再会
騎士団が占拠するエリアは、王宮全体の1/3を占める。
城門から見て北が王族の居住ゾーンとライラの所属する宮内府の執務ゾーンだ。
南側には政府と地方院の役人が詰めているが、大半は騎士団の執務兼居住エリアである。
(ライラは宮内府の所属にはなるが、ユリウスの秘書官ということでデスクを構えているのは南側だ。)
それだけ、この国において軍事が発達しているという何よりの証拠なのである。
陸を守る第一・第二師団、海軍である第三師団に加え、軍の頭脳である戦略・管理部隊を擁したアークランド王宮騎士団は、近隣国の中でも特に軍事面で強固な組織体制が敷かれている。
アークランド王国は貿易による国交が盛んであり、さらに背後にそびえるヴァンダ山からはダイヤモンドが採掘される。経済的には非常に恵まれた国だ。
半面、常に他国からの侵略の脅威に備える必要があり、まさに今、東の隣国カストラ王国は虎視眈々とアークランドを狙っている。そういった環境から、特に騎士団には政治面での権限も大きいのだ。
ライラが騎士団の訓練場や執務スペースに出向く機会は実は少ない。
騎士団の最高位ともなると、相手は大体彼の執務室を訪ねてくるし、ユリウス自身会議や政治的活動の方が多く、一般団員を視察する時間もなかなか取れないのだ。
「えっと、第二師団はこの先だったっけ・・」
初夏の柔らかい日差しが差し込む新緑の中庭を抜け、王宮を南側へと進む。
こうして縦断してみるとあらためてこの王宮の大きさに気付かされる。
風通しの良い石造りの回廊を心持ち小走りで歩み進めると、じきに風に乗って男たちの声が聞こえてきた。
騎士団の野外訓練場だ。
「そろそろ午後の剣技訓練の時間なのね」
第一・第二師団合同で行うカリキュラムである。
フィン師団長もこの時間はここに出てくるはずだった。
ライラは近くにいた話しかけやすそうな年若い騎士に声を掛ける。
「あの、すみません。私ユリウス団長の秘書のライラ・フィッツジェラルドです。フィン第二師団長はこちらにいらっしゃいますか?」
「ん?あぁ、フィン師団長なら北部の視察で不在だよ。戻るのは明後日だ。」
「明後日・・。そうなのですね。」
ユリウスの話しぶりからするとすぐに届けるべき書類だった。できれば本人に直接手渡したかったが。
「何?ユリウス団長からの呼び出しか?」
ライラは少し逡巡した後、目の前の若い騎士に答えた。
「実は、フィン師団長宛に書類を預かっております。ご本人がいなければ第二師団の他の方に託してもよいと仰っておりました。」
「ふうん。何か急ぎの件かな。僕は第一師団所属なんだ。第二の人間だと・・。おい!ルーク!」
突然の呼びかけに、ライラの心臓はギクンと大きく音を立てた。
ルークとは、あのルークか?
呼びかけられた青年は少し離れた場所にいたが、呼びかけに即座に反応し、小走りでこちらにやってくる。
黒い短髪が風に揺れている。
あぁ、間違えない。あれはやはり・・。
「ロッソ隊長、お呼びでしたでしょうか?」
凛と張りのある声は学生の時と少しも変わらない。
ただ、騎士団の規律を叩き込まれてきたのであろう、誰に対してもフランクに接するタイプのルークが、このロッソという男に対しては目上の者として徹底的な態度を貫いていた。
ライラはどうしてよいか分からず、俯きがちにそれを聞く。
「秘書さん、彼は第二のルーク・ロス。まだひよっこだけどフィン師団長の信頼は厚いんだ。彼に書類を渡してくれていいよ。あとはこちらで責任持って対応するから。
ルーク、こちらはユリウス団長の秘書の方だ。フィン師団長宛に書類を預かっているらしい。お前が責任持ってフィン師団長にお渡しせよ。」
「はっ!」
ルークは軽く礼をしたまま、ロッソがその場を立ち去るまでそのままの姿勢でいた。
土を踏みしめる音がしなくなったところで顔を上げる。
「第二師団所属のルーク・ロスです。ユリウス団長から書類をお預かりとのこと、私が責任を持って・・」
ルークの声が途中で切れる。
「あれ? ラ・・イラ?ライラだよな!?」
ライラはますます顔を伏せる。
今日、こんなところで会うはずではなかったから、シュミレーションが全くできていない。
大体、今まで会いたいと思っても偶然遭遇することなんて全くなかったのに。
よりによって、あんなことがあった翌日に?
「ライラ・・? じゃない? え・・?」
沈黙の長さにルークが混乱し始める。
(ええい、ままよ!)
「ルーク、久しぶり。ライラよ。」
彼に会うときは最高にキマッた笑顔で。そう思い描いていたはずだったが、ライラは自分が今どんな顔をしているか分からないまま、勢いでルークの顔を見上げた。
勢いのまま見上げれば、思いきり彼と目が合う。
ルークのダークブラウンの瞳がわずかに見開かれた。
「ライラ・・。お前こんなところで何してるんだ?ユリウス団長の秘書官ってライラのこと?何だよ、俺全然そんなこと聞いてなかった。何で?いつから?」
ライラが眼前に現れたことに軽いパニックを起こしているルークは、矢継ぎ早に質問を重ねる。
彼を追いかけてきたライラとは違い、ルーク本人はライラが同じ王宮で働いているなど露とも知らなかったのだから当然だ。
だがライラはそれを、この1年半自分のことなど少しも思い出さず、騎士団の仕事に夢中になっていた何よりの証拠だと判断した。
「うん・・。去年登用試験を受けたの。お父様が進めてくれたの。フィッツジェラルドを継ぐにしても、王宮での仕事の経験は大いに役立つだろうって。そしたら偶然ユリウス閣下の秘書になって。」
彼女が王宮を目指した理由としては正しくないが、完全に嘘というわけでもない。
登用試験を受けたいと両親に相談した時、母親は難色を示したものの、父親は意外にも反対しなかったのだ。
「あの、ルークは元気だった・・?手紙も全然くれなかったから心配してたの。」
自然と連絡をもらえなかったことへの嫌味が口をついて出てしまった。
自分で思っていたよりも根に持っていたようだ。
「あ~~、うん。ごめん。そうだよな。騎士の仕事が結構ハードで、休日はしばらくの間ないようなもんだったから・・。あのさ・・」
「おい!ルーク何やってるんだ!そんなとこでサボってないで早く訓練に参加しろ!」
ルークが頭を掻きながら何かを言いかけたちょうどそのタイミングで、訓練場から怒声が響いた。
ライラと話し込んでいるのを見咎められたようだ。
「うわわっヤバい! すぐ行きまーす!!
ライラごめん。俺行かないと。明日の夜さ、仕事終わりに街に食事でも行かない?色々聞きたいことあるしさ。」
「あ、うん・・。大丈夫。」
「よし、じゃあ明日の6時、浮雲亭で!」
早口でそう言うと、ルークは一目散に訓練場へ駆け出した。
その場に残されたライラは、いまだに頭が遠くに置き去りになったまま、たった今交わされた会話を反芻した。
(明日、夜6時。浮雲亭。 私、ルークと、デートの約束した!?)




