。
そのことを隊長たちに伝えると、その場の空気は緊迫したものに変わった。討伐隊にとって、それは是が非でも避けなければならない事態だったのだ。「成虫の儀式」完了への残存時間と、バシュラトの増援到着から討伐開始の時間を比較した時、それは間に合うか否かとても微妙なとこだった。
「なるほど。ヒコサブロウの話はわかった。斥候部隊の情報から察するに、確かに儀式は最後の段階に入ろうとしているかもしれない。しかし、それならばどうするか…。何か意見がある者はいるか。」
「どちらにしても、バシュラトには増援を依頼するべきでしょう。奴らの動きがどうであれ、いまの手勢で討伐を遂行するには心許ないと思います。」
「副隊長の意見には賛成です。その上で、現状の手勢でどう対応するかも考える必要があります。奴らに動きがなく、こちらに向かってくる可能性が低いとすれば、こちらから攻めるしかありません。」
「なるほど…。バートの意見はわかった。どちらにしてもバシュラトには応援部隊の派遣を依頼しよう。あとは我々がどうするかだが…。正直、いまの手勢で勝算があるか…。」
隊長はバシュラトへの増援依頼については、即座に対応を決定したが、自分たちの動き方については逡巡しているようだ。しかし、時間はあまり残されていないというのが実情だった。問題は勝算があるか否か…。
「ブロス隊長。先程も申し上げたように、あまり猶予はありません。いまの手勢で何とか対策を施すしかありません。群れの全てを討伐することは難しくても、儀式の進行を妨害することはできるはずです。」
「ヒコサブロウ、何か策があるのか?」
「はい。『成虫の儀式』において、その捕食被害は人間だけではなく、様々な生物に及びますが、最後は必ず自身と同種の生物の捕食行為が行われます。したがって、現在群れを成しているグリーンキャタピラーを一定数以上討伐できれば、蛹段階への移行を防ぐことができるはずです。」
「なにっ!それは本当か?」
この世界に転生する前、ミコトから受けた座学によれば、「成虫の儀式」において、対象生物が蛹に至るためには、必ず同種生物の一定数以上の捕食行為が必要になるとのことだった。一定数はその生物や状況によって異なるが、今回の場合は、300匹のグリーンキャタピラーがそれに該当すると考えて間違いないだろう。つまり、奴らを半数でも討伐することができれば、蛹への成長を止めることができる可能性は高い。
「彼の話が本当であれば、この手勢でも何とかなるかもしれません。バシュラトからの増援を待つ間に、奴らの多くを討伐できれば、少なくともポイズンモスの出現は防ぐことができると思われます。」
「そうだな…。最低限でもポイズンモスの出現は止めなければならん。よしっ…、全隊員に出撃準備をさせろ。出発は明け方とする。時間は惜しいが、まもなく夕刻になる。森での夜戦は避けねばならん…。」
「はいっ!すぐに手配します。」
そして、明け方を迎え、これから全員で出発する時刻となった。
―――――
現在、バシュラト軍と冒険者は、森に向かって草原を進んでいる。スタン村から森まではそう離れていないため、正午までには到着する見込みだ。すでに斥候部隊により、奴らの所在は確認できている。とはいっても、昨日と変わらず、大きな動きはないようだ。
森の入口付近まで近付いた時、全軍小休止に入った。この任務の恒例となったいつものメンバーが隊長のもとに向かう。昨日の時点で攻撃方法はすでに決定・周知されているので、あくまでも最終確認だ。
「作戦は昨日決めた通りです。我が軍の魔法部隊と冒険者の魔法使いが連携して、風魔法で攻撃。その後、乱戦に持ち込みます。火魔法は森に延焼するので、くれぐれも使用しないようにお願いします。但し、蛹を見つけた場合のみ、火魔法で討伐するという方向で考えて下さい。」
副隊長が攻撃の流れを改めて説明する。隊長を始めとして、バートさん、ニラードさん、そして私はそれに同意を示す。
「ヒコサブロウの魔法は強力だ。威力は実際に目の当たりにしたから保証できる。初手については、こいつに任せてもいいと思うぞ。」
「なるほど。確かにあの報告が事実だとすれば、それは期待できるな。だが、今回は火魔法は使えない。風魔法でも同じようにいけるのか?」
「どうだ?ヒコサブロウ?」
ニラードさんは期待するように、隊長は少し様子を伺うようにして、私に確認してきた。
「はい。奴らとの混戦に持ち込む前であれば、やり方はあると思います。」
できるだけ、みんなの期待には応えたい。儀式の途中段階を見抜けなかった失態も取り戻したい。それで責められたわけではないが、このメンバーの中で、儀式に一番詳しかったのは、おそらく私だと思う。だから今回のことに少し責任を感じていた。
「わかった。それであれば初手攻撃は彼に任せよう。その後は先程の通りだ。」
隊長の許可が下り、全員で森に入り始めた。何としても儀式を完了させてはならない。
天候は曇り。この前の同じような空模様だった。
戦いはまもなく幕を開ける。
読んで下さり、ありがとうございました。