探走逃走
あれからおよそ一時間——
「はぁ…はぁ……」
休むことなく、探しっぱなしの僕は完全に疲弊していた。
訂正というか注釈というか、探しっぱなしを誰もが——いや、そんな事はないだろうが。歩きの事を考えたであろうが、事実とは違う。
事実では歩きではなく、走りだ。猛ダッシュ。
一時間も猛ダッシュしていられる奴なんて駅伝部以外にいるわけ無いという人もいるだろうが、ここにいる。
否。あそこだ。
「ちょっと〜、コーシ!何へばってんの?」
声デカ過ぎ。そんな馬鹿みたいなあだ名を大声で叫ぶのは止めろ!そして!
時間を考えろ。時間を。
現在時刻おおよそ二十時過ぎだろう。
あいにくスマホと腕時計を携帯し忘れた僕は時間を正確には分からない。
ただし分かるのは、残業さえ無ければ、大抵の人がくつろいでいる事は確か——という事だけだ。
ここは住宅街。セメントの塀。数メートルおきにある街灯。
当然ながら座敷わらしは家で居残りである。
「ちょっと……ま…って…はぁ、はぁ…」
「情けないな〜。それでも男か!」
いつの間にか僕が地面に顔を向け、両手を膝に乗せ休憩している間に僕の元まで戻ってきた鈴谷は今一番に近い聞きたくない言葉ワースト一位の言葉を口にした。
「っていうか…何でそんなに体力あるの…?」
息も徐々に元通りになってきた。
「だってそりゃあ、いつも作り笑顔をしているよりかは、はるかに楽だからだよ!」
——!今こいつは学校で作り笑いって言ったか——?しかも“いつも”いつもときた。女子恐ろしい!
「っていうか、服装?容姿?が似ているだけでお母さんじゃないのに、どうしてそんな……」
最低かもしれなかった。けど僕は知りたかった。
僕は座敷わらしから聞いていたから鈴谷から聞いた時、もしかしたら本当に、って疑ったけど、何の確証もなくそれをお母さんと断言する彼女に——いや、でも言うであろう。
「いや、あれはお母さんだよ」
ほら。
もう驚きはしない。今、この少女は『あれはお母さんだよ』と言った。つまりは見たのだ。彼女自身が。彼女の瞳で。
「じゃあ、そのお母さんを見た場所を探して——」
『をい。を主今すぐ戻ってこい。近くに感じるぞ』
「感じるって鈴谷、あーさっきの娘ね。鈴谷のお母さんのか?」
『それは分からぬが。とにかく匂うんじゃよ』
この“匂う”の意味がようやく分かった。きっと幽霊に関係しているのだろう。僕と座敷わらしが出会った日は鈴谷は学校を休んでいた為、彼女と接していない。そして、彼女と接した日には『匂う』とそう言った。そして今も『匂う』と。つまりは最初から鈴谷が何かしら関係していたのは言うまでもない。
「ちょっと減笑荘に戻ろう…何となくだけどこっちの気がする」
「あ、う、うん」
僕の言葉を呑み込めないまま、僕のこと言われるがままに、座敷わらしが僕に命令したように。
そして走った。
鈴谷だけ——
馬鹿だった。もしかしたらあの大曲達よりも。
再び疲れている僕に先と同じように声をかける。
「コーシ、体力つけよ?」
余計なお世話だ——
そんな事を言う暇もなく疲れ果て、息切れする僕を再び置いて前に進む鈴谷。
あの人、舐めているわけではないけどオリンピックでメダル取れるんじゃないか
数分の休憩の後、減笑荘の近くを探す。
探し、探し、looking forし、探す。
『おい、座敷わらし。本当に近くにいるのか…?』
『居るはずじやぞ。よく探してみるのじや』
『んー、そういっても、どこにもいな——』
いや、いた——
座敷わらしと会話をしながら、辺りを見回していると丁度、街灯の当たらないところに。
鈴谷も見つけたようで僕と同じ方を向いている。
「ねぇ、コーシ何あれ…?」
この反応から察するに、以前見たときとは姿形が違うのだろう。それは初見のボクにでも何故か分かった。
見た目は座敷わらしの様な可愛らしい外見とかけ離れていた。
言い表すなら悍ましいの一言に尽きるだろう。
幽霊には既に会っている——にも関わらず未知の領域に足を踏み入れるかのような。
霊感の有無に関わらず座敷わらし、鈴谷と知り合っていなければ無視するほどに。
姿形は骨が浮き出るほどに痩せほっそた手足。
直立すればお尻まであるであろう長い黒髪。
そう立っていれば——
目の前の幽霊は這うような体勢なのだ。
そして徐々に徐々にと距離を縮めて来る。
そしてスピードを上げ、飛びかかって来る。
「——————!」
側に唖然として立っている彼女の手首を掴み走りだす。
「ねぇ!コーシ‼︎あれって…」
応える余裕はない。とにかく幽霊から逃げる、それだけだ。
走る。いや、逃げる。時に振り返り、再び逃げる。
一心不乱に——
『をい。を主、今どこにおる』
『知らん‼︎』
これヤバイくらいに疲れる。同時に二つのことを全力でやったことのない僕には不可能に近かった。
『いたぞ!何だよあれ!なんで僕らを』
『あれと言われても、分からぬわ。少し待て』
何をしだすのか分からないが、とにかく逃げることだけはやめなかった。
「はぁはぁはあ…や、やば」
背後を見るとかなり距離が縮まっていた。
『をい!を主とにかく曲がれ!』
座敷わらしの言う事を何の根拠もなく信じ、直ぐ迎えた角を曲がる。
『良いか!とにかく曲がるのじゃ』
『お前、見えてるのか?』
『を主の視覚情報を、儂の眼に共有させた』
もうなんでもありだな…
僕は疲れているのだが、鈴谷の方は鼻で呼吸する程度であった。
既に関心する余裕もなく、とにかく言われるがまま右に曲がった。
すると、這っていた幽霊は突然曲がることができないらしく、通り過ぎた後、僕たちの曲がった道へと戻り、再び僕たちを追いかけ始めた。
——!
「あ、はぁ、あの…はぁ……ふた…はぁ…二手に……分かれ…」
僕の二手に分かれよう、という提案をなんとか聞き取ってくれた鈴谷はこくりと頷いたものの
「でもどこで?」
やはり息を荒げている様子はなく、普段の会話のように聞いてくる。
僕には、もう喋れる余裕はなく、指をさして、曲がる場所、ターニングポイントを教える。
僕が思うに、幽霊が本当に彼女の母親ならば僕を追いかけずに彼女を追うはずである。
徐々に分かれる場所が近づき、差し掛かった際に僕は一つの詫びを口にした。
「ごめんッ!」
「え?何が」
予想通りに彼女を追いかけ始め、心の中でもう一度謝る。
すまない——byアー○ャー
『おい。座敷わらし僕はどうしたらいい…?』
一息でマスター。間違えた。座敷わらしに問う。
『そんなこと質問せぬとわからんのか』
当然だろ、というツッコミはこの際あえて口にしなかった。
『今までデタラメなことで窮地を逃れて来たろ?』
『今までと言っても、この数時間だけどな』
『そのような事は言わんでも良い』
そんなこと言われても…限界だったんだし
『良いか、儂にはまだとっておきが一つある——』