自分を極める
「あ・・え、そうなんだ・・。何?話って。」
勢いをつけたところだったのでルークの発言にやや拍子抜けしたライラだが、動揺を見せずにライラの隣に座るよう促す。
ルークは神妙な顔で隣に腰を下ろした。
普段あまり見せることのない真剣な顔つきにライラは緊張し始めた。
「ライラと浮雲亭に行った日からずっと、俺たちずっとまともに会えなかったよな。」
「あ・・うん、そうだね・・」
「その間、ずっと考えてた。俺にとってライラはどういう存在だったか。・・本当のこと言うと、学校辞めて騎士団入ってから、ライラのこと忘れてはなかったけど、今ほど思い返したりしてなかったんだ」
ここでそんな残酷な言葉を聞くとは思わず、ライラは胸を手で抑え込んだ。
心臓がぎゅうっと締め付けられるような感覚だ。
「俺・・多分ライラに甘えてたんだと思う。ライラは学園時代、俺のことをすごく頼りにしてくれて、いつも俺の側にいてくれて。それが当たり前だと思ってたから、騎士団入ってからも安心してたんだ。待っててくれる人がいるから心置きなく訓練にも打ち込めるって。」
「ルーク・・・」
「俺がどういう道を選んでも、何をしても、ライラは俺を信頼して付いてきてくれると思い込んでた。
ごめん、俺すげー自分勝手だ。」
ルークは俯いて呻くように言った。
「でも、浮雲亭に行ったあの日、ライラは拒絶したよな? 体調悪いって言ったけど、それだけじゃないんだろ?ごめん、俺そういうところ疎くて全部は分かってないと思うんだけど・・」
「あ・・えと・・」
驚いた。
おおらかなルークには決して気付かれていないと思っていたのに、彼はしっかりライラの様子を見ていたのだ。
「あの・・うん。ごめんなさい。体調不良っていうのは・・本当は違って。えと・・」
「いいんだ。ごめん、詰問するつもりはないから俺の話をさせて? ・・ライラに初めて拒絶されて、それから今日までまともに会えなくて。俺は初めてライラの存在についてちゃんと考えたんだ。」
ルークが少し身を硬くしたのを真横で感じた。
「すげー怖いなって思った。このままライラと会うことができなくて、ライラとの繋がりがこれで断たれるのかもしれないと思ったら。」
「ルーク・・。でも、ルークは私が王宮に入るまでの1年半、結局一度だって手紙くれなかったじゃない。それって、繋がりはなくなってもいいって意味だったんじゃないの?」
ライラは恨みがましく口を挟む。
今更こんな話を聞かされてもどうにも納得ができない。
「うん、だから俺甘えてたんだ。その・・多分ライラの方から手紙をくれるだろうし、来なかったとしても、ライラが俺を忘れるはずないって・・。」
最後の方はさすがに自己中心的な発言に気付いたか、ライラを横目で伺いながらごにょごにょと歯切れが悪くなる。
「何それ。どんなに放っとかれても私が無償の愛で永遠にルークについてくるとでも思ってたわけ?
信じられないんだけど、その思考。」
ライラは完全に機嫌を損ねた。
ルークの自分勝手さにもだが、何よりライラがどうにも安っぽく見られている気がしたのだ。
「あー・・いやだから、ごめんって・・。だから、この前浮雲亭でライラが仕事のこと話してたり、俺を置いて先に帰っちゃったのを見て完全に俺の勘違いだって分かったんだよ!ライラには俺も知らない新しい世界があるし、拒否をする権利もあるって。今更だけどさ・・。」
「そうだよ、ルーク。私は、誰かに寄っかからなきゃ生きていけないような女じゃない。そんな人間にはならない」
強い意志を持ったライラの言葉に、ルークが驚いたように目を見張る。
「ライラ、変わったな。何かすげぇカッコよくなってる。それ、ユリウス団長の下にいるから?
・・やっぱ学生の頃と同じままでいるわけはないか・・」
ルークは自嘲するように小さく笑った。
そして、意を決したように体ごとライラに向き直る。
「今のライラにもう俺は物足りないかもしれないけど、俺はライラが好きだ。」
熱を帯びた瞳でそう告げられ、ライラの胸は甘く疼いた。
「ロッソ隊長と戦った時、はっきり分かった。俺、ライラを守りたくて騎士団目指したんだって。」
「? でも、ルークはお父さんに憧れてたんでしょ・・?」
「うん、それはウソじゃないし、実際そう思ってずっと騎士団で働いてた。でも、昔2人で街で襲われた時、俺はライラを守りたいと思ったし、それができなかった悔しさが忘れられなかった。それが直接のきっかけだよ。俺は第二師団として王都の人達を守りたい。でも、何よりもまずライラを一番に守りたい。」
ルークは緊張した面持ちでライラの返事を待つ。
ライラと言えば、何だか不思議な気持ちだ。
さぞ感動で胸が一杯かと思いきや、ルークの告白を冷静に受け止めている。
やはりライラとルークは恋に落ちるべくして落ちたのだ。
ライラが殺人犯からライラをかばったあの瞬間、2人で同じ感情を分かち合ったのだから。
感極まるシーンのはずであるが、ライラはただただその答えに腹落ちする思いだった。
「ルーク」
どんな台詞を言おうか迷ったが、シンプルに伝えることにした。
「私も大好きだよ。」
翌日、ライラは上機嫌で王宮に出勤した。
昨日は大変だった。
お互いの気持ちを確かめ合ったあと、ルークが堪えきれずにライラにキスを迫ろうとしてきた。
2人で会うことはギリギリ許される範囲かもしれないが、それ以上の行為は絶対にここでするわけにはいかない。
熱に浮かれされたようなルークを何とか宥め、家に帰る道のりを送ってもらうことでその場を収めた。
屋敷に着く直前、路地裏で強引に唇を奪われたのをどうか近所の住民に見つかっていないことを祈る。
ユリウスに会えば絶対にこのにやけた顔を見透かされてしまう。
そう思ったライラは勤務開始時間前に少し王宮内を散歩することにした。
少し前まで初夏だったはずが、今や朝早くから日差しが厳しい。
騎士団にとってはつらい季節だろう。
そんなことを思いながら回廊を進んでいると、正面からこちらに向かって歩いてくる人影を見つけた。
姿が判別できるまで近づいて、散歩に出たことを後悔した。
ーーポーラだった。
「あら、ライラさん、おはよう。」
ポーラはライラに気付くとそう声を掛けた。ライラとは違い、彼女に気まずそうな様子は見えない。
「ポーラさん、おはようございます。これから勤務ですか?」
ライラはごく自然に(を装って)返事をする。
「ううん、夜勤明け。これから勤務報告を隊長にあげて、やっと私の睡眠タイム。・・それより。
大変だったわね。もうケガはいいの?」
「はい、もう大丈夫。今日から私も仕事復帰します」
「そう、良かった。でも、ライラさん頑張っちゃうタイプだから、あんまり無理しちゃダメよ。」
ポーラは気遣うような笑みを見せる。
そうそうーーと続ける。
「私昨日、ルークとシフトが一緒だったのよ。そこで言われたわ。私の気持ちには答えられないって。」
ライラは息が止まりそうになった。
ポーラは、ルークに既に告白をしていたのか。
「そうよ。私、告白した。戦略的にタイミングも見計らってね。でも結局振られちゃった。私の負けね、ライラさん。」
いたずらを咎められた子供のようなーーとにかく悔しさを感じさせない表情でポーラは肩をすくめてそう言った。
「あの、ポーラさん」
街でポーラと会った時は、自身の劣等感からまともに話すこともできなかった。
でも、ライラは変わりたいし、変わったのだ。
「私がルークに言いました。ポーラさんに、私たちが恋愛関係になったことをすぐ言えって。」
ポーラは動じず、面白がるような目でライラを見据える。
「だって、私にとってあなたは脅威です。ルークは感情に素直であんなタイプだから・・私たちが恋愛関係になったとは言え、彼はきっといつか私とあなたの間でフラフラする時が来ると思うんです。」
この言葉にはポーラも少し驚いた表情をした。
「それ、私に言っちゃっていいの?そんなこと聞いたら、私ルークにますますアプローチしちゃうかもしれないわよ?」
「敢えて言いました。」
ライラは深い笑みを浮かべる。
「これは私からの宣戦布告です。もしあなたがルークを奪い取ろうとしても、絶対それはさせません。
それ以上に私がルークを夢中にさせて、最終的にはフィッツジェラルド家に迎えますから」
ポーラは少しの間あっけに取られたような顔をし、ついには笑い出した。
「ははっ・・!! ライラさん、びっくりした。前回街で会った時と全然別人だわ。どうしてそこまで変わったの?」
ポーラは駆け寄りライラの両手を自身の両手で握る。
「何だか私感動しちゃった。うん、やっぱりライバルはこうでなくっちゃ。」
「ポーラさん・・。あの・・ここで諦めてくださってもいいですよ?」
へらっと笑いながらライラはダメ元の問いかけをする。
「嫌よ。他でもないあなたが、彼が私の方を振り向くチャンスがあると言ってるんだもの。・・でも。
私はあなたといいライバルでありいい友達でいたいから、卑怯なことやモラルに反したことはしない。それは約束する。」
ポーラは夜勤明けとはとても思えない華やかな笑顔で答えた。
敵対相手なはずだが、なぜかライラの心は温かく満たされていった。
ライラの人生のゴールは、ルークと結ばれて生家を継ぐことだとずっと思っていた。
ほんの1年半ほど前のことだ。
それが、今や彼女の人生は全く思ってもみなかった方向に進んでいる。
まだまだ仕事を続け、自分にできることを追求していきたい。
周りの人の役に立ちたい。
ルークの心が二度と揺れ動かないように、もっと魅力的な女性になりたい。
受動的だった人生からもっと自分の心を大事にしてみたら、運命は大きく変わった。
気高く、自分を極めていくのだ。
ライラは、弾む足取りでユリウスの執務室へと戻っていった。
これにて完結です!
ダラダラと続けてしまいましたが、読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました!




