あなたを追って
ルークが学園を退学して王宮騎士第二師団へ入団してから3か月。
ライラは今日も自室に籠り、机にかじり付いていた。
これまで手紙を書くか空想に耽るしか使い道のなかった艶のあるマホガニー材の机の上は、
教科書やノートで埋め尽くされている。
あの日、彼女は決めたのだ。
彼にふさわしい女になると。
王宮騎士団に登用されると、その身柄は厳しく王宮の管理下に置かれる。
階級によって程度こそあれ、国家戦略や内部情報等、国家機密と密接に関係するからだ。
原則として、役職のつかない士官兵は城内の寮に住まうことが課せられている。
城外に邸宅を持つことを許されるのは隊長以上に限られる。
従い、必然的に結婚も隊長の身分にならなければできないのだ。
外部とのやりとりも月に一度の手紙のやりとり(もちろん、宮内府の厳しい検閲をクリアした上で)のみとなる。
こうした厳しい環境に身を置かれた若い士官兵の中には、入団後早々にドロップアウトする者も少なくない。王宮騎士団だけは唯一学のない一般市民にも門戸を開かれた花形職業であるが、なかなか後進が育たないのはこうした理由からだった。
その分、生き残った騎士達は皆精鋭揃いなのだが。
ライラは一度もルークに手紙を送っていない。
もちろん、毎日彼のことを想っているし、何度便箋を引き出しから取り出したことか。
それでもライラはいつも寸でのところでその衝動を抑え込んだ。
彼の横に立つにふさわしい自分になるまでは、連絡はしないと決めたのだ。
(嫌だわ。私ってこんなに意地っ張りでプライドの高い人間だったの・・)
それに、本当のことを言えば少し期待していた。
ルークから文が来るのではないかと。
つい先月までは毎日のように執事に尋ねた。自分宛ての手紙はないかと。
決して連絡しないと決めていたが、もしも彼から手紙が届いたなら。
その時はすぐにでも返事をしようと、そう決めていたのだ。
しかし-
またしてもライラは恥をかいた。
ルークに縋る惨めで哀れな自分。
こんな自分は我慢できない。
王宮で職に就いて、彼の隣に並んでも恥ずかしくない自分になる。
そして、彼に尊敬される女になるのだ。
ライラはルークとの会話を思い出していた。
「俺は市民を守って死んだ父さんを尊敬している。父さんと同じ志を持ったフィン師団長のことも尊敬している。俺の使命は、親父と同じように助けを求めている誰かを救うことだと思ってる。そんな俺を、あの人が見つけてくれたから、行くなら今なんだ。
ライラ、お前だってあるだろ?自分がやりたいこと。」
あの日、ライラは答えられなかった。
自分はフィッツジェラルド家の跡を継ぐと決められていたから、自分のやりたいことなんて考えたことがなかったなんて。
自分が望むのは、平穏で幸せで、隣にルークが居る生活だなんて。
そんな恥ずかしいこと、絶対に言わない。
(私って本当に・・。見栄っ張りで意地っ張りでかわいくない。)
苦々しい気持ちを奥歯で噛みしめ、今日もライラは勉学に励むのだ。
1年後の王宮登用試験のために。
彼と肩を並べるために。
「遅れて申し訳ありません!!ユリウス閣下」
「遅いぞ。これから枢密院の月例会議だ。速記を頼む」
「!!! しっ・・しかし閣下・そのような場所は初めてでございます。訓練もろくに・・。
適任が他にいるかと存じます。すぐに探してまい・」
「何を言っている。君がやるんだ。行くぞ」
アークランド王宮騎士団トップに君臨する騎士団長ユリウス・ウィンザーは容赦がない。
若干29歳で騎士団設立以来最速の出世を果たした猛者だ。
どんなに汚い手を使ってここまで昇り詰めたのか。
白金の柔らかい頭髪を後ろに撫で付け、美しい眉間をいつも少し中央に寄せながら気怠げな表情。騎士団長というよりは、その出で立ちは完全に貴公子だ。
実際、ウィンザー家はアークランドの貴族の中でも最高位の侯爵位を持っている。
ユリウスの憂いのある品のある美しい顔は、それを正に表しているかのようだった。
しかし、今日ばかりはそんなユリウスが鬼に見える。
いや、鬼軍曹だ。
配属されてまだたったの3か月。それなのにいきなり枢密院会議の書記役だと・・?
到着が遅れたのにも言い分があった。
とにかくひっきりなしに仕事を頼まれるのだ。
それも、一つの仕事が終わって一息つこうと思ったのを見計らうように呼び出しを受ける。
まるでこちらの動きを監視しているかのように。
歩き方すら優美なユリウスの背中を、気づかれぬようにねめつける。
新人はしごいて育てるタイプなのだろうか。
若者の離職率が騎士団の中でも問題視されているこのご時世に。
今の新人にはひと昔前のようなしごきは通用しないのだ。
寄り添い、喜びや苦悩を共有できる関係性こそが重要なのだ。
「(少なくとも女子にはね!!!!)」




