それぞれの覚悟
ユリウスの部屋を出ると、フィンがルークを近くの会議室へと促す。
扉を閉めるとイスに腰掛ける間もなく話し始めた。
「ルーク、納得はしていないと思うが今は何も聞くな。お前はこれから一人で部隊の誰にも知られず街へ出て秘書官捜索に当たれ。」
「フィン師団長、理解ができません!ライラは今も危害を加えられている恐れがあります。発見が遅くなればなるほど彼女の命の保証ができない。せめてあと二人、第二部隊から捜索隊を出してください。」
「悪いが、団長の言った通りそれはできない。そうすることが、結果的に彼女の命の危険を高めることになる。・・・ライラというのは、いつかお前と二人で街にいた少女だったな。」
フィンが目を細める。
彼が初めてルークとライラと出会った日のことを思い返しているようだった。
「ルーク、すまない。我々も苦しい状況にある。お前は王都を熟知している。潜伏場所として考えられる所を片っ端から当たれ。自分の勘を信じろ。・・・必ず彼女を救え。」
ルークは自室へ戻ると出立の準備を急ぐ。
隠密行動、かつ自分ひとりでライラの捜索をするので軽装備でなくてはならない。
容疑者はロッソ・ストレイダー。第一師団、第一隊長。
普通に考えてルーク一人の手に負える相手ではない。
第一、ロッソの目的は不明だが、敵が彼一人とは考えにくい。
ライラが消息を絶ってから比較的すぐにロッソの名前が浮上している。彼はそもそも偽装工作をしていないと考えられる。おかしな話だ。
そして、一番不自然なのはユリウスとフィンだ。
(この事件は何か裏があるーー)
しかし、ルークにはそれを突き止めることも命令に背くことも許されない。
彼はただ、ライラを救うために無謀な賭けに挑むしかないのだ。
「黙って踊らされてるしかないってことか。ちくしょう、団長も師団長も、戻ってきたら絶対説明させてやるからな。」
大きな瞳に涙をためて怯える少女の姿が頭から離れない。
「ライラーー、絶対助けるから。」
日はまもなく落ち、街の景色は夜の闇と同化していく。
ルークはその身を翻し、暗闇へと駆け出していった。
こんな状況下だが、ライラは徐々に苛立ちを抑えきれずにいた。
「あの・・何度も言ってますが、私はユリウス閣下の秘書官ですが大した仕事はしていないんです。スケジュールの管理や執務室に入ってお掃除したりしますけど、重要な情報は何一つ触らせてもらえませんし、ロッソ隊長にお答えできることは本当にないんです」
秘書として重要な仕事を任されていないーーこんなことを言わなければいけないのは屈辱以外の何物でもないが、今日ばかりは少しホッとしている。
ライラは嘘はうまくない性分だから、心の底から何も知らないと叫ぶことができる。
但しーー、こんな押し問答を永遠と半刻ほども続けられるとさすがにうんざりする。
「それは今までのやりとりで何度も聞いたよライラ嬢。君から重要機密を聞けるなどとは端から思ってない。俺が知りたいのは、普段の小さな会話の中で分かるような些細な情報だ。君は随分と可愛がられているようだったからな」
「・・別にそんなことはありません。閣下は私のことを部下として正しく指導してくださいます。至らないところは叱られますし、できたことは褒めてくださいます。普段の小さな会話なんてそんな程度しかなくて、私は閣下のプライベートなことだって何一つ知りません。」
そう、何も知らない。
恋人がいるのかすらライラには知りようがない。ユリウスがうっすらとでも匂わせることもない。
こうして冷静に考えてみるとよく分かる。ユリウスはライラを温かく見守ってくれるが、それはあくまで秘書官としてのライラに対して、になのだ。
「ふぅん・・。団長の部下はどうなんだ?戦略部隊のノーラン、あいつは役職もないのに団長の部屋に入り浸って、あれは何なんだ?」
「さぁ?ノーラン様はとても頭の良いお方と聞いているので、特別に直接閣下にコンタクトを取ることを許されているのだとは思っていますが・・。変わった方だとは思いますが意外にいい人ですよ。」
「あいつが? ただの変人だろ」
ライラは疑問に思い始めていた。
ロッソは本当にライラを尋問するつもりがあるのだろうか。
形ばかりの投げかけにおざなりな返事。ノーランの話題などは、ただのロッソ自身の興味に思える。
カストラ王国のスパイである線は間違っていないと思うが、今のところ仲間の存在が伺えない。
この古びた空き家にロッソ以外の人間が出入りする気配もなければ、彼が誰かと連絡を取る様子もない。
ライラから見れば、彼はとても寛いでいるように見えた。
まるで恋人のオチのない四方山話を聞くような、聞いているようでどこか上の空なーー。
その証拠に、ロッソはライラの拘束を緩めていた。
腕だけは後ろ手に縛られたままだが、足を縛っていた縄は解かれた。
今、ライラは体育座りをした状態でロッソと対峙している。
こうしたロッソの様子を見て、ライラの恐怖心は次第に薄れ、冷静に今起こっている事象を深く掘り下げることができている。
ーーロッソは時間潰しをしている。
注意深く彼を見れば分かる。
常にライラに注がれていると思った視線は、よく見れば定期的に天井近くにある明り取りの窓を行き来している。何かを聞き漏らしてはいけないかのようにーー決してライラの話ではなさそうだがーー注意深く何かに耳を傾けている様子も伺える。
ロッソは何かを待っているのだ。
彼の本当の目的はライラを誘拐することではない。
(だとすれば、私は囮? それとも切り札・・?)
ここにきて、初めてライラは考え始めた。
このままひたすら助けを待つままでよいのか。
恐らくロッソは騎士団がライラの捜索に出てくることを待っている。
それこそが本当の目的なのだろう。
そう分かっていながらこのままじっと待つだけでいいのだろうか。そんな戸惑いがふと頭をもたげる。
それと同時に、そんな疑念をかき消すかのようにもう一人の自分が叫びだす。
(だって・・!私は一般市民だもの。こんなことに自分が巻き込まれるなんて考えてみたこともなかった。私なんかが抵抗したところですぐ殺される・・!)
目の前のロッソは帯剣している。
今すぐライラを殺すつもりがないとしても、必要であれば彼はライラの命など簡単に切り捨てるだろう。
「ロッソ隊長・・。お願いです。ここまで私の話を聞いて分かったでしょう?私から得られることなんて何もないんです。私はあなたのことを誰にも言いませんし、何も聞きません。だから私を開放してください。怖くて押しつぶされそうなんです・・!」
無駄だと分かっていながら、ライラは切実にロッソに訴えかけた。
どうしてそんなことを言おうと思ったか、ライラ自身よく分からない。
ただ、自分には抵抗の意思がない、非力な人間であることを印象付けなければと思った。
「悪いが、ライラ嬢。君を開放することはまだできない。怯えなくていい。もう少し俺とのおしゃべりに付き合ってくれないか。」
やはりライラを尋問するつもりなど微塵もなかったのだ。
「・・このまま待っていれば、私を開放してくれるのですね?」
「あぁ、そうなるはずだ。騎士団が今頃君を捜索しているだろうからね。」
(騎士団が・・。ルークも、私のこと探してくれているのかな・・。)
ロッソは自分の任務の終了が近いことを悟ったか、立ち上がって地下室の中を物色し始めた。
どうやらこの部屋は備蓄倉庫としていたようで、棚に酒やら缶詰やらがいくつか放置されていた。
彼は空いていない酒の瓶を見つけ、蓋を開けると一気に一口煽る。
二口目を口に含もうとし、手が滑ったのか瓶を床に落とした。
「チッ・・」
瓶は派手に割れ、まだ半分以上残っていたであろう酒が流れ出す。
ツンとするアルコールの香りを確認し、ライラはーーほとんど無意識でーーはずみをつけて立ち上がった。
「? 何だ?」
それを見咎めたロッソの眉間が警戒に歪む。
このあとの損得計算を全くしていなかったライラは既にパニックになりかけていた。
しかし、幸か不幸か、彼女がすべきことはもう一つしかない。
足元にあるアルコールランプに狙いを定め、今も範囲を広げて床に流れ出る液体に向かって思い切り蹴り上げた。




