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思い、絡まる

「ケガはない?」


ライラは力なく首を振った。


「よかった。私、今たまたま巡回中でライラさんがあの男と話しているのを見かけたの。ただのデートならそっとしておいたけど、何だか雰囲気がおかしかったから。」


ライラは、彼女より背の高いポーラを見上げる。

今日のポーラは勤務中のため制服を着ている。詰襟に第二師団の証である赤いエンブレムがよく似合っている。

午後の日差しを背に受ける彼女はまるで女神だ。

ライラは目を伏せ、ポーラに礼を言う。


「ポーラさん、ありがとう。私ああいうの慣れてなくて、どうしたらいいか分からなかったから本当に助かりました」


ポーラは頭を下げる。

彼女には二度と会いたいとは思わなかったが、ライラの窮地を救ってくれたのは事実だ。


「気にしないで。市民の平和を守るのが私たちの仕事なんだから。今日は仕事はお休み?」


「あ・・ええ。あの、私まだ言ってなかったと思うんですけど・・」


「知ってるわ。ユリウス団長の秘書官のライラ・フィッツジェラルドさん、でしょ?」


「え・・あ・・知ってたんですか?」


「ふふ、そりゃあね。ライラさん、あなた自分で思っている以上に有名人よ。」


艶やかな笑みでそんなことを言われて恥ずかしくなる。

「普通」を全力で生きてきたようなライラが、有名人などとはありえない。


「ユリウス閣下があんな方ですから、自然に秘書官である私にも目が行くのでしょうね・・。ポーラさんみたいな人の方が秘書官だったら良かったのに。そしたらもう完全武装。」


ライラはあえておどけて笑ったが、自分でもそれが成功したとは思えなかった。

元来、ライラは冗談を言って人を笑わせるようなタイプではない。無理やりそれをしたところで、痛々しいのがかえって鼻につく。

案の定、ポーラは何とも言えない複雑な表情でライラを見つめていた。


「あなたのそういうところ、もったいないな。 もっと自分に自信を持てばいいのに。」


「ポーラさん・・」


「ま、でも気が付かないでいてくれた方が好都合なのかな。・・ねぇ、ライラさん」


紅い瞳を燃えるように揺らし、ポーラは真っすぐライラを見据える。

射貫くような眼圧に、ライラはまばたきすらできない。


「私はルークが好き。私は自分の持てる力の全てで彼を手に入れる。今日は会えてよかった。それだけどうしてもあなたに伝えたいと思ってたから。」





騎士団員の独身寮は王宮内にあるとは言え、勤務場所から遠いと一定の不満の声がある。

宮殿を東に抜け、だだっ広い野原をーー宮内府の人間はそれを王立公園と呼んでいるがーー10分ほど歩いたあたりでようやく宿舎が見えてくる。

白亜に輝く豪華絢爛な王宮と違い、騎士団の独身寮は街中にある集合住宅となんら変わりはない。

石造りの壁はところどころ薄汚れ、掃除も必要最低限にしかされていないようだ。

そんなことにはもうすっかり慣れたルークは、宿舎の2階にある自室へと重い足を引きずる。

ベッドだけで部屋の半分を占めるくらいの狭い空間だ。

ルークにとってそれはさほど問題ではない。食事は毎日食堂で済ませるし、風呂は宿舎に大浴場がある。

勤務の日は訓練で散々体を苛め抜かれるので、どうせこの部屋には寝に帰るだけなのだ。


部屋に入るなりベッドへと倒れこむ。

今日はポーラ達第一部隊が街へ警邏に出るシフトだったため、ルークはほぼ実技訓練で日の勤務を終えた。

細く長い疲労のため息を吐き、ルークは天井のシミを見つめながら思った。


ライラは自分にとって一体どんな存在だったか。

あの日の告白を受けて、ポーラに対する感情はどう変化したか。



ライラと出会った高等学園時代を思い出す。

ルークは最初からクラスメイトとは馴染めなかったし、馴染もうともしなかった。

学園の約9割の生徒は、貴族の裕福な家柄の子女だ。

その他1割がルークのような平民の成績優秀者で、こんな人員構成からしてクラスメイトと親交など深められようはずもなかった。貴族出身の彼らもそう思っていたはずだし、ルークの方にもそんなバイアスがかかっていたのは否定できない。ルークは常にクールな振りをして彼らから距離を置いた。


しかし、ライラはそんな壁をあっさりぶち破った。

距離を置かれていることを知ってか知らずか平気な顔でルークに話しかける。

当初はかなり警戒した。

彼女はあまり成績が良い方ではなかったので、何かそういった面で当てにしているのかと勘繰った。

しかし、何カ月経っても彼女はそんなそぶりを見せない。

さすがルークも気が付いた。彼女はただ純粋に友人になろうとしているのだ。

そう気づいた時には既に彼もライラと自然に会話を交わすまでになっていたし、気が付けば他のクラスメイトもルークの周りに集まっていた。

家柄を気にしていたのは自分だけだったのだと、ルークは初めて自分を恥じた。


ライラは父親を亡くしてから頑なになった自分を変えた、何にも代え難い存在だ。

削りだした岩のようにいびつに歪んでいた彼の心を、彼女の明るく春風のような笑顔で正しい方向に導いてくれた。



ポーラのことはどうだろう。

間違いなくあの日までは、彼女はルークにとって戦友だった。

同じ平民で彼の境遇も理解し、共に騎士団での苦労を分かち合ってきた仲だ。

騎士団の中での拠り所は間違いなくポーラだった。

これまでも彼女を美しいとは思っていたが、今はそういった感情とは少し違うものを抱いている。

彼女は女性だ。性別という意味でなく、本能的にそう思った。



ルークは今度は短く吐ききるようなため息をつく。

今夜はうまく寝つけないかもしれないーー。



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