明かされた真実
翌朝目覚めたライラは、遠くでせわしなく小鳥が歌うのを聞きながら、今日も恙無く一日が始まったことに絶望した。
昨日はどうやって家に帰ったかあまり覚えていない。
彼女の頭も昨日の記憶を再生することを拒否していた。
ただ無心で毎朝のルーティンの動作をこなし、いつものとおり朝8時半きっかりに王宮に到着する。
今日は朝一番でユリウスに来客がある。
すぐにユリウスの執務室隣の応接室へと向かい、軽く掃除を始めた。
ライラはこの応接室が好きだ。
他国の外交官も訪れるからであろう、薔薇の模様の壁紙が四方を埋め尽くし、テーブルもソファも一級品を揃えている。中でも深い紅色のビロードのソファは何時間でも眺めていられる。
まるで自分が一国の王女になったような気分にさせてくれるのだ。
朝の暖かい日差しが差しこむ大きな窓辺で、ライラは今日何度目かのため息をついた。
「あ、いたいた」
「!?」
突然の間延びした声にライラが驚いて振り返ると、いつの間にかノーランがいた。
眼鏡の奥の瞳はいつにも増して眠そうに細められている。
いかにも低血圧そうな男だ。
「ノーラン様。おはようございます。どうされましたか?」
「んー、今日の午後団長式典に出席するでしょ?その前に時間取れないかな?30分でいいんだけど」
「来客対応が終わった後でしたら大丈夫だと思います。でも、式典の準備でお忙しいですから30分ですよ」
あわよくば、といつも予定時間をオーバーするノーランをライラは茶化すように言った。
それを見てなぜかノーランは一層目を細める。
「ライラ、やっぱこの間から何か変だね。何かすんごい無理しているように見えるんだけど。」
「えっ・・」
ノーランの前でギクリとするのはこれで二度目だ。
「いえ・・。 ・・あの、ノーラン様。私そんなに顔に出てますか?」
この間のように誤魔化そうと思ったが、ふと気になってしまいライラは尋ねた。
自分はそんなにあからさまに態度に出ているのだろうか。
ノーランはふにゃりと笑う。
「そりゃあね。ライラは分かりやすいよ。普段から君は自然体だから。人の機嫌に無頓着な僕ですら気づく。」
「・・・」
褒められているのかけなされているのか分からず、ライラは微妙な面持ちでノーランを見つめた。
「まー生きてれば嫌なことなんていくらでもあるから、気にしないのが一番。でも君の場合は自分で抱え込むのはあんまり得策じゃなさそうだ。」
ノーランは極めて気楽な調子でそう言った。
寄り添うわけでもなく、かといって突き放すわけでもない。彼のそんな一歩引いた態度が今のライラには心地よかった。
「ノーラン様は・・。自信をなくしてしまう時ってありますか?」
心の奥まで覗くようなノーランの目を直視できず、ライラは窓に向き直って吐露した。
「私、今までだって自分に自信があったわけじゃなかったけど、こんなにダメな人間だとも思ってなかったです。」
背後のノーランは何も言わない。促されているのだと勝手に解釈し、ライラはそのまま続けた。
「能力もない、それ以前に仕事の姿勢もなってないし、揚句の果てに友達にまで子供じみた振る舞いをしてきっと呆れられました。本当にもう・・消えてしまいたいです。」
最後の方は声を震わせながらかろうじて絞り出した。
仕事中に泣くような真似はしたくなかったので、瞳の中で溢れる涙を押し戻すように上を向いた。
「あのさ、一つ聞きたいんだけど能力もないし仕事の姿勢もダメって、どうしてそう思うの?」
「だって、私は言われたことをただこなすことしか出来てないし、ミスすることも多いし。皆さんと違って仕事に対しても目的とか考えたこともありません。」
「・・それだけ?」
「それだけって・・。実際、そのことでユリウス閣下からもこの間お叱りを頂きました・・」
「ぶふっ!嘘でしょ!」
なぜか堪えきれないと言わんばかりにノーランは笑い出した。
その失礼な態度にライラは気を悪くした。
「なぜ笑うのですか?私はふざけてなんていません。真面目に悩んでいるのに!」
「いや、ごめんそうじゃない。 ・・まったく団長ったら、これじゃまるで育て方間違ってるじゃんか。
だから言ったのになー」
ブツブツと呟くノーランを、訳の分からないライラは眉間に皺を寄せたまま見つめる。
一方、ノーランはバツの悪そうな顔で眼鏡を軽く押し上げるた
「えーっと・・。それ、誤解。」
「は・・?」
「だから、ライラが言ってることって誤解なんだよ。団長は君の仕事ぶりを叱ったりなんかしてないよ。」
「え、どういうことですか? でも私言われました。与えられた仕事をこなすだけで仕事にプライド賭けてるのかって。」
言いながら胸にじわりと靄がかかる。
自分に突き付けられた言葉を復唱するのはつらいものがあった。
「いや、だからそれ!団長のその言葉ってライラを叱ろうと思って言った言葉じゃないんだ。」
思ってもみなかった言葉にライラは瞠目した。
「僕、ライラが来てすぐに団長に言ったことがあるんだよ。あんな学校出たばかりの子供みたいな子を何で秘書官にしたのかって。 ごめん、怒らないで。」
「ぐ・・。でも事実だからいいです・・」
「まさかとは思うけどロリコン趣味があるのかななんて皆心配してたくらいだし」
「ちょ・・。さすがに私に失礼です・・」
「ごめん、冗談。 そしたらさ、団長なんて言ったと思う? 素直でひたむきなところと、意思の強い瞳が良かったって言うんだよ。きちんと育てればすごく伸びるって。」
ライラはにわかに信じられない気持ちでいた。
ユリウスはそんな態度をライラには露ほど見せたことはない。
「あの人自分がライラを育てるって言い張るんだけどさー、僕は止めたんだよ? ライラはこれまで学生だった女の子で、厳しい縦割り社会の中でしごかれてきた騎士団の野郎とは違うんだって。
でもあの人そういうとこ不器用だからさー。そういう奴らと同じやり方で育てようとしたんだよな。こうして本人に誤解されて悩ませちゃって、ほれ見たことかって感じだよ。
女の扱いうまいくせに、仕事モードになると途端にそれが発揮されなくなるんだよなー。」
初めて聞くことだらけで混乱している。
本当にノーランのその言葉を信じていいのか。
ただの慰めではないのか。
しかし、もし本当だとしたら嬉しい。ユリウスは自分を諫めたわけではなく、むしろ目をかけてくれたのだとしたら。
「もしそうなんだとしたら・・嬉しいです。私は自分が不出来な人間だと思ってました。頑張って輝いてる友人に追いつけなくてひどく焦ってしまうくらい・・」
「うーん、さっきから思ってたけど。ライラは他人を見すぎじゃないの? 」
「? 何か・・おかしいですか?」
「おかしいわけじゃないんだけどさ。君の場合は根本的に見るとこ間違ってると思うんだ」
ライラはほんの少し首をかしげる。
ノーランの話は少し哲学的というか、抽象的なのだ。
「最初にライラに聞かれた答え。 僕は自信があるとかないとか考えたことない。いつでも自分らしくそこにいるだけだから。分からないことは分からないし、できないこともできない。でもそれを恥ずかしく思ったことはないよ。それが僕という人間だから。」
ノーランは胸を張って続ける。
「でも、できることや得意なことは極限まで追求する。そうすることが僕らしいと思うし、僕の存在意義だと思うから。 ライラ、僕はね、大事なのは誰かを見て追いつこうと思うことじゃなくて、自分を極めることだと思うよ。」




