美人告白
互いの深いため息の後、僕と座敷わらしは一心同体となった。
そして、僕の満腹中枢は刺激され、空腹感は虚空の彼方へ旅立っていった。
「ごめんな…座敷わらし……」
「なんじゃ?唐突に」
当然だろう。キ…接吻……契約をした後、互いに口を開かずにいたのだから。
「いや、その…今日のお昼頃、僕かなり殴られたからさ」
「ああ、その事か…気にするな。痛みは無かったが、衝撃が二十五発ほど…」
まあ開示されたから言おう。僕が殴られた回数は二十五回だ。
そして再び、部屋中は静寂に包まれた。
僕は継続して皿洗い。そして座敷わらしは古文の教科書を読んでいる。
皿洗いを終え時計を見やると時刻はまだ十八時にもなっていなかった。
僕も驚いた。すでに二十一時を回っているものかと。
バイトは週に三回。残念なのか幸いなのか今日は休みだ。
何をしようかと考えているとチャイムが鳴らされた。
回覧板はもう回ってきたのに——
「はいはーい。誰じゃ?」
ちょ‼︎
「お前何しようとしてんの⁉︎」
「何をって...愚問じゃな。接待じゃよ」
「お前は幽霊なんだろ⁉︎僕以外には誰にも見えないだろ!」
「じゃったら——」
「コーシ、いる?」
座敷わらしの言葉を遮るようにドアの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
は?————
「なんじゃ。はよ開けぬか」
「いやーー、どうだろう。開けない方がいい気が…」
「聞こえてるぞ〜」
会話に参加してきたよ……あの人。
意を決してドアを開ける。
「え!何!コーシってロリコンだったの⁈」
「いや、僕はロリコンなんかじゃ…」
よく見ろ、と言わんばかりに両腕を広げる。
「いやいや、だってその子」
指を指す。
「へ?」
「ん?」
無言で鈴谷を睨む座敷わらし。
鈴谷には視認できるはずのない座敷わらしを指差す。
「————!え…見えてらっしゃってるの?」
衝撃すぎて貴婦人のような口調になってしまった。
「もち!」
勢いよく座敷わらしへ顔を向ける。
『儂、一言も言ってないじゃろ。誰にも見えぬなど』
そうであった——
僕は見てすらいないのにも関わらず、思い込んでしまっていた。
確かに、こいつは言っていない。
「ん?何言ってるの?」
話についていけない鈴谷はキョトンとしていた。
「こんにちは」
僕の後ろに隠れつつ、睨んでいる座敷わらしに目線を合わせ、挨拶をする。
きっと鈴谷は座敷わらしを、ただの人見知りの小さな女の子もとい、人見知りの幼女だと思っているのだろう。
『を主、この臭い女、すぐに帰せ』
さっきから変な感じだ。頭の中から座敷わらしの音が聞こえてくる。
座敷わらしは、すっと立ったままだ。
『何故こちらを見る?』
「い、いや…」
「ん?どうしたの?」
「エ?」
脳内に直接語りかける、というよくある設定で僕も口に出さず返事をしようとしたものの失敗したらしい。
二次元じゃあみんな簡単にやってるけど、これとても難しいぞ。
「と、とりあえず上がりますか…?」
『を主‼︎』
部屋にあげ、机を挟み対峙する。
『を主…頭に何か良くない物が住み着いてをるのではないか?』
今までといっても、まだ二日目だけど…その中で一番ダメージのある言葉が脳に語りかけられた。
『しょうがないだろう。僕だって好きでこんな事になったわけじゃないんだし』
部屋に彼女をあげてから十分程度であるが、ようやく脳内会話ができるようになった。
「えーっと…今更ですけど何で僕の家に…」
「理由がないと来ちゃいけないの⁇」
『ダメに決まっておろうが。馬鹿。阿保。貴様は臭いんじゃ。さっさと帰れ』
こいつ…本人には聞こえないからって言いたい放題だな——
っていうか、さっきから“臭い臭い”言ってるけど、こいつは鼻が逝かれてるんじゃないか?朝も言ってたし。
「ねぇ、コーシ。ここ教えてよ」
何の前触れもなく、目の前のJKは英語のテキストを出し、例題を指差していた。
「をい!いい加減何しに来たかのか言え‼︎」
遂に何かの頂点に達した座敷わらしが怒鳴り上げた。
「ちょっ…おま……」
止めろとは何故か言えなかった。
鈴谷の顔からは、先ほどまでの笑顔は消え、俯いた。
『お前な……』
『はっ!ここまで来て何も言わぬようなら直ぐに帰せ。こやつ何かあるぞ』
何かって何だよと心中のみで収めた。
意を決したように顔を上げ、僕の目を見据える。
「コーシは最近の噂知ってる…?」
「うわさ?」
「そう、噂。最近ここら辺でウチら世代の女の子達が襲われるっていう」
それに聞き覚えではなく、見覚えがあった。回覧板で。
「あ、ああ。その事ですか…詳しくは知りませんけど、回覧板で見ましたよ。その事なら」
「一応詳しく教えてあげる」
———?
「私達の世代、つまりは十代後半の女性が次々と被害に遭ってるの。その殺され方がとても酷くてね」
「——!え、殺人事件⁉︎」
余計に彼女がうちに来た理由が余計に分からなくなった。ターゲットされ殺されていたのかもしれないのに彼女は暗くなり始めているこの時間帯に出歩いて来たのだ。
しかし、そもそも僕にそれを教えてどうしろというのが僕の第一の疑問だった。
そして噂にしては詳しく知り過ぎている。
「そんで、その犯人の姿を見たって言う人がいて…その特徴が…ええっと……」
急に言葉につまり不思議に思う。というか彼女の初めて見る表情に驚いた。
少し涙ぐんでいる。
「おい、なんじゃ。早よ続きを言え」
座敷わらしはどこか鈴谷のことを毛嫌いしているのは、最初からわかっていたけど、こいつは幽霊ではなく妖怪の鬼だな。
「いや、無理に言わなくても———」
「その特徴が死んだお母さんの時の服装に全く一緒なの」
どう反応すれば良いのか全くわからず、反応が一時遅れてしまう。
「私のお母さんね三年前に病気で死んだの…」
何でそれを僕に——
「そして今日がその三年目の命日なんだよ…」
頰に一筋の涙を垂らし、少し笑う彼女が、今までよりも分からなくなった。
しかし、やるべき事は分かった。
『座敷わらし——お前の天職って、こういう類のことだろう?』
『まあそうじゃな』
『じゃあ——』
互いに顔を合わせる事なく、目の前で泣く、一人のただの女の子を見ながら会話をする。
決まりだ——
「僕で良かったら…何かできることがあれば——いや、僕が力を貸すよ」
鈴谷の顔にはいつも通りの笑顔が戻り、一つの言葉を口にした。
「じゃあ、一緒にお母さんを見つけよう!」
へ———?一緒に?まあ、そうか。そうだよな。この娘の母親なんだ。当然だ。でも——
「僕が守るよ!」
笑顔で親指を立てる僕対し何も知らない鈴谷は
「ん?何言ってるの?」
それはそうだ、と言いたいところだが、君は今殺人鬼に会おうとしている事を忘れないでね——?