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目覚めてから

次に目を開けた時ライラが目にしたのは、緩やかなアーチ型の天井だった。

そのまま目線を自分の体に向けると、清潔なベッドに寝かされている。

あまりに夢を見た形跡もなく突然意識が覚醒したので、ライラはそれまで自分がどうしていたかすぐには思い出せなかった。


(ええと・・私誘拐されて・・。火を付けられて死にそうになったんだっけ?)


寸でのところをルークに助けられたはずだ。

そして誘拐犯のロッソに二人とも襲われーー、


「ロッソ隊長は死んだ・・」



にわかに信じ切れずにライラは呟いた。

ライラにとって、死とはこれまでそれほど身近なものではなかった。

祖父母の葬式に立ち会ったことはあるが、実際に彼らの命の火が消えるのを見たわけではない。

しかし、ライラはあの時確かに目にした。

ロッソが背後から胸を貫かれるのを。

彼の瞳から光が消え、瞼が弛緩して力なく倒れるのを。

つい先ほどまで目の前で会話していた相手が、二度と動かず、肉体が朽ち果てていくということが、頭では分かっていても心が納得することを拒否する。

もう世界中の誰も、彼に会うことはできない。


不安感のような落ち着かない気持ちのまま辺りを見回す。

カーテンがぴったり閉められていて外の様子が分からないが、かすかに漏れる光から、どうやら今は昼間であろうことが分かる。

部屋にはいくつかベッドがあり、壁際の棚から見える道具が、ここが医務室であることを示していた。

初めて見る部屋だが、建物の様子を見れば分かる。

王宮に戻ってきたのだ。

ライラは起き上がろうとしーー背中に走る激痛に顔を大きく歪めた。


「っ・・・・!!!」



声も出せずに喘ぐように浅く呼吸をしていると、扉の開く音が聞こえた。



「ライラ!!!」


「ルー・・ク・・」


酷い痛みの中でも、声でルークが来たのが分かった。


「ライラ、動いちゃダメだ。まだ背中のケガは全然癒えてない。しばらくは大人しく寝てろ。」


少しずつ痛みの波が落ち着くと、ライラは首だけをそっと動かした。

ルークが心配そうにベッドの傍らに佇んでいた。


「ルーク・・背中がすごく痛い・・。」


「あぁ、お前背中を強打してて骨にひびが入っているんだ。相当痛かっただろ。よく頑張ったな」


そんな大怪我を負っていたことにライラは今更気が付く。

あの時はとにかく必死で、痛みは今ほど感じなかったような気がしたのだ。


「ルークは大丈夫?ケガしてない?」


「俺は無傷だから大丈夫。・・ユリウス団長が来てくれたからな。」


「そういえば・・ユリウス閣下がどうして一人で来たんだろう。他に騎士団の人達はいなかったよね?」


「あぁ・・団長一人で来たよ。」


なぜか忌々しそうな顔でうなづく。


「大体、ロッソ隊長はどうして私を誘拐したの?彼は一体何だったの?」


「ストップ。お前はこんな目に合ったから色々知りたいのは分かるけど、それは体調が回復してからにしよう。ちゃんと話すから。」


ブランケットから出されたライラの左手を、ルークがそっと取る。

ライラは、先ほどの背中の痛みと似た、しかしもっとずっと心地のいい疼きが胸に走るのを感じた。



「ライラが死んだらどうしようかと思った。」


ルークは握った手を自身の額に寄せるようにして呟く。


「ライラを探している間、怖くて仕方なかったよ。生きているライラに会えなかったらどうしようって。その時俺は正気でいられるかって、そんなことずっと考えてた。」


表情は見えないが、きっと彼は、いつものように眉尻を下げて泣きそうな表情をしているのだろう。

可愛らしいうさぎのようなルークのそんな表情は、彼の好きなところの一つでもあった。


「でも、ルークは助けに来てくれた。だから私は今こうしてルークと会話できてるんだよ。」


「あの火はライラが放ったんだろ?そのおかげだよ。微かに煙の臭いがしたから。」


「そうなの?私、バカなことしたなぁって思ってたんだ。ロッソ隊長はこのまま待ってれば解放するって言ってたの。それなのに私ったら変なところで突っ走っちゃって火を付けたりなんかして。

それでこんな大怪我までしちゃったんだもんね。」


ルークはこれには何も言わず、ただ優しい目でライラを見る。

そして、はぁ、と大きなため息をつく。



「あーあ、俺情けないなー・・2回も、俺は一人でライラを守ることができなかった。何のために毎日厳しい訓練してるんだか・・。かっこ悪いよな。」


「ルーク、そんなの・・。それは違う。私は本当に嬉しかった。

他の誰でもないルークが来てくれて、私は本当に嬉しかったの。」


「ライラ・・」



ライラは今や完全に思い出していた。

あの日、腰を抜かした自分に殺人犯がナイフを向けた。心底楽しそうに笑うその男に、ただただ恐怖を感じ、身じろぎすらできなかった。

するとルークが迷わずライラの前へ出た。

ルークも恐ろしかったのだろう。その足は見て分かるほど震えていた。

しかしーー。

ルークは自分の身を犠牲にしてでもライラを守ろうとした。


それまで淡く水に溶けそうなほどの気持ちだったものが、はっきりと形になったのはあの瞬間だった。

あの瞬間、ライラはルークのことを好きだと自覚したのだ。



ポーラと張り合うなんて無謀なことをして恥をかくくらいだったらもう諦めようと思っていた。

しかし、もう引き返せないところまで自分の気持ちは進んでいたのだと、もうライラは認めている。

くだらないプライドや自尊心はもうこの際どうでもいい。

2度も自分を守ろうとしたルークに対し、ライラは自分の気持ちを伝られずにはいられなかった。



「ルーク・・私・・私は・・!」



そこまで言いかけてーー、ドアをノックする音で続きは中断された。

顔を出したのは同期のシャーロットだった。

どうやら見舞いに来たようだ。

ライラとルークは互いに顔を見合わせ、困ったように微笑み合った。




その後1週間、王宮内の医務室に入院をしていたが、鎮静剤の服用とコルセットを着用することで仕事に戻る許可が出た。

身体の動かし方によっては引きつるような痛みがあるものの、経過は良さそうだ。

ライラはそれよりも、ずっと寝たきりだったことによる体力と筋力の低下の方が深刻のように思った。


荷物をまとめて医務室を出ると、そのままユリウスの執務室へ向かう。

退院の報告と仕事復帰の挨拶のためだ。

ユリウスはライラが入院している間、一度も見舞いにはこなかった。

少し薄情だと思ったし寂しくもあったが、その代わり色とりどりの花束が毎日届けられた。

ライラの心が少しでも安らぐようにという配慮であろう。

ユリウスは、忙しくてここへ来ないのではない。

ライラの心情に配慮して姿を現さなかったのだ。




「ユリウス閣下、失礼します」


ノックをして入室すると、ユリウスは執務机で事務仕事をしていたようだった。


「ライラか。今日が退院だったな。」


その表情はどことなく困ったような、陰りのようなものが混じっているように感じた。

ライラはそのまま目の前の応接スペースに座るよう促され、背中に負担のないようそろそろと腰掛ける。

ユリウスはそれを見てまた顔を曇らせた。


「背中はまだ痛むか・・?いや、そんなにすぐに癒えるような傷ではないな。済まない。」


「いえ!痛み止めを飲めばほとんど大丈夫なんです。つい癖で背中をかばってしまうだけで・・」


「・・そうか・・」


ユリウスは少しの間何かを考えるように目を伏せ、しっかりとライラに向き直る。


「ライラ、君を危険な目に合わせて本当に申し訳なかった。今回のことはひとえに騎士団長である私の責任だ。」


「ユリウス閣下・・!やめてください・・!こんなこと、予見できたはずがありませんし、私はこうしてちゃんと生きてます・・!」



頭を下げているユリウスにいたたまれない気持ちになる。

ユリウスはいつもの涼し気な美しい顔をわずかに歪め、ライラを見据えた。




「ライラ。君には私の口から真実を話す。あの日何が起きたのか、そして、私がしたことも全てーー。」




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