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彼女の向かう道

その後1週間、王宮内の医務室に入院をしていたが、鎮静剤の服用とコルセットを着用することで仕事に戻る許可が出た。

身体の動かし方によっては引きつるような痛みがあるものの、経過は良さそうだ。

ライラはそれよりも、ずっと寝たきりだったことによる筋力と体力の低下の方が深刻のように思った。


荷物をまとめて医務室を出ると、そのままユリウスの執務室へ向かう。

退院の報告と仕事復帰の挨拶のためだ。

ユリウスはライラが入院している間、一度も見舞いにはこなかった。

少し薄情だと思ったし寂しくもあったが、その代わり色とりどりの花束が毎日届けられた。

ライラの心が少しでも安らぐようにという配慮であろう。

ユリウスは、忙しくてここへ来ないのではない。

ライラの心情に配慮して姿を現さないのだ。

ライラが入院中、秘書業務は宮内府の別の人間が引き継いでいたが、この時間は執務室にいるはずと事前に聞いていた。



「ユリウス閣下、失礼します」


ノックをして入室すると、ユリウスは執務机で事務仕事をしていたようだった。


「ライラか。今日が退院だったな。」


その表情はどことなく困ったような、陰りのようなものが混じっているように感じた。

ライラはそのまま目の前の応接スペースに座るよう促され、背中に負担のないようそろそろと腰掛ける。

ユリウスはそれを見てまた顔を曇らせた。


「背中はまだ痛むか・・?いや、そんなにすぐに癒えるような傷ではないな。済まない。」


「いえ!痛み止めを飲めばほとんど大丈夫なんです。つい癖で背中をかばってしまうだけで・・」


「・・そうか・・」


ユリウスは少しの間何かを考えるように目を伏せ、しっかりとライラに向き直る。


「ライラ、君を危険な目に合わせて本当に申し訳なかった。今回のことはひとえに騎士団長である私の責任だ。」


「ユリウス閣下・・!やめてください・・!こんなこと、予見できたはずがありませんし、私はこうしてちゃんと生きてます・・!」



頭を下げているユリウスにいたたまれない気持ちになる。

ユリウスはいつもの涼し気な美しい顔をわずかに歪め、ライラを見据えた。




「ライラ。君には私の口から真実を話す。あの日何が起きたのか、そして、私がしたことも全てーー。」





ユリウスは真相を淡々と語り始めた。


ロッソは隣国カストラ王国の息のかかった間諜だった。

ユリウスら騎士団の上層部はある段階でそのことに気付いていたが、黒幕のしっぽが掴めるまで彼を泳がせることにした。他にも何人か間諜が潜り込んでいると思われたからだ。

彼一人では、この騎士団の中で大きな行動を起こすことなどできない。

そして、スパイが行動を起こす時は、必ずその前に何らかの合図や事象が起こるはずだ。


しかし、ユリウスの予想を裏切るようにライラの誘拐事件が起こった。

ライラが誘拐されたと分かった時、すぐにロッソがしたことだと見当がついた。

そして、彼の本当の目的もすぐに見破った。


ロッソの目的は王宮内にいる騎士団を外に出させ、手薄になったところで王宮内に侵入し、内部からアークランドをせん滅させること。

期せずして第一師団の半分が北方に遠征しており、第三師団は海上研修で全軍不在だ。

ロッソはこの好機を狙ったとしか思えなかった。

このサインを見落としたのは完全に自分の落ち度だとユリウスは吐き捨てるように言った。

問題は、ロッソと通じているカストラの男の存在は掴めていても、肝心な王宮内部の黒幕がはっきりしないことだった。

それが分からない限り、ライラ救出に騎士団を派遣するわけにはいかない。

ルーク一人を街に向かわせたのはそのためだ。

また、同時に、騎士団を出す気がないことを王宮内部に感づかれてもならない。

彼らの作戦が失敗に終わると分かったと同時に、ロッソはライラを殺すはずだからだ。

それに関しては第二師団長フィンと協力し、一芝居打つことで時間を稼いだ。


ルークが街へ出てライラを捜索している間、ユリウスは騎士団幹部を集めて内密にスパイの捜査に乗り出した。その結果、早々にある男が捕らえられた。

政府の高官だ。

その男が黒幕という線で間違いないと見たが、それでもどれだけの残党が騎士団内にいるか定かでない。

ライラの捜索へはユリウス自らが単独で追随することにした。


ロッソが潜伏しているであろうエリアは見当をつけていた。

ルークも当然そうであっただろう。

案の定、向かう方向に火の手を確認し、そちらへ急いだ。

そっと近づけば、予想していた通り辺りにカストラの兵士が潜んでいるのを確認した。

騎士団が捜索に乗り出してきた時、市街戦に持ち込んでこちらを巻く予定だったようだ。

一人を弓で射殺し、残りの残党が動揺して動く気配を逃さず、弓と小型ナイフで一掃した。

そしてロッソがルークに切りかかろうとしているところに追いつき、鋭い矢の切っ先の照準をロッソに合わせたのだ。




「私は君に謝らなければいけない。私の油断で君を危険に晒した。そして、君の命を最優先に助けるなら間違いなく兵を出すべきだったんだ。」


「ユリウス閣下、やめてください。国と私の命を天秤にかけるなんて、騎士団長である閣下がしてはいけません・・」


「そうだ。私は騎士団長として、迷うことなく国を救うことを選んだ。もしもこの先また同じことがあれば、その時も同じ選択をするだろう。 ・・だから。」


ユリウスは一呼吸置き、真っすぐライラを見据えて言った。


「君を異動させようと思う。」


ライラは驚愕に目を見開いた。


「閣下・・。それは、今回のことでの私への罪悪感ですか?それとも、私は秘書官としてやっぱり不出来でしたか?」


「それは違う。そもそも君は私が見込んで秘書官にしたんだ。そうではなく、騎士団の人間ではない君をもうこれ以上危険に晒すリスクを冒したくないんだ。」


ライラはユリウスが言葉を紡ぐ間、じっと彼を見ていた。

相変わらず感情をあらわにはしないが、今日の彼は苦悩の色を強くしているように見えた。


「でしたら」


ライラは静かに告げる。


「このまま私を秘書官でいさせてください。」


「ライラ・・」


「私は、こんな中途半端な自分のまま逃げたくありません。仕事だってまだ大したことはできないし、捕まっている間だってただ震えていることしかできませんでした。私は・・役立たずな、そんな自分が許せません。」



自分を極めると決めた。

どんなひどいことがあっても、それだけは貫きたいと思ったのだ。


「それに・・私はユリウス閣下やルーク、そして騎士団の皆さんを信じてます。次にもし何かあったとしても、また皆さんは私を助けてくれますよね?」


ライラは敢えて、この空気にそぐわないほどの満面の笑みを浮かべた。



「困ったな。君は私は見込んだ以上に勇敢な女性だったようだ。」


ユリウスはつられたように破顔した。




ユリウスは孤独だ。

彼はこのアークランド王国の騎士団長である。

彼の性格がどうであれ、国家のためには常に非情な判断を迫られる。

それに対して、釈明することも愚痴を漏らすことも許されない。

苦しみも痛みも恨みも、全て彼が一人で背負っていかなければならない。


そんなユリウスの宿命を知ってしまった今、彼に安らぎを与えることは自分にはできないとライラは思う。

もっと深いところで彼を受け止め、許しを与えてくれるような、そんな存在が必要だ。

ライラにはそれができないから、せめて秘書官として、ユリウスを支えていきたいと思う。

そして願わくば、いつかユリウスに深い安らぎを与えてくれるような誰かが現れるといい。






今日はこのまま帰宅して休み、明日から仕事復帰と決まった。

ライラはユリウスの部屋を出ると、日の光を浴びたいと思い立ち、中庭に出た。

しばらく外に出ることができなかったので、空気も太陽の光も体に心地よい。

ライラは芝生に腰を下ろす。



「ライラ」


「えっ・・? ルーク!?」


背後から声をかけられ振り向けば、ルークが立っていた。


「どうしたの?勤務は?」


「いや、今日は午後からなんだ。ライラが退院してユリウス団長の執務室にいるって聞いたから待ってたんだ。」


「そっか・・」


ライラは内心焦っていた。

一週間前、感情に任せて告白をしようとした。結局タイミングを逃したが。

今、またそのチャンスが巡ってきている。

しかし、あの時は理性に勝る情動があったから楽だった。

今は本能の力を借りることもできず、全てはライラの勇気一つにかかっている。



(どうしよ・・!!今だよね? 絶対今だよね? どうしよう、どうしよう・・)


ルークに見えない角度で口をパクパク動かす。


(ダメよライラ。さっきユリウス閣下の前で、逃げたくないって言ったばかりじゃない)


ライラは考えることをやめ、勢いよくルークを振り向いた。

そしてーー。




「ライラ、あのさ、俺、話があって来たんだ」



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