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青春物語  作者: 鍋兼祐
9/9

あの日——

4ヶ月の放置すみませんでした。


「お母さん…」

いつからだろうか——

あんな夢を見るようになったのは——

問わずとも分かる——

自分で分かっている——

きっと、あの日からだろう——



三年前—— 四月十一日 十一時三十五分

「お母さん…!」

息を荒げて、私は学校を早退し病院の一室に辿り着いた。

数学の授業中に事務の人が中学三年の私の名前を呼び出した。

鈴谷・エアリエ・愛衣という私の名を——


母の心拍が一度停止した、ということを聞き急いで駆けつけた。

母の手を取り必死に呼びかける。

父は生憎(あいにく)にも出張中であり、病室にいたのは私と先生を含めて四人。

お医者さんから言われたのは“今日が山場”という言葉だった。

「………」

何度も出来の悪い頭で如何(どう)するのであるのか、思考回路を巡らせたが答は出なかった。

しかしというのも可笑(おか)しいが、私に出来た事はただただ祈り続けるだけであった。

“どうか母を助けてください”と——

そして十二時間が経過しようとした時、母のバイタルが急に落ちた。

しかし医師たちは何をするでもなくただ見守っていた。

初めてかもしれない。人に命令したのは。

「なんで何もしないでいるんですか⁈」

病室には私の声とベッドサイドモニタの一定の音だけが残った。

あの感情をどこにもぶつける事も出来なかった。

そして二十三時十八分、ベッドサイドモニタの一定だった音は間を空ける事はなくなった。

私はただ泣き崩れ、謝る事しか出来なかった。

「何も出来ないでごめんね」「本当にごめんね」と——

「二十三時十八分、ご臨終です」

そう言い残し、部屋を後にした医師に目もくれず泣き崩れた。



その日からだ。

私が母の夢を見るようになったのは———

草原一面にポツリと立つ母の夢を見るようにったのは——


その夢の始まりと終わりは決まって同じ。

目を開けると母が立っている。そして私に顔を向け一 瞥すると何かを発して歩き出す。

それは何を言っているのかは分からない。

追いかけるも追いつけず、いつのまにか暗闇の中いる。

そして音もなく何かの気配に気づくと、お尻まで垂らした黒い髪の痩せほっそた女性。つまりは母に追いかけられる。

そんな夢を——


その夢は今のこの状況に似ていた。



この事件、つまりは何故この殺人事件の犯人が母だと気づいたのか。

数時間前、私はコーシに説明をした。

死んだ時の服装にそのままのだと。

気づいた人もいるだろうが、そんな事はあり得ない。

それもそのはず——

病院で息を引き取ったなら、病衣を着ているはずなのだ。入院しているのなら、尚更——

そう、火葬の際に着せていた服装、そのままなのだ。

母がよく着ていた、お気に入りの白のワンピース。

よく着ていたのだから、お気に入りだというのは分かっている、という意見は受け付けない。


母が死んで約二カ月後のことである。

そのワンピース姿の女性が人を(ころ)すのを見たという噂を聞き、母の死で未だに立ち直れずにいた私は直ぐに思い至ったのが、それが母なのではないかという考えだった——

その日から母を毎日毎晩学校が終わっては探し続けた。

何日も何日も。

それから一カ月程経った頃だろうか——

『次のニュースです。青森県つがる市で女子高生の今野南さん十七歳が殺害されました」

何の気なしに朝ご飯を食べながらニュース番組を流し見していると一つのニュースが私の目に留まった。

『犯人は未だ逃走中との事です。そして犯人の特徴ですが白のワンピース姿の女性ということが分かっています』



その現地に着いて始めて気がついた。

「あ…あれ……ここって…」

うろ覚えではあったが、そこは少しばかり見覚えがあった。

そして現場の辺りを色々と探して回ってみたものの、結局何の収穫もなく私は東京へと戻った。

その後の数ヶ月は、何の情報も、というか何の事件も起きなかった。

それは、なによりであるはずだ。

普通なのであれば——である。

なぜここまで私が言うのかと言うと、この時、私は非常に苛々(いらいら)していたからである。

何も起きないことに。


それからは本当に何も起きなかった。

それ故に、と言っても良いのか分からないが受験勉強に集中することができた。

偏差値は普通の進学校、楼宮高校へと入学した。


私立だった為、受験が終わったのは二月中旬。

それから私は中断していた、母探しに明け暮れた。

卒業式に学校へ行くと、一つの噂が立っていた。

それは、私、鈴谷・エアリエ・愛衣が夜の街で男の人といた、などの根も葉もなければ地面すら無い噂が。

夜の街にいたのは事実だが、それで終わりだ。それ以上は何もない。

何故、いたのかは言うまでもない筈だ。


そして二年前私は入学したが、中学が同じだった生徒は数人いた為、あの噂は瞬く間に校内中に広がった。

そして、同級生、先輩と沢山の人に告白をされた。

目的は言うまでもなく——身体目当てであろう。


そして入学してから一学期。二学期と何も"あの事件"に関する事件は何もなく経過した。

そして——三学期。

私は一人の生徒に目が止まった。

それが彼——小早川秀である。


三学期が始まり担任が一人の生徒に帰りの際、みんなの前で声をかけた。

「おい、小早川。お前、提出物出したか?お前のだけ無かったぞ」

「…ああ、すみません…」

隣の席である私ですらも聞こえづらかった。

「——?」

私は文庫本を開き、文字列に沿って目を進めていた——が、私にとっては初めて聞いた声だった。

何故なら告白してきた人間の声は全員覚えている自信があったからだ。


ページをめくり、右を向いてもおかしくない状況を作り、横目で、さり気なく——見る。

そこには、目に光など無く、全てに興味などないような、そんな男子高校生の一人の姿がそこにはあった。

そして、ホームルームが終わると、彼は直ぐにスクールバッグを手に下げ、提出物を出しに行ったのか、昇降口に向かい下校したのか定かではないが、一番に教室を出た。


翌日の放課後——

結局、提出する事なき帰宅したらしく、小早川秀は教室に一人で黙々と提出物に筆を進めていた。

週番であった私は担任に出席簿などを渡しへ行き、荷物を取りに戻った際に教室の扉の前で数秒——正確にはもっとだったかもしれないが、彼を眺めていた。

私が口角を少し上にあげ、集中している彼の斜め少し後ろから声をかけた。

「小早川くん、何やってるの?」

数秒の間を置き声が返ってくる。

「いや…提出物を、ちょっと」

顔を上げるでも、向けるでもなく、提出物から目をそらす事なく、昨日のように微かな声でそう応えた。

その計、二言の会話を機に教室には静寂が再び訪れた。

「……」

その沈黙を破るように私は別れの言葉を口にした。

「じ、じゃあ私は帰るね…」

その言葉に対する言葉は返って来ることはなかった。

しかし私の心中はマイナスなどでは決してなく、(むし)ろ逆——何故か嬉々としていた。


それからに放課後、クラスメイトが帰ったのを確認した(のち)声をかけた続けた。


(あく)る日も、明くる日も——


そして数日後。

校門を(くぐ)ろうとしている、彼に少し大きめ声で呼び止める。

「おーい、小早川くーん!」

一瞬肩をビクりと上にあげ、いつもの猫背に戻り、ゆっくりと右から振り向く。

「——!」

会話、もとい一方的な言葉の圧を掛け続けた時、一つの事を確信した。

彼は——小早川秀は、全くと言って良いほど他人に興味がなく。否。他人に関心を持つことが、馬鹿馬鹿しいというか、他人を信じること恐れているというか——


「え…っと…なんですか…?」

最初に声をかけた時よりは、聞き取りやすい声でそう返してくれたが、私はなんて言えば良いのか分からなかった。

私はなんで声を掛けていたのかも分からなくなった。

そもそも

なんで私は彼に毎日声をかけていたのか——

掛けたとしてなんの意味がそこにあるのか——


分かっていた——

私は、ただ、いつの間にか、否。彼の声を聞いたあの日から、教師に問われ応えたあの声を聞いた時から、

彼を好きになっていたのだと——

きっと、私の噂を聞いたであろうに、彼は私に告白をしてこなかった。他の男子生徒は、他の男子が振られたのを聞いては、告白してきた。

"自分ならいけるだろう"という謎の自信を持って——

もし誰かに「好きな人ができたの」と言いこの理由を、この事を言えば馬鹿にされるだろう。

それでも良い。私は周りからの影響もとい噂に惑わされない彼が好きなのだと心で分かっていたから。解りきっていたから。


ふと我に帰ると彼は未だに私の方を向いていた。

数日前の私なら「いや、なんでもない」と、はぐらかす様に言っていただろう。

しかし今なら——

彼のこと好きだと分かったら今なら——

「いーや、何でもない!」

私は笑顔でそう言った。

またまた翌日。

いつもなら声をかけることのない時間帯——十時五十分。

「コーシ!次の授業なんだっけ?」

「は?」と今までにない表情をし、彼は光のない目で 此方(こちら)を向き、前に書かれてある時間割を見て一言口にした。

「あの…前に書いてありますけど……」

勿論知っている。

といっても今日は修了式の為、授業なんてものはない。

一年と経っていないが、既に二学期を終了しているのだから。

「あ、そっか。ごめんね。ありがとう」

そんな他愛も無い会話が私にはとても楽しかった——けど、修了式も経て、コーシへと別れの挨拶も終え、十三時頃、自宅に着き何の気なしにテレビをつけると、今まで頭の片隅に置いていたものに刺激を与えた。

そう、報道されていた。否。速報が入っていた。

画面の上部にテロップが数行に渡って映し出されていた。

「——!」

【本日3月25日 午前9時頃、殺人事件が起きました。犯人は未だ逃走中。服装は白のワンピース、黒髪のロングヘアーの女性という情報が寄せられています。被害者の女性は紅葉川女子高校の女子生徒、皆川みずきさん(17)です。皆川さんは上半身下半身とを一文字に切断され即死——】

それに次いで場所を確認すると、私の住む住所から遠くない、寧ろ近いくらいの距離だった。

「——お母さん」

いつしか口にしなくなった母の事を、気付か内に口に、スクールバックを手から落とし、玄関へ駆け、そして外へ——殺人現場へ向かった。

晴れでも曇りでもなく中途半端な天気の元、現地へ着くとパトカーは五台。警官は十数人。テレビ局であろう取材班が数組いた。当たり前だが被害者の死体は直視できず、keep outの黄色いテープ張られ、ブルーシートで隠されていた。

「……」

分かっていたこと、それ故に次に取る行動は考えるよりも先に足が動いていた。

「お母さん…!」

そう呟くと同時に駆け出していた。目的はあるが、目的地はない。

果てのない——

しかし、そう遠くない——

そう確信していた——


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