動き出した計画(1)
ライラは今日も朝から気分の晴れぬまま仕事につく。
最近こんな毎日が続いているのは何かの試練なのだろうか?
そんなことを考えながら政府の職員が入れてきたアポイントの予定をスケジュール帳に書き写す。
昨日、久々の休暇でポーラの宣戦布告を受けてからーー。
まだ正午も少し過ぎたばかりの頃だったにも関わらずそんな出来事が起きて、ライラは一気に現実に引き戻された。
この休日で、今自分に起きていることを俯瞰的に見つめ直したかった。
それが、つかの間の休みを邪魔するかのようなポーラの登場、そしてあの言葉。
せめて街の散策を散々満喫したあとの夕暮れ時だったらどんなに良かったことか、などと詮無いことを考えた。
ポーラのあの宣言に関しては、複雑な心境としか言いようがない。
彼女は間違いなく素晴らしい女性だ。
見た目の美しさだけでなく、ライラに向かって正面切ってルークへの思いを宣言するあたり、男のような、いや、それ以上に高潔な潔さを持っている。
敵わない。清々しささえ覚えるほど全面降伏する思いだった。
しかしーー。
ライラは心の奥の奥で、小さな火種が燻ぶっているのも感じていた。
怒りとは少し違うが、ほとんど似たような感情だった。
(ルークの何もかもをも分かったような顔してー)
ポーラはライラとルークの学園での1年半の日々を知らない。
それを彼女は我が物顔で踏みにじろうとした。
黙ってはおけないーーそんな一言が思い浮かんだことに、ライラは自分でもぎょっとしたのだった。
「昨日の休暇は満喫できたか?」
すっかりルーティンワークとなったユリウスの執務机の整理中、応接用のイスで休憩していたユリウスが声を掛ける。
「はい・・・。ありがとうございました。平日に街に出たのが久しぶりでとても新鮮でした。やっぱり王都は活気があっていいですね」
「そうだな。我が国は観光産業も発展している分、街が賑やかで生活水準も高いのはいいことだ。
その分第二師団がフル回転で人手が足りないんだが。私も若い頃は20日連続夜間勤務をこなしたことがあったよ」
「ええ? 20日連続ですか!? 第二師団の皆さんは本当にお忙しそうですもんね・・」
そう呟きながら、脳裏にルークの姿がよぎる。
「第二師団は騎士団の中でも地味だと揶揄されがちだが、実は一番王都にとって要の仕事をしているんだ。今日は珍しく第一師団も出てしまっているがな。」
ユリウスの言う通り、特命部隊の第一師団が動くことはそれほどない。
現在、北部でダイヤモンド鉱山の労働者による中規模の反乱が起きており、北部駐在の騎士隊からの応援要請のため、第一師団の一部隊が出動している。これは珍しいことだ。しかし、ユリウスがここでのんびりしているということは、事態はそれほど差し迫ったものではないのだろう。
「閣下の前でこんなこと言ってはいけないかもしれませんが・・いつか騎士団全体が暇になる日がくればいいなぁ・・なんて思います」
殉職したルークの父親のことを考えながら、そう思わずにはいられなかった。騎士団が必要ないくらいに平和な日々が訪れれば、こんなに素晴らしいことはないのだ。
実際、そんなに簡単な話ではないことはライラにも分かっているが。
「そうだな。私もそう思うよ。」
ライラの子供ような発想に、ユリウスは何も言わず同意した。
若くして騎士団長にまで上り詰めたこの男は、根はライラ達一般市民となに一つ変わらないのかもしれない。
午後になると北部戦線の状況がユリウスに伝えられ、ノーランを呼んでくるようライラに指示が出された。表情からは読み取れなかったが、多少は緊迫した状況なのだろうか。
ライラは自然と小走りになりながら、ノーラン達戦略部隊の執務室へ急ぐ。
戦略部隊は騎士団のゾーンの中でも東の端に位置し、ライラの執務スペースからは最も遠い。
同じような回廊を進んでもなかなか辿り着かないじれったさに、ライラは落ち着かない気持ちになってきた。
しばらくそのまま歩を進めると、数メートル先に見知った男を認めた。
「おや、ライラ殿。」
少し驚いたように先方から声をかけられる。
数秒考えて思い出した。いつかルークを呼んでくれた第一師団の隊長だった。
「ロッソ隊長。こんにちは。」
「どうしたんだい?何だか慌ててるみたいみただけど」
「あのこれから戦略部隊のところへ行くところなんです」
「あぁ、あそこは遠いよな。もしよければ、近道教えてあげるよ。このまま回廊を進んでいったらまだまだ遠いよ」
ロッソは息の上がったライラを見て苦笑した。
「え・・いいんですか?何か用事があったのでは・・」
「ユリウス団長秘書官の君を助けるのだから、サボってることにもなるまい。行こう。」
そう言うと回廊を歩かず宮殿内に入っていった。
(回廊を歩いて東端に行くんじゃないの・・?)
ライラは困惑気味に隣を歩くロッソを見上げる。
「外の回廊を歩くより、宮殿内の部屋をあちこち突っ切っていく方が早いんだ。当然応接室や人のいる部屋は入れないが、武器庫とか書庫とか、そういったところをうまく抜けていけば5分は違う。南側を熟知している俺たちはいつもそうしてるよ」
ロッソは自慢気な笑みを浮かべてライラを見下ろす。
そのまま近くにあった簡素な木製の扉を開けて入る。
むわっとした匂いがライラを包み、思わず顔をしかめた。
騎士団の休憩室のようだ。
「ごめんな、汗くさいだろ?俺たちはもう慣れちゃってるからよく分からんが、管理部の連中はここに来るとみんな目を白黒させるんだ」
ロッソはくつくつと笑う。
ライラはハッとして澄ました表情を取り繕ったが、間に合わなかったようだ。
休憩室の奥には、別室に続くドアがもう一つあった。
「あそこを抜けて行くということですね」
「そう。こんな要領でいろんな部屋を縫って歩いて行くんだ」
休憩室を出たあと、廊下を少し歩いて入ったのは書庫。薄暗くカビ臭い部屋を同じように抜けると
またすぐ手近な部屋に入る。
「ん?」
ライラは中に入って辺りを見渡す。
武器庫のようで、剣や槍、弓が所狭しと乱雑に立てかけられている。そのせいで壁全体がはっきりと見えないのだが、別室に抜けるドアが見当たらないのだ。
「ロッソ隊長、この部屋のドアはどこにあるんですか?」
背後のロッソへ振り向こうとした瞬間、首元に微風が走り抜けたのを感じた。
そのまま後ろ首に衝撃が走りーー目の前が真っ暗になった。




