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木漏れ日とダンスを  作者: 三輪
3/4

「ごめんね、''森''さん。...兄さんなら友達が多いから、''森''さんの願いを叶えられるかもしれないと思ったんだ。だけど僕の考えが甘かったよ。」

「チチチ、やなやつ!」

『ありがとう...ヨルク。』

毟られた植物の跡、怯えた動物達。ヨルクは申し訳なさそうに辺りを見回した。

『あのね、ヨルクがくれた種から芽が出たんだ。つぼみもついたよ。』

ヨルクは悪くない。

''森''は、ヨルクには笑っていて欲しかった。しかめっ面は似合わない。

「本当?」

ヨルクが顔を上げた。

『そこの丘に植えたんだ。』

種からは芽が出て、あっという間にウサギの背を超えた。見る度に背が高くなり、昨日は飛んでいた小鳥がぶつかってしまった。

太陽に向かって真っ直ぐ茎を伸ばしているその植物は、どこかヨルクに似ていた。

「もうすぐ花が咲くね!」

丘の上でヨルクが呼びかけている。いつもよりぎこちないけれど、素敵な笑顔だった。





それからも、暫くヨルクは来なかった。種は、綺麗な花をつけた。ヨルクの顔より大きい、黄色い花。

太陽を眩しそうに見上げている。''森''も、花と同じように、太陽を見上げた。''森''の葉は鮮やかな緑色になっていく。

でもらじおはザーと鳴きもしなくなってきた。お腹が空いたのかと木の実を勧めてみたが、「す...すす...」と言ったきりだ。木の実は嫌いらしい。日にあたり、雨風に晒されて、銀色の檻は白くなってしまった。

「チチチ、綺麗だね。あの花、なんて名前かな。」

『分からん。でも綺麗。』

大きな入道雲が、街の向こうで大きくなっていた。





ザッ...ザッ...


「チチチ!''森''さん!」

''森''はたっぷり茂った緑の葉を揺らした。

「やあ、''森''さん。...久しぶり。」

ヨルクだ。白いシャツを腕まくりして、額に浮かんだ汗を拭った。

『ふん...仕事は捗ってるのか。』

ヨルクのために大きな日陰を作る。森の奥から冷えた風を送った。

「うん!もうすぐ完成するよ。」

ヨルクはお礼を言って、木陰に入ろうとした―


「...!」

町に近い方から、大きな―何かが弾けるような音がした。

『...なんだ?祭りでもやってるのか?なあヨルク...』

''森''はヨルクを見下ろした。ヨルクは、丁度地面に顔を埋めるところであった。

『ヨルク!?』

鮮やかな黄緑色の草の上に、真っ赤な液体が広がる。

森の緑の中で嫌によく目立つ。

「う...」

ヨルクは脚の付け根に手を当て、顔を顰める。指の間から絶え間なく血が流れていた。

「チチチ!!誰か来る!!」

小鳥が怯えたように''森''の腕に隠れる。

草花を乱暴に踏みつけ、数人のヒトが近づいてきている。

''森''は血を流すヨルクを匿うように腕を広げた。

「やっべぇ、熊かと思ったら人だったわ。」

ヨルクの傍に、男達の一人がしゃがみこんだ。焦げ臭い匂いが届いてくる。

背には長い猟銃を背負っていた。

脂汗を滲ませるヨルクの頬を軽く叩く。

―こいつらが。

「あれ?こいつギーナの弟じゃね?」

「本当だ」

「まあいいだろ。」

―こいつらが!!

「それより早く薬草取って帰ろうぜ。この土地だって売りさばけば俺たちは億万長者だ。」

「ギーナには感謝してもしきれねえな!」

―こいつらがヨルクを!!!

「うわあああ!?」

男達は、突然の地震に地面に座り込んだ。

男達の周りの木々が唸るように揺れる。

「やべえよ...早いとこ薬草取って帰ろうぜ。」

男が''森''に目をつけた。

「おい、この木ってあれじゃね?」

「あぁ、俺も小さい頃聞いた事がある...''森''だろ?」

''森''は身構えた。

「枝でも折って持って帰ろうぜ!そうすりゃ俺達は勇者...」

男が節ぶくれの手を伸ばす。

しかし、その男は次の足を踏み出すことができなかった。

「...やめ...ろ....」

ヨルクが、地面を這って男の足を掴んでいた。その後ろには血の道ができている。

男は躊躇うことなくヨルクの頭を蹴り飛ばす。ヨルクは小さく呻き声をあげて動かなくなった。

「んだようるせえな!お前は引っ込んでろ!後で病院にでもなんでも...」


ゴキッ―


「ぎゃあああ!!」

男の足が、不吉な音を立てる。

地面から伸びたツルが、しっかり男の足に絡みついていた。

その中の足は不自然な方向に曲がっている。

「足が!!」

「なんだ!?あれ突然伸びて...」

そう怯える別の男の腕に、鋭く尖った木の枝が突き刺さる。

「ロン!?」

もう1人の男の背後には、ものすごいスピードで成長していく木の枝が迫る。

『....よくも...!!』

「なんだ?声が...うわああああ!!!」

男達はツルに抱えられて宙ぶらりんになっている。

『私はお前らを...お前らを!!』

近くで雷が鳴った。

いつの間にか、森を大きな入道雲が覆っていた。

バケツをひっくり返した、という比喩では間に合わないほどの大雨が降り出す。

「逃げろ!!」

そう叫んだ男の腕が折れる。

''森''はヨルクを見下ろした。呼吸が浅い。

町まで響いた轟音は雷か、それとも''森''の叫びか―




森の地面が残らずびしょ濡れになった頃、男達は服も武器も投げ捨て、顔一面を恐怖で染め上げて町へ走って行った。

『許さない...逃げられるとでも...』

''森''は再び手を伸ばす。

しかし、その手に弱々しくすがりつくものがあった。

「...て...」

''森''は我に返る。

「やめてくれ...」

ヨルクは泣いていた。

なぜ泣く?あいつらはヨルクを...

''森''は動きを止め、ヨルクを見下ろした。

「やめて...くれよ....」

その懇願するような瞳に、''森''は手を下ろした。

森の美しい木々は、残らず血に染まっていた。

「お願いだ...!」

丘の上の黄色い花は、地面にぐったり倒れ、見るも無惨な光景だ。


''森''の操っていたツルが枯れていく。血に染ったもの全てが、雨に流されていく。


「ごめん...ごめんね.....」

ヨルクは、そう言ったきり喋らなくなった。

「チチ....チ......''森''さん...」

羽に傷を負った小鳥が、よたよたと歩いてくる。

「まだ間に合うよ...ヨルクを、病院に...」

『だけどそんなことしたらこの木が枯れてしまう!』

小鳥がヨルクの傍にとまった。

「ヨルクを助けられるのは森さんしかいないよ。」

森の動物達がいつの間にか集まって来ていた。

みんな、ヨルクのことを見つめていた。

ヨルクの笑顔がよぎる。

また種を分けて欲しい。また歌を教えてほしい。―また笑ってほしい。

''森''は、小さく頷き、住み着いていた木から出ていく。

''森''を失った大木は、空の方から炭のように黒くなっていく。

『みんな...ごめん。』

''森''は悲しげに笑った。


―この世のものとは思えないほど美しく―






町の小さな病院に、見知らぬ2人が訪ねてきた。

1人は、小さな少女。

1人は、大怪我を負った青年。

「どうしたんじゃ!?」

医者は、すぐさま青年を受け取ってベッドに寝かせた。

少女は泣きじゃくって答えない。その美しい緑色の髪を雨に濡らし、緑色の瞳はずっと青年を見つめていた。

「『おいしゃさん』、ヨルクを助けて...」

少女が絞り出すような声で言った。

「あ、あぁ...!」

医者が青年の怪我を診る。何か撃たれた跡があった。

「今すぐ手術を始める!...お嬢ちゃん、外で待っていてくれるかい?」

医者は中腰になって少女に言った。

しかし、少女は首を横に振った。

「ヨルクに伝えて...もう来ないでって...ごめんねって...」

そう言って、少女は病院を飛び出していった。


雨は降り続けた。いつまでも、いつまでも―

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