断ち切る思い
自分を極めることーー。
この言葉が不思議とライラの心に引っかかった。
まず自分が目指すべきところはここであるような気がした。
そう考えていた時、中庭の方から重厚な鐘の音が聞こえてきた。
開門を告げる9時の合図だ。
「わっ!9時だ!お客様が来ちゃう!」
「あ、本当だ。ライラのお悩み相談に乗ってたら時間が経つのあっという間だったなー。」
「あのノーラン様。私の話・・聞いてくださってありがとうございます。お恥ずかしいですけど、本当に本当に嬉しかったです。」
ノーランはくすりと笑う。
「人の悩み相談なんて本来全く興味ないんだけどね。君は一生懸命だから、ついこちらも耳を傾けてしまうよ。」
ライラは気恥ずかしさで俯いた。
「あと、最後におまけでもう1つ。ライラは真面目すぎ。まだ王宮あがって3カ月でしょ?もっと気楽に楽しんでみな。」
ノーランはそれだけ言うと片手を上げて立ち去った。
思いがけずユリウスの思いを知り、思いがけずノーランの人生観をも聞いた。
自信がないのは今すぐに変えることはできないが、少なくともこの2人の期待には応えたい。
言い知れぬ感情で胸を一杯にし、ライラは大きく深呼吸をした。
あれから1カ月ーー。
ライラはこれまでと変わらずユリウスの秘書官として毎日自分の仕事をこなす。
特に彼との関係性が変化したわけでもなく、相変わらず細かいミスは頻発するし叱られもする。
ただ一つ変わったことと言えば、ライラは自分から提案をしてみることにした。
例えば頼まれていない書類整理を申し出てみたり、乱雑に書類が積み上げられた机の上の整頓をしてもよいかと聞いてみたり。
そんな提案とも言えない些細なことだが、ユリウスは微笑んでライラに任せる
気のせいかもしれないが、以前よりも信頼を勝ち得ているような気がした。
もしそうなのだとしたら、それは本当に嬉しいことだとライラは思った。
ルークとはあれから一度も会っていない。
厳密に言えば、ニアミスなら何回かあった。
第二師団のミーティングなのか、ライラの執務スペース付近で見かけた時は心臓が跳ね上がった。
慌てて柱の陰に隠れて事なきを得たが、その後も食堂で姿を見かけたり、挙句の果てに帰り際の正門でまで彼の姿を認めた時は神様を少し恨んだ。
会いたいと思っていた時には偶然の再会なんてチャンスはくれなかったのに、今になってこれだ。
会いたくないわけではない。
当然嫌いになったわけでもない。
しかし、今ではないのだ。
今はノーランの言う「自分を極める」ことに集中していたい。
やっとその糸口が掴みかけてきたところなのだ。
今彼と会えってしまえば、またあの時のような醜い自分が顔を出す。
そして、聞きたくもないことを聞かされるかもしれない。
ルークに会わない理由の半分は逃げであることも、ライラは自覚している。
「ライラ、君はしばらく休暇を取ってないんじゃないか?」
唐突に掛けられた声にハッと目が覚める。
実をいうと、小刻みに揺れる馬車の振動が心地よく、気を失いかけていた。
「は・・あの、大丈夫です。取れなかったわけではなく、特段休暇を取る理由がなかっただけなんです」
半分眠りかけていたのを誤魔化すように、ライラははっきりとした口調で言った。
今日は北部地方の視察へ同行している。
ダイヤモンドの産地として有名なヴァンダ地方だ。
その豊富な鉱物資源には他国も目を付けており、軍備体制には常に気を張らなければならない。
最近は特に隣国の動きが不穏なため、こうしてユリウス自ら状況を確認しに来た。
本来なら秘書官に同行の義務はない。
しかしユリウスは、不都合がない限りライラにも出張の声を掛ける。
「用事がなかったとしても、もう少し休みを取りなさい。君は働きすぎだ。
今日無理して付き合わせてしまった私が言うことではないのは重々承知してるが。」
ユリウスは書類を眺める手を止めてライラを見た。
形の良い金髪の眉が少し険しく見える。
「ありがとうございます。・・私。今こうして閣下の秘書官として働くことが楽しいです。
まだまだ至らないことばかりですが、今は頑張りたい思いで一杯なんです。」
無理をしていると思われたくないため、つい必死に本音を吐露してしまう。
ユリウスが少し虚を突かれたような表情をした。
「・・前にノーランに苦言を呈されたよ。私の部下育成方法は間違っていると。」
思い出したように苦笑する。
「君が委縮してしまったと聞いて申し訳ないと思った。折を見て謝ろうと思ったら、なぜか君はそれまでよりもっと懸命になっていた。」
「あ・・それはその・・私も反省すべきところがたくさんあって・・」
「色々と自分で考えたが、やはり私は君の育成方法は間違っていないという結論に至った。」
ユリウスは艶やかにニッと笑う。
「君にはひたむきな思いと根性がある。私は最初からそれを見抜いていた。結局その通りだったということだ。 これからも私の秘書を頼むよ、ライラ。」
いつかのように、頭をポンと撫でられた。
その動作に、ライラはユリウスに対して初めて男の色香を感じた。




