迷い、のち波乱
平日の昼間の王都は活気に満ち溢れている。
北のダイヤモンドの他にも、アークランド王国の南側は海に面しているため、水産都市としても有名である。
港付近は常に漁師たちや船乗りたちで溢れ、街中でも活きの良い魚をあちこちの店の軒先で並べており、台所を預かる主婦や飲食店の従業員の他、観光客で年中賑わうのだ。
今日、ライラは休暇を取った。
休んだところですることもないので仕事に出たいと言ったのだが、ユリウスの許しをもらえなかった。
疲れているわけでもなく働きたいのだから、そんなに命令されることでもないと思うのだが。
そんな経緯いきさつで非番となったライラは、案の定朝起きて身支度を済ませると途端にすることがなくなった。
ふと、街へ出てみることを思い立つ。
平日に街を出歩くなんて学生ぶりだ。学生の時と言っても、終業後の夕暮れ時の景色しか知らないのだが。
街の中でもっとも賑わうガレ地区まで足を運ぶ。
ここはアークランド屈指の商業エリアであり、食料から宝飾品まで取り扱う店が軒を連ねる。
貿易商が持ち込んだ珍しい外国の雑貨も多く、流行に敏感な若者もこぞって集まるのだ。
ライラもここをぶらぶらするのが好きだ。
いつ足を運んでも必ず新しいものや心惹かれるものに出会える。
古典模様の入った木製のドアがおしゃれな雑貨屋のショーウインドーを覗く。
最近人気の金細工のバレッタや、様々な形に加工を施されているダイヤのピアス。ここ数年、王都での男性の間では結婚を考えた女性に涙型のダイヤを送ることが流行っている。
「あなたの涙をダイヤに閉じ込める」
つまり、結婚したら絶対に泣かせませんという意味なのだそうだ。
(ルークは絶対そういうことできないだろうな。ユリウス閣下なら似合うけど)
2人のプロポーズシーンをつい想像し、ライラは小さな笑みを浮かべる。
ユリウスには恋人がいるのだろうかーー。
ライラはふと考える。
あれほど美しく内面も完璧なのだから、いたとしてもおかしくない。ノーランも言っていた。女の扱いがうまいと。
しかし、日常の彼のスケジュールを考えるとどうにも想像がつかないのだ。
朝から晩まで仕事に追われ、何か問題があれば休日もあっさり潰れる。
仕事のために生きているような人間だと、ライラは傍で見ていて思う。
(やだな、閣下のプライベートなこと考えるなんて不作法だわ・・)
ライラは視線を逸らすと、ひと際目を引く宝石が目に飛び込んできた。
黒と赤の絵具を細い針でかき混ぜたような不思議の色合いの石だ。
決して禍々しくなく、深い異空間を思わせるような見事な融合を見せている。
細い金のネックレスチェーンに通されたその石は、自分の魅力を見せつけるかのようにウインドー越しに鎮座している。
まるでルークとポーラのようだと思った。
ライラは唇を噛みしめる。
(例えばあの宝石が黒と茶だったらーー。きっとあんなに輝かない。)
ライラは気分がいよいよ落ち込む前にその場をそっと離れた。
しばらく歩くと、手ごろな値段のオープンカフェを見つけた(この辺りは総じて単価が高い)
大広場に面した開放的な店だ。
ライラはこの店でブランチを取ることに決めた。
オープンテラスの席に腰を掛け、ハムチーズガレットとミントティーを注文する。
広場の中央にある噴水を眺めながら、ライラはぼうっと考える。
自分はルークと今後どうなりたいのか。
急に頭の片隅を占拠するようになったユリウスは、自分にとって一体何なのか。
ルークのことは好きなのだと思う。
学生時代から一途にそう思ってきたのだ。その思いは今更否定したくない。
ただ、今、彼と共にいる自分を全くイメージすることができない。
それは、未だくすぶり続けている己への劣等感のせいかもしれないし、ふとした瞬間に脳裏をかすめるユリウスのせいなのかもしれなかった。
もしくは、あっけなくルークをポーラに奪われた時の自己防衛本能とも言えるかもしれない。
いずれにしろ、ライラは彼にとって決して特別な存在ではなかったということだ。
ライラにとって、ルークは確かに特別であった。
学園での成績も普通、取り立てて容姿がいいわけでもなく、見た目もごく平凡。
級友のように何か高い志があるわけでもなくーー彼女の学園時代の親しい友人の一人は画家を目指し、単身で外国に留学をしているーー毎日を平穏に過ごせればいいと思っているような人間だ。
そんな人間だが、ルークはいつもライラの側へやってきては日々の他愛ない話をした。
彼に友達がいないわけではない。
それでも気がつくとルークはいつも当たり前のようにライラの隣にいた。
だからライラは勘違いしてしまった。自分はルークにとって特別な人間なのだと。
徐々に混乱し始める。
ライラがルークを好きになったきっかけは何だっただろうか。
「特別な存在でありたい」、まさかそんな気持ちで彼に思いを寄せたわけではなかっただろうか。
(そんなことは・・)
100%ないと言えない自分が歯がゆい。
気が付いたらルークを好きになっていた。そのきっかけなんて覚えていない。
気を取り直そうと、ライラはいつの間にか運ばれていたガレットに手を付ける。
ナイフを入れると、チーズの香りがふわりと広がった。
「こんにちは。」
真向かいからそう声を掛けられた時、ちょうどライラはガレットを頬張っている時だった。
「・・」
白いタンクトップの日焼けした若者が向かいの席に座っていた。
一体何事かと思いながら、とりあえず会釈だけ返す。口を押え、急いで咀嚼する。
「ごめんね、食べてる時に。急がなくていよ。可愛い子が一人で食事をしていたからつい声を掛けちゃったんだ。」
「あ・・はぁ。どうも・・。」
ライラは歯切れ悪く返す
いわゆるナンパのようだ。
「俺、南のイルーシャスの貨物船の船員。今日はもう荷を全部下ろし終わって次出港するのは3日後なんだ。お嬢さん暇なら付き合ってくれない?俺この街全然わからないしさ。」
ニコニコと人好きのしそうな顔で笑いかけられる。
ライラはこんな風に誘われるのは初めてだ。怪しいと思っていてもうまくかわせない。
「あの・・・。私用事があるので・・」
「えー、そうなの?買い物とか?俺も付き合うよ。」
「いえ、あの・・人と会う約束してるので・・」
「ふーん、そうなの? じゃ、待ち合わせの時間まででいいから街を案内してよ。」
「いえ、もうすぐ待ち合わせの時間なのでっ・・」
しつこく畳みかける男に業を煮やし、まだ半分も食べていないガレットを惜しみつつライラは席を立った。
「よし、じゃあ一緒に待ち合わせ場所まで行こう。約束している人が来たら俺は帰るよ。それまで歩きながら話でもしようぜ」
男はライラの腰を抱き寄せ、ぴったりとくっつき歩き出す。
ライラに約束などないのを見抜いているのだ。
「あの・・離してください!あなたに付き合う気はありません!」
ライラは身をひるがえして逃げようとするが、筋肉質な男の腕を振り払うことができない。
それどころか、ますます強く男に抱きこまれてしまう。
「いや・・!」
「どうしました?」
いよいよ恐怖を感じ始めたところに柔らかな女性の声が割って入った。
ライラがその姿を確認するより前に男の手が急に緩む。
「いや、別に・・。何もないっすよ、騎士のお姉さん」
「そう?彼女が抵抗しているように見えたのは気のせいだったかしら・・?」
ライラがその言葉に顔を上げて男の所業を訴えようとすると、
「いやいやそんな!!俺道に迷って案内してもらおうと思ってただけなんで!てか、そんなんで疑われちゃうんだったらもういいっすわ!一人で行くんで!」
やたら大声を出して男が小走りに去っていった。
ライラはいまだバクバクと音を立てる心臓を抑えようとしながら女性の方を向き直る。
「大丈夫・・?ライラさん」
「ポーラ・・・さん・・」
何となくそんな予感はしていた。
声を掛けたのはポーラだった。




