第13話:とりあえず、戦闘に向けて準備を進める。
「ブロス隊長、ニーデ村にはグリーンキャタピラーはいません。おそらく移動したと思われます。奴らの移動跡から推察するに、おそらく西方面に移動しているかと。」
「わかった。ご苦労。部隊に戻ってくれ。」
「はっ!」
ブロス隊長が放った斥候によれば、奴らはすでに移動を開始したようだ。それを聞いた彼は、地図を広げて確認する。そこには副隊長のキールさん、冒険者のバートさん、ニラードさん、そして私がいた。
「奴らは必ずしも人間を襲うとは限らない。聞けば、『成虫の儀式』では周辺のモンスターも被害に遭うらしいからな。ただ、そうは言っても、村への被害は出したくないから、ここから西方面に最も近いスタン村へ向かうとしよう。」
ブロス隊長の案に反対する者はいなかった。すぐさま行動を開始する。
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「隊長、奴らの動きを補足しました。その数はおよそ100匹程度です。奴らはスタン村に向かう途中の森でモンスターを捕食している模様です。」
「わかった。斥候部隊にはそのまま任務を継続するように伝えてくれ。」
「了解しました。」
「奴らはまだスタン村には到達していないようだが、それも時間の問題だろう。何とかスタン村に先回りして、村民たちを避難させなければな…。」
「そうですね。まずは数名を選抜して、村に向かわせる方がよろしいかと思います。」
ブロス隊長の懸念に、キール副隊長が答える。特に反対意見は出ず、5名の隊員がその命を受け、スタン村に向かった。途中で奴らに遭遇するわけにはいかないため、必然と遠回りをすることになり、時間的にあまり余裕がない。
「さて、我々はどう動くか…。奴らがまだ森にいるのであれば、背後から急襲するか…。」
ブロス隊長はスタン村に到達させる前に、奴らを討伐する方針を取りたいようだ。
「おい、ヒコサブロウ。どう思う?」
その様子を見ていたニラードさんが、私に小声で聞いてきた。
「そうですね。いまの状況で、森の中での戦闘はあまりお勧めできないですね…。」
「ほう、その理由は?」
「まず、森の中では集団戦に持ち込みにくい点です。各個撃破になった場合、味方同士で連携が取れず、効率的に討伐できません。また、奴らが他のモンスターを捕食中であるという点も不安材料です。万が一、それらのモンスターとも戦う場合になれば、こちらが不利になる恐れがあります。」
「なるほどな…。」
「たしかに、ヒコサブロウ君の言う通りだな。」
私たちの会話を聞いていたバートさんも賛同してくれた。
「その冷静な判断能力。確かに君は『期待の新人』のようだ。私からブロス隊長にその意見を伝えておこう。」
バートさんが冒険者としての意見を隊長に伝え、隊長もそれに同意を示してくれた。
「やはり、奴らとは集団戦に持ち込む方が得策のようです。いま奴らがいる森からスタン村との間には、それほど広くはありませんが、平原が存在します。そこで討伐戦を行うのがよろしいかと。」
「そうだな。よし、奴らよりも先にスタン村方面に移動を開始する。全員出発だ。」
副隊長の意見を聞いた隊長は、全員に出発の号令をかけたのだった。
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スタン村。
ニーデ村の西部に位置し、村の規模はニーデ村、タルス村とそう変わらない。但し、2つの村とは異なり、バシュラトへとその他都市との交易路に面している。つまり、スタン村がグリーンキャタピラーたちによって全滅した場合、また「成虫の儀式」が完了し、ポイズンモスが誕生した場合は、交易路に面している村々に更に被害が拡大していく可能性が大きくなるということだ。討伐隊としては、何とかしてその事態を未然に防ぎたいと考えている。
そういうわけで、現在は回り道をしながら、奴らが捕食活動している森を避け、スタン村に向かっている。奴らが森で捕食活動していることは、決してこちらに不利となるわけではない。まずは、スタン村へ移動する時間を稼ぐことができること。そして、森のモンスターとの戦闘による数の減少だ。いくら群れで動いているとはいえ、奴らはあくまでEランクモンスター。森にもEランクモンスターは存在するので、群れの全てがスタン村に到達することはないだろう。これについては、ブロス隊長やバートさんも同意見だった。
陽が傾きかけた時刻、私たちはスタン村へと到達した。先に到着した斥候部隊によって、すでに村民たちにはグリーンキャタピラーのことが告げられており、各々避難を始めている。
「よし、全員小休止。小休止後に村民たちの避難を補佐しつつ、戦闘に備えるぞ。」
ブロス隊長の指示により、全員休憩を取る。ここまでハイペースで移動してきたので、隊員たちから疲労の表情が見て取れる。小休止の間、隊長に呼ばれた。
臨時的な拠点となったスタン村の村長宅に向かうと、隊長を始め、副隊長とバートさん、ニラードさんがすでに揃っていた。
「すみません、遅れました。」
「いや、問題ない。とりあえず、今後のことについては話し合いたいと思う。ヒコサブロウは、戦闘能力が高く、グリーンキャタピラーとの相性も良いということで来てもらった。よろしく頼む。」
ブロス隊長は貴族出身だということだが、こうして改めて考えてみると、平民への差別意識は感じられない。
前世でよく読んだラノベとかだと、「この平民が出しゃばるでないわ!」みたいな、差別テンプレみたいなのがあるのかなと何となく思っていたが、そういうことはないようだ。貴族全体がそうなのかはわからないが、少なくとも彼に悪い印象を抱くことはなかった。
「さて、今後のことだが、奴らがスタン村に向かったとしても、戦闘は明朝以降になると考えているが、皆どうだろうか。」
「はい。私も同意見です。奴らは夜間は活動を停止すると思います。」
隊長の意見に、バートさんを始め、みんなが同意を示す。
「それなら、最低限の見張りを除いて、部隊にはできる限り休息を取らせよう。疲労が溜まっている状態では、今後の戦闘に支障を来すからな。」
「隊長、村民の避難はどう進めますか?」
「そうだな、最低限の護衛を付けて、近くの村まで移動してもらおう。移動が厳しい子供や老人がいる場合は、村に残ってもらおう。本当は戦力をここで分けたくはないが、さすがに護衛もなしに夜間に移動させるわけにはいかないからな。まあ、護衛は避難が完了次第、こちらに急ぎ戻ってもらうことになるが…。」
結局、村民の大部分が村を後にし、静けさと夜の闇が覆う村で、部隊は休息に入り、翌朝を迎えた。
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翌日。天候は曇り。案の定、奴らの攻撃はなかった。現在位置を把握するため、すでに夜明けから斥候部隊が動いている。
「隊長、報告します。森でグリーンキャタピラーを確認しました。まだ特に動きはありません。その数およそ100匹です。」
「わかった。報告ご苦労。」
隊員たちが簡素な朝食を取り始めた頃、斥候部隊から報告が入った。こちらの予想に反して、奴らの群れはそれほど数を減らしていなかったようだ。
「100匹か…。まあ、戦闘になったとしても何とか討伐できる範囲だな。」
朝食のパンを齧りながら、隊長が呟く。この場にいるのは、昨晩と同じメンバー。この作戦で私も中心メンバーに数えられてしまったようだ…。
「そうですね。まあここにいる『期待の新人』は150匹以上を一網打尽にしましたから、余程のことがない限り、負けはしませんよ。」
ニラードさんが冗談交じりに言う。
「はっはっは!そうだな。戦闘になったらその手並みを拝見させてもらうとしよう。」
「ニラードさん、あまり期待しないて下さい。ストレスで胃が痛くなります…。」
「そうか、そうか。わるい。わるい。」
「それにしても、奴らは移動していないのですね。森での捕食活動を続けるつもりでしょうか…。」
ニラードさんと私のやり取りを見ながら、副隊長が静かに呟く。
「まあ過去の記録によれば、『成虫の儀式』で被害を受けるのは、必ずしも人間だけというわけではないらしいからな…。森での活動をまだ続けるとしても、特段不思議なことじゃない。」
「隊長の言う通りですね…。ただ何となく不安です。」
「副隊長、あまり不安がるな。隊員たちにも自ずと伝わってしまう。」
「そうですね…。申し訳ありません。」
戦闘はまだ先のことかと、何となく思っていた。
本当はこの時に気付くべきだったのだ。儀式がまだ途中であり、その次の段階があることを…。
読んで下さり、ありがとうございました。