時間を埋める
「ユリウス閣下、失礼します」
きっかり30分後、ライラはユリウスの執務室をノックして入室した。
部屋に入って真正面の窓際の机に腰掛けていたユリウスは、疲れた様子を見せず悠然と書類を眺めていた。
ノーランとはまるで大違いだ。
「明日のスケジュールの申し送りに参りました。」
「あぁ、待たせて済まない。」
ユリウスが顔を上げ、ライラの方へ向き直るのを待ってから明日のスケジュールを読み上げていく。
明日は午前中に来客対応、午後はアークランド港開港200周年の記念式典への列席が予定されている。
それを告げると、ユリウスは珍しく頬杖をつきながらため息を吐いた。
「騎士団長になどなるものではないな。政治的活動ばかりで騎士としての仕事が何ひとつできない」
ライラは瞠目した。まさかユリウスがそんな愚痴を言うとは思ってもみなかった。
いつも完璧で文句も言わず平然と殺人的な仕事量をこなすこの男が。
そう思ってからふと気づいた。ユリウスの机の上が書類の山で雑然としている。
賊の侵入事件からというもの、事後対応に追われ整理する余裕もなかったのだろう。
(ユリウスは執務室の掃除はさせても、決してライラに机上は触らせない)
普段から綺麗好きのこの男が、さぞかしこの状態はストレスだっただろう。
現に今、書類の山を見下ろす彼の顔は忌々しさに満ちている。
ライラにとってユリウスは神にも近い完璧な人間に見えていた。
しかし、それは少し違うのかもしれない。
この後遊びに出かける自分に少し罪悪感を感じた。
ユリウスの執務室から出たあと、すぐに退勤するつもりが上司に捕まってしまい、予定よりも王宮を出るのが遅くなってしまった。急いで身支度を整え街へ出ると、そのまま仕事終わりの人々が行き交う石畳の道を抜け、浮雲亭へと急ぐ。
川沿いの大きなプラタナスの木が目印の店に辿りつくと、入り口前に男が一人立っているのが見えた。
白いシャツにこげ茶色のベスト、細身の黒いパンツに身を包んだその人は黒く艶やかな短髪を風にたなびかせた。ーールークだ。
「ルーク!」
「ライラ!」
ライラは息を切らせて駆け寄る。
「ごめんね、ずいぶん待った?」
「いや、さっきついたばっか。そんなに走らなくてよかったのに。」
ルークがライラを見下ろしふわりと微笑む。
こんな優しい笑い方をする人だっただろうか。
ライラの胸はキュっと微かな甘い痛みを覚えた。
「席は取ってあるんだ。入ろうぜ。」
ルークに促され、懐かしい浮雲亭に入る。
仕事終わりので人々で溢れかえる店内は、バータイムのためか照明を少し落としており薄暗く、学園帰りにパフェをつつき合ったあの頃とは全く違う、大人の雰囲気を醸し出していた。
これからの2人の関係を示唆しているような、そんな淡い期待をライラは抱いた。
店内の奥のテーブル席へつくと、ウエイトレスが飲み物の注文を促す。
「俺はビール。ライラは?」
「あ・・私はジンジャーエール。」
いつの間にビールなど飲むようになったのか。
アークランドでは18歳で成人なのでアルコールを飲むことは何ら不思議ではないが、ライラにはますますルークが大人の男性に見えた。
「で、ライラがまさかユリウス団長の秘書官やってるなんて驚きだよ。俺くらい下っ端だと団長と話す機会なんてほとんどないからさ、全然知らなかったよ。仕事はどうなんだ?」
「うん、閣下はあの見た目通り王子様みたいに優しい方だし、仕事も慣れないけど何とか頑張ってる。私も秘書官だなんてびっくりしたけどね。ところでルークこそ。
騎士団の生活はどうなの?全然手紙くれないから心配してたよ」
「うん、ごめんな。俺が入団してもう1年半以上か。俺、自分で心から志願して第二師団に入ったけど、最初はものすごいキツクてさ。毎日の訓練もハードだし、それだけじゃなくて研修期間は座学も多くてさ。
毎日勤務時間が終わったら寮に帰ってベッドに倒れこむ毎日だったんだよ。そんな生活にも慣れてきたと思ったら任務で忙しくなるし。ごめんな、手紙、書こう書こうとは思ってたんだ。」
バツが悪そうに鼻の頭をかくルークを見ながらライラは少しホッとしていた。
結局のところ優先順位は低かったわけだが、自分のことを完全に忘れていたわけではないようだ。
「ケガとか、大丈夫?ご飯はどうしてるの?休日は何してる?」
「大きなケガは今のところないしメシは食堂があるから。で、休日は・・って、ブハッッ!」
「えっ?」
「ライラ、急ぎすぎ!まだ会って15分も経ってないのに」
ケラケラとルークが笑っているところへウエイトレスが飲み物を持って現れた。
乾杯をすると、ルークはビールは勢いよくビールを煽った。
「うまい!やっぱこれだー!!」
「ルーク、いつのまにビールなんて飲むようになったんだね。」
自分の知らないルークが眩しく見える。
「何だか、1年半前より全然大人になっちゃってびっくりした。」
ライラは小さく微笑んだ。
もしかしたら少し寂し気に見えてしまったかもしれない。
実際、大人の男へとどんどん変わるルークを見て、嬉しさ以上に何か焦りのようなものを感じていた。
「いや、そんなのライラだって・・。」
ルークは少し目をそらして鼻の頭をかいた。
「え、私?」
「学園時代と全然違うよ。お互い私服で会ったこともなかったし、何か別人みたいだ。」
ライラは目を丸くした。
自分はそんな風に見えていたのか。
結局、今日は白いシンプルなシャツワンピースを選んだ。あざとすぎず、それでいて女性としての色気も引き出せると考えたのだ。確かにあの頃と違って化粧も覚えた。
進歩のない自分に落ち込んでいたところだったが、ルークとの距離は少しでも縮められているのだろうか。
「そう・・なのかな。私は全然分からないや。つい最近もユリウス閣下に叱られてしまったし、内面は全然半人前だよ。」
「そんなの俺だってそうだ。毎日先輩に怒鳴られるし、いまだに自分が不甲斐ないと思うことだって多いよ。」
「え・・。でも、私王宮にあがってからルークの噂はたくさん聞いたよ!
新人なのにルーク一人で街の暴徒を制圧したとか、潜伏していた盗賊団の頭を単独で探し当てたとか。」
「ははっ!そんな噂流れてるの?すげー美化されてるよ、それ。」
「そうなの?」
「それらの噂の中で一つ正しいのはさ、俺が気持ち一つで突っ走っちゃうってことかな。真相を言えば、街の暴徒を制圧しようとして一人で暴走して、それを心配して追いかけてきた先輩と2人で何とかしたんだ。
盗賊団の件に関しては完全にガセ。頭を仕留めようとして突っ走ったのは確かだけど、実際に取り押さえたのはフィン師団長だよ。」
確かに、そっちの方がまさにライラが知っているルークの姿だ。
「暴走っぷりが目立つから変な噂立つんだろな。実際のところそんなもんだよ。」
「なんだ、ルーク、そういうところ全然学園時代と変わってないじゃん」
「そんなにすぐに変われるかっつーの」
ここにきて、ライラもようやく以前のように軽口をたたくことができた。
この感覚は久しぶりだ。
こういう掛け合いができるのは学園時代はライラだけだった。
だからこそ自分はルークの特別でいられた。
散々危惧していたが、その関係性は崩れていなかったことにライラは深い安堵を覚えた。




