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守るべき者


ボゥッ!!!


勢いよく転がったランプのガラスが割れた瞬間、炎が天井近くまで沸き上がった。


「うわぁっ!!!」


ロッソの慌てた声を聞くと同時に、ライラは正面奥の階段に向かって走り出した。

とにかくこの地下室を脱出し、力の限りの声で助けを呼ぶのだ。

転ばぬよう必死でバランスを取り、燃えさかる炎を尻目に目的地まで駆け出した。

階段を駆け上がり、地上に続く扉を開けようとしーー、ライラは今更ながら自分の手が不自由なことに慄然とした。

扉を蹴倒そうと体当たりをしようとし、そこで視界が180度回転した。


背中への激しい衝撃と痛み、定まらない視点に顔を歪め呻くと、頭上の方でゾッとするほど冷ややかな声が響いた。


「調子に乗りやがって・・。このまま大人しくしていればこんなことにならなかったのに、思ったよりも頭が悪いんだな。」


呼吸をしようとするだけで背中が痛む。ロッソの言葉に反応できる余裕まではない。

ライラは階下に倒れこんだまま小さく喘ぐように息をする。


「お前がやったことだ。このままここで焼け死ね。」


ロッソが躊躇いもなく扉を出たあとに、鍵をかける音が聞こえた。

ライラはまだ痛みをやり過ごすのに精いっぱいで動けない。

そうしている間に、考えないようにしていたが熱にの気配が押し寄せてきているのを視界の端に認めた。

何とか頭をそちらに向けると、炎は流れ出たアルコールの範囲を超え、壁際の棚を巻き込んで部屋の1/3を占める勢いだった。


(早く逃げないとーー)


頭ではそう思うものの、痛みでいまだ身体が動かない。

全身を突き抜けるような激痛は、もはや焼け死ぬ恐怖心にも勝り、ライラの生きることへの本能すら消し去ろうとしていた。


(一酸化炭素中毒で気を失うのと体が燃えるのとどっちが先だろう・・)


そんなことをぼんやりと考えてみながら、やがて頭のどこかがはっきりしてきた。



「ケㇹッ・・全身焼けて苦しい思いして死ぬなんてやだ・・!!」


ライラは、激痛を堪えて体を反転させ腹ばいになり、何とか立ち上がろうとした。

しかし、ロッソに蹴倒された衝撃と炎のせいで体に力が入らない。

頭の中が絶望で染められるのを感じながら、ライラはそれでも匍匐前進で階段へと向かう。


いよいよ炎が背後にまで迫っているようだ。

あまりの熱さの、もう呼吸すらできない。



(ダメだ・・もう動けない・・)



ライラが意識を手放そうとしたその時、頭上の扉が大きな音を立てて蹴破られた。



「ライラ!!!」


「・・ルーク・・?」


既に声の方向を見る気力もない。ただ、その声がルークであることははっきりと分かった。

そのうち体がふっと軽くなる。抱き上げられたようだ。

身体を焼き尽くすような熱が徐々に遠ざかり、熱したオーブンから出たかのようにひんやりした空気に包まれる。



「ライラ、しっかりしろ。もう大丈夫だから。」


口元に水を流し込まれ、夢中でそれを飲む。

いつの間にか手の拘束は解かれていた。

喉元を通る水の冷たさに、遠くなっていた意識が戻ってきた。

困ったように眉尻を下げてこちらを見下ろすルークの姿が目に入る。


「ルーク・・来てくれたの・・?」


「あぁ。助けに来た。よく頑張ったな。」


「あの人・・ロッソ隊長が・・」


「あぁ、分かってる。あとは騎士団が何とかするから、ライラは何も心配するな。王宮に戻ってまず手当しよう。」



じきに火の手は空き家全体を覆い尽くす。

ルークは再びライラを抱き上げると、辺りを警戒しながら外へ出る。



ルークがこの家に突入した時、すでにロッソの姿はなかった。

火が放たれてライラを捨て置いて逃げたと見るのが自然だが、警戒の手を緩めるわけにはいかない。

ルークはライラを抱え、周囲に注意を払いながら街の細い路地を進む。



その時、ルークは後頭部のあたりにチリチリとした、焦燥感のような胸騒ぎを感じた。

あるいは、それは虫の知らせとも言えるものだったかもしれない。

ともかく、ルークは真横に飛んだ。本能的に。


キンッーー。


1秒前まで自身がいた場所に目を移すと、長さ15センチほどの短剣が石畳に激しく打ち付けられ跳ね返るのが見えた。

ライラを歩道の脇に下ろし、抜刀する。

彼女をかばうようにして短剣が飛んできた方向に向き直ると、十メートルほど先の民家の屋根に男の姿を認めた。


「ロッソ・・隊長・・」


ロッソは歩道に飛び降りてルークと距離を詰める。


「ルーク・ロスか。まさかお前・・ひとりでここに来たわけではないだろうな?」


夜闇でロッソの表情はよく分からないが、声の調子から、彼がとてつもなく不快感を覚えているであろうことは分かった。

ルークの背中を緊張の汗が伝う。


「そりゃ・・俺がたった一人でここに来るわけはないでしょう。すぐに第二師団の連中がここに到着しますよ。逃げなくていいんですか?」



「・・そうか。なるほどな。 いや、心外だな。俺がここまで馬鹿にされるとは。」


軽口を叩くような口調とは裏腹に、怒気がいっそう強くなる。

ハッタリは意味をなさなかったようだ

ルーク剣を持つ腕に力を込め、構えを正す。


「ルーク・ロス。逃げる必要はなくなったよ。たった今から俺の任務は変更だ。お前ら二人を殺す。」


そう言い終わるや否や、ロッソは正面からルークに切りかかった。

ルークはその一太刀を剣で受ける。


「くっ・・・!」


重いーー。完全に読んでいた動きだったにも関わらず、ギリギリで受け止めるのが精いっぱいだ。

細身のロッソから、どうしたらこんな重量のある攻撃が繰り出せるのか。


「ルーク・・!」


ライラが悲鳴のような声を上げる。


ルークはハッと気づく。

ライラがいる。彼女はもうまともに歩けない。たとえ無傷の身だったとしても、ロッソから無事に逃げ果せる確率はゼロに等しい。

ルークが守らなければならない。何としても。


「うぁぁっ!」


渾身の力を込めてロッソの剣を跳ね返すと、そのまま踏み込み脇腹を狙う。

ロッソは軽いステップで後方へ飛びそれを交わすが、ルークはそのまま攻撃の手を止めない。

最初の一撃を受けてルークは悟った。

まともに力勝負をしても万に一つ勝ち目はない。

裏をかけるとしたら、ルークの身のこなしの素早さを生かした連続攻撃しかない。

ルークは、何とかロッソの動きを止めようと縦横無尽に剣を振るう。


ロッソはそんなルークのやけくそのような動きに手を焼くでもなく、面白がっているように見える。

ライラは少なくともそう思った。

素人のライラでもはっきり分かる。

ルークは勝てないーー。


そう思ったと同時に、ライラとロッソの目が合った。


「え・・」


その言葉が出た時には既にロッソはルークを振り切ってライラに迫っていた。

唇を歪めて笑っているのがはっきり分かるほどに。


「いやぁぁぁ!」


ライラは恐怖のあまり、本能的に両手を顔の前に掲げ、ロッソの一撃を待つ。


しかし、衝撃と痛みの代わりに響いたのは剣と剣がこすれ合う嫌な不協和音だった。

恐る恐る目を開けると、ルークがライラの目の前に立ちはだかり、ロッソの剣を何とか受け止めているところだった。


「ルーク・・」



同じ光景をいつか見た。

ライラとルークが、街の路地裏で偶然に快楽殺人犯と出くわしてしまったこと。

その犯人がライラをも毒牙にかけようとしたこと。

その時も同じように、ルークがライラをかばうように立ちはだかった。

学生だったからまるで丸腰だった。

今だって同じようなものだ。ルークでは全くロッソに歯が立たない。

それでも彼は、自分の身を顧みることなくライラを守ろうとしている。あの時と同じように。




「・・させるかよっ!!」


「ふん・・反応は悪くないな。」


ロッソはそう言い捨てるといとも簡単にロッソの剣を薙ぎ払った。


「あっ!!」


ルークの剣は致命的なほど遠くに飛んだ。

取りに行けばその間にライラが死ぬ。


「ルーク・ロス。お前弱いな。第二師団のホープとかもて囃されてるくらいだから期待したんだけどな。

期待外れもいいとこだ。そんなお前ひとりで十分だと思われた俺の立場になってみろよ。」


ロッソの表情はもはや怒りを通り越して狂気に侵されている。


「お前ら二人は俺をコケにしやがった。ーーさっさと死ね。」



ロッソは剣を大きく構え、ロッソの頭頂部めがけて振り下ろしーー、


振り下ろしたつもりだったが、実際体は動いていなかった。

疑問に思って自身の体を見おろし、胸元から何かが生えているのを確認した。

それ一体何なのかと思いを巡らす前に、ロッソは喉元にせり上がる熱い塊を感じた。

それを吐き出すと同時に、自分の意思とは関係なくその場に崩れ落ちる。




「コケにはしていない。 だから私が来た。」










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