怪奇事起
あれから三十分後——
いろんな罵詈雑言という名のシュプレヒコールをかけてやり、なんとか座敷わらしを夢に旅立たせることなくことを済ませた。
「はあ……」
深いため息をつき、腕時計を見やる。
時刻は八時三分——
「ぇぇぇぇええええ!もうこんな時間かよ!」
遅刻まで残り十七分。
通りすがるの大学生がビックリし様子でこちらを不審者を見る目で見てくる。
苦笑いと会釈でその場をしのぐ。
まあこの場合は“学校へ急ぐ”という口実がある故、おかしな事ではない。僕の中ででは——
息を荒げながら校門を抜け、自分のクラスである二年三組へと急ぐ。
残り三十秒——
階段を駆け上る。
残り二十五秒——
二階まで着き、残るは廊下を突っ切るだけ…
しかし、壁には『廊下を走るな!』のポスター。
意を決した僕はギリギリ注意されないであろうスピードの早歩き。
残り十秒——
二組を通りすがりドアまで残り三メートル。
残り四秒——
———
——
—
ガラッ!
勢いよくドアをスライドさせる。それと同時に席に着いた生徒の視線が突き刺さり、チャイムが鳴る。
「ギリギリセーフだな」
ガタイの良い担任の声が野太い声で結果を告げた。
クラス中では「キモッ、あいつ」「しゃしゃんなよ」など本当の罵詈雑言が僕の耳に聴こえてくる。
そんなことを気にする事なく僕は一時間目の授業の教科書などを出そうとスクールバッグに手を伸ばすも——
あ、あれ……?
無いぞ……
咄嗟に朝礼をしている担任から目を逸らし、鞄の中に視線を落とす。
「——————‼︎」
気づかなかった——僕が持ってきた鞄がスクールバッグではなかく、エコバックであったことに。
成る程。成る程。落ち着け。落ち着け。
学校に友達は——いない
よって今日の授業すべて隣に見せてもらわなければならないって事だ。
このまま帰ってやろうか———?
いやここで帰宅してしまうと、また皆の視線を浴びることとなる。
いや。結局、授業で見せてもらう時に視線を浴びることとなる。
さあ、今日は六時間だ。六回も隣の人に話しかけなければならないってことだ。
「ぷ……くくくくく…」
その笑い声は隣から聞こえたものだった。
僕の隣の席の人間、それは彼女——鈴谷・エアリエ・愛衣だ。
僕に友達がいないのも、少しは彼女の所為でもあるのだ。
彼女になぜか好かれ、よく話しかけてくる。訳がわからない。クラスどころか学校一。否。ここら辺の地域で一番といっても過言で無いのは周りがいつも証明してくれている。
「コーシー何それ」
鈴谷は目尻に涙を浮かべ問いかけてくる。
そんなに面白いか……人の不幸を喜びやがって。まあ、いつもこんな感じなのだが
この際そんなことはどうでもいい。
「はあ…」
こうして授業という名の地獄が始まった。
「コーシーここ分かる?」
机をくっつけ、隣り合う鈴谷が小声で聞いてくる。
科目は英語。残念なことに僕の得意科目である。
英語での成績はいつも五位以内にランクインするほどに。この楼宮高校では、その成績が貼り出される。
つまり、ここで『分からない』と言っても、それが嘘だということは直ぐにバレてしまう。
「まあ…ちょっとは」
僕も小声で返事をする。ここで『分かる』と答えると最後まで教えなければならなくなる。故に『ちょっと』と付け加えることである程度教えれば、そこで切り上げることが可能。
「じゃあ、教えてよ」
まじかよ…今は授業中なのに——
って、貴女成績馬鹿みたいに良いじゃないですかね?
一文で矛盾した文を作ってしまった。
困っていたのは大過去の問題であった。まあ困ってしまうのも、わからなくも無い。なんせ僕も慣れるまでは分からなかったからだ。
「ええ…っとですね。ここが…」
そんなこんなで“なんとなく”で済ませ、なんとか理解してくれたらしい。まあ今日はテキスト見せてもらってるし
朝礼も含めると既に十回目のチャイムを聞き、昼食を持ってきていない僕は机に突っ伏していた。
普段でも食べ終えると狸寝入りをしているのだが…
昼休みのチャイムをいつも通り、まだかまだか、と待っていると廊下側から周りよりも通った声が聞こえてきた。
「おいッ‼︎小早川ってヤツいるか⁉︎」
声を荒げた奴といえば、鈴谷と同様にこの学校には知らない人間はいないであろう校内一の悪で名を馳せている大曲真進だ。
クラス中では『小早川?誰それ?』の類の声で盛りあがっていた。
この流れなら、大曲に絡まれずに済むと思った矢先
「おい、そこの机とキスしてるヤツ」
性格同様クソみたいな比喩だな…
しょうがないだろう。仕方がないのだ。なんせ大曲は現在高校三年生のくせに年齢は既に二十歳を超えているクソ馬鹿なのだ。僕は年上を敬う主義だが、こいつは別だ。性格がクソな奴は敬わないのも僕の主義だ。
話を戻そう。あいつはどうやら僕のことを知っているらしい。それなのに“ってヤツ”と付けたらしい。さすが馬鹿である。
「お前だな…小早川っていうのは。ちょっとツラ貸せ」
ここで『ちょっとだけだぞ〜』って言えたらどれほど人生を楽に生きれることか。
「分かりました…」
教室を出ると気だるげの返事にイラついたのか、それとも元からなのか僕の目の前を歩く馬鹿は闊歩し、足を運ぶ度に雑音を立てる。
「はあ……」
馬鹿の後ろを距離を取りながら歩き、着いた場所は体育館裏であった。
「はあ…」
もう今日だけで何回目かも分からないため息をつき、これから起こること想像した。そして直ぐに一つの答えに結びついた。
——殴られる、と
何故か、馬鹿の仲間であろう人間達も体育館裏にうんこ座りで待っていた。馬鹿達となった。
少し煙たさを感じ、うんこ座り達の足元を見るとタバコ独特の灰が落ちていた。
推測であるが、先生が来たものだと勘違いをし靴で隠したのだろう。
臆病な馬鹿達だ。
馬鹿達に取り囲まれるやいなや、一つの詰問を迫られる。
「なあ、お前、今日朝、愛衣と一緒にいたよな?」
余計に馬鹿を露呈してどうする?今日朝って 笑
今朝という単語をご存じないらしい。
「はい、いました」
二度目の気だるい返事をすると思わぬレスポンスが僕の耳に帰ってきた。
「愛衣は俺の女なんだよ」
「——————」
THE・絶句
おいおい、いくら人間関係に無知な僕でもそれは絶対無いと断言できる。
——しまった。これじゃ僕も馬鹿達と同じ馬鹿じゃないか。
訂正しよう。いくら人間関係に情弱な僕でも分かる。
「先輩の彼女だから近づくな、と、そういう事ですね」
「そうだ…っつうか、お前ムカつくな」
はい、お決まり来ました。
そんなこんなで、二桁ほど殴られた。具体的な数字は言わない。
午後の三時間の授業も済ませ、帰ろうかと思った矢先、馬鹿の彼女が声をかけてきた。
「ねぇ、コーシー。一緒に帰らん?」
僕のLP又はHPは完全に0を無視しマイナスの域に達していた。
「今日テキスト見せてあげたでしょ?」
嫌という感情が顔に出ていたらしく、引くことを忘れた鈴谷。
それを言うなら僕は大過去教えてあげたろ。まあ一回だけだけど。
「分かりましたよ…」
こう何故か僕に接する鈴谷には知ってもらおうか
——男の本当の姿を
——男の劣情というものを
「ただいま〜」
結局、何をしたでもなく減笑荘に帰ってきた。
「をを…か…えつた……か…」
扉を開けると奥からか細い声が帰ってきた。
——ん?おかしいぞ。僕の身体には何も変化はない。それなのになんで座敷わらしはへばっているんだ…?
「を主…何か食べられる物を……」
座敷わらしは空腹に襲われているらしい。
でもおかしい…
「は…やく…」
「ちょっと、待ってろッ!」
急いで財布を制服のポケットに入れ、本日二度目のコンビニへ駆ける。
はぁはぁはぁ————
「帰ったぞ!もう少し待てよ!」
そう言ったものの、座敷わらしは手を伸ばし、僕がまだ手のつけていない食材に手を伸ばす。一つ言っておくが、それはパンとかそういった類のものだ。この窮地でも選ぶのね…
僕も座敷わらしの食いっぷりに負けず、包丁を動かしサラダを作る。
まさかまさかの、およそ2千円もの食材は僕の調理時間を含め、十分も経たずして座敷わらしの胃袋へと誘われた。
僕は食べなくても大丈夫だと思っていた。この時までは。
——なんでだ…?何でお腹が空いているんだ?
ギュウウ
僕のお腹の悲鳴を聞き、座敷わらしが口を開く。
「そうじゃった。言っておらんかったの。を主で言う、一心同体は一日で切れるぞ」
「エッ‼︎‼︎」
思わぬ声が出てしまった。
いや…被害者の僕がいうことではないのだろうがガッカリだ。
なんとも言えない感情を抱いたまま加害者へ口を開く。
「ガッカリだ……」
「は——?」
言う台詞を間違えた。
「いや、どうにかもう一度キスしてもらえませんか…?」
いや、僕も言いたくて言ったわけではないよ?
財布の事情がある。つまりは財布の中身は——無い。
「や、止めろ!僕をそんな目で見るのは⁉︎」
相手が人間であったら、確実に警察送りにされるであろう。
まだ、こいつがキスしてくれるかは分からないが。
「だ、だってお前が継続的な言い方をするからだぞ!だから僕はリンクシステムを利用してお前に食べ物を与えたんだ」
言っている僕も何が言いたいか分からないが、座敷わらしは理解したらしい。
「を主、言わせてもらうぞ。阿保!阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保」
すごい言われようだ…
「を主が食べなかったら、を主の身体の栄養がなくなるであろうが」
はいはい。成る程。理解した。
つまりは、満腹中枢が刺激されるだけで摂取した栄養が身体中に行き渡るわけではないらしい。つまりは僕が陽の下に出ても大丈夫なように、そこはリンクされないらしい。
「「はあ……」」