嵐の予感
食事もすぐに到着し、2人で和やかな時間を過ごした。
夜の浮雲亭のメニューは魚介料理がメインで、どれも美味しい。
会話も盛り上がってきたところでライラは切り出した。
「ルークは騎士団で働くの、楽しい? 楽しいって、ごめん語弊があるかもしれないけど。」
ルークは高等学園を卒業しないまま騎士団に入った。
いわゆるノンキャリアコースだ。
この先どんなに手柄を立てたとしても、部隊長以上に就くことはできない。
学園を卒業して騎士団の幹部コース試験を受け、経験と実績を重ねれば、もっと上を目指すことができたのだ。どうしてその1年半が待てなかったのか、ライラにはいまだによく理解できなかったのだ。
「うん? いやまぁ、楽しいっていうのとは・・。毎日の訓練キツイし、第二師団の仕事なんて結構地味なことばっかりだし。」
第二師団の任務は主に王都の治安維持だ。
王都で起こる犯罪取り締まり・警備・ケンカの仲裁に至るまで、街の安全を守るためのあらゆる責務を担う。
「うん、騎士団を志願する人達は大抵第一師団を狙うよね。何かかっこいいイメージだし。」
「そーそー。第二師団なんて使いっぱしり扱い。でも、そうだな。俺は満足してるよ」
ルークらしいやんちゃな笑顔で笑う。
「俺は騎士団に入りたかったというよりは、父さんみたいに街の人達から尊敬されて愛される人間になりたかった。彼らが何の心配もなく日々を暮らせたら俺はそれで満足だし、フィン師団長も同じ志を持った人だったから。」
ルークの父は彼と同じ第二師団所属のノンキャリア騎士だった。
ルークが10歳の頃、夜間の警邏中に出くわした強盗犯と揉み合いになり命を失った。
「上にはいけないけど、今だって母さんに仕送りできるくらいの給金はもらってるしな。元々は母さんを楽させるために入った高等学園だったし、まあ結果オーライってとこか?」
いつも真っすぐなルークを下支えしているものの正体が、今やっとライラにも分かった。
ルークには決してブレない信念があるのだ。
だがライラにはーー。
「ルークはすごいね。 私、自分が恥ずかしいや・・」
「ん?どうして?」
ルークはぽつりと漏らしたライラの呟きを逃さなかった。
優しく促され、そのまま口を開く。
「私にはそんな思いとか、ないから・・。この間もユリウス閣下に言われた。仕事にプライド持ってるのかって。正直、そんなの考えてみたこともなくて・・」
話しながらライラは後悔し始めた。
ルークはさぞがっかりするに違いない。
王宮で職を得たかつての友人が、こんなにレベルが低かったなど。
「ごめん、ルークに比べて私はこんな感じ。全然ついていけてないよね・・」
「ライラが仕事してる中で今一番気になってるのは何?」
「え?」
突然のルークの投げかけに、意味が分からず動きが止まる。
「うーんとさ、ライラは秘書官として働いている中で、何か問題だと思っていることがあったりどうにかしたいと思ってることがあるんじゃないかと思って」
「あ・・。うーん。問題・・?どう・・かな。」
仕事内容に不満はない。
夜遅くまで残業をすることもない。
人間関係は良好だし、同じ宮内府には友達もできた。
ライラはしばし逡巡する。
ユリウスの顔が一瞬脳裏をかすめる。
「閣下が・・。今すごく忙しそうで。いつも余裕な顔して毎日過ごしてるのに、ここ最近とてもしんどうそうな顔してて・・。それは気になってる・・」
ため息をついて仏頂面をしたユリウスの姿が頭に浮かぶ。
「へぇ・・団長でもそんなことあるんだ。で、ライラはそれ見てどうしたの?」
「どうって・・。特に何も。心配ではあるよ。何かすごく疲れちゃってるし。大体そんな姿今まで見せたことないし。私に愚痴を言うことなんて今までなかったくらいだし・・」
そうなのだ。
新米秘書官のライラに思わず愚痴をこぼしてしまうほど、ユリウスは疲弊しているのだ。
だとすれば何とかしなければならない。
自分にできるのはーー。
「じゃあライラの立場だったらそんな団長に何ができる?」
「机の上を触るのは許されていないんだけど、散らかった机を片づけてあげたい。あと、会議とか政治活動が多すぎて全然騎士団のこと見れてないって言ってた。何とかそっちの仕事を減らして閣下がやりたい仕事をさせてあげたい。」
スラスラと口をついて出た言葉に、当のライラがびっくりした。
反対にルークは目尻を細めるような優しい笑みでライラを見つめていた。
「それでいいじゃん。ライラは自分の上司であるユリウス団長の負荷を軽減させてあげたい。きっとそれは団長が尊敬できる人だからそう思うんだろ。仕事の向き合い方なんて、そんな小さなとっかかりで十分なんじゃない?」
その言葉をかけられた瞬間、ライラの胸の奥で強張っていた何かが急速に緩んで溶けていくのを感じた。
何もかも平凡なライラだが、一番受け入れてほしい人にそれを認めてもらえたのだ。
「ルーク、ありがとう。私本当に悩んでて。でも、何かもう少し頑張れそう」
「おう、ライラはそのままでいいんだから、俺と一緒に頑張ろう」
「あれ、ルーク?」
見つめ合い、お互いの絆を確かめ合っていたところに割って入る異質な女性の声で空気は一変した。
ルークに声を掛けたのは燃えさかる炎のような長い赤い髪の女性。
切れ長の目が彫刻のように芸術的な美人だ。
「ポーラ!」
ルークが弾かれたように立ち上がり、ポーラと呼んだ女性に向き直る。
「ごめん、デートだった?ルークを見つけてつい声掛けちゃった。ごめんなさい。」
最後の言葉はライラに向けられたものと気付いてハッとし、慌ててライラも立ち上がる。
「あの、いえっ・・。ライラ・フィッツジェラルドと申します。ルークとは学生時代の友人なんです」
「ライラさんね。私が先にご挨拶すべきなのにごめんなさい。ポーラ・ジベールです。ルークと同じ王宮騎士第二師団所属です。」
「ポーラと俺は一緒のタイミングで入団したんだ。何だよ、お前とここで会うと思わなかったよ。」
2人が親しく会話するのを、どこか頭の遠くの方で聞いていた。
大輪の花のような華やかな笑顔のポーラを見つめ、ライラは徐々に自分の心が陰っていくのを感じた。




