自己紹介
それから僕は彼女が座敷わらしを自称する理由があるのだろうと思い話を聞いてやる為、少女と対峙して畳の床に腰を下ろした。
「んで、どうしたんだ?何で鍵が掛かっていた筈の部屋に人間である君がいるんだ?人間である君が!人間の!」
「意地でも信じんようじゃの…を主。なぁ、ここの名前覚えておるかの?」
訳ではなく意味が分からない。それが何の意味があるのか。
「ここ?ここってこの荘の名前か?んー【源笑荘】だろ?」
もう言葉遣いなどどうでもよくなった。とにかく早く家に帰ってもらおうと必死になる。
「そうじや、【減笑荘】じゃ。理由は明解じゃろ?」
「は?【源笑荘】のどこに答えがあるんだよ?」
「じゃから漢字を見ればわかろうが」
分からないから聞いているんだけど……
「だから!笑いの源の荘のどこで分かるんだって言ってるんだ」
話が噛み合っているようで噛み合っていないのは明白であった。
「はぁ…成る程。そういう事か、一つ言うがそれは間違いじゃ」
一つ深いため息を吐き、間違いと、ぶった切った。
「間違い?何が?笑いの源の荘がか?」
「そうじゃ。実を言うと笑いが減る荘と書いてじゃ」
僕にとっては衝撃の事実だった。まあ確かに木製の看板は掛けてあるものの文字は擦れて殆ど——否。全くと言って良いほど読めなかった。しかし衝撃事実なのは変わらなかった。なんせ『なんて素晴らしい名前なんだ』という理由で源笑荘もとい減笑荘を選んだわけなのだから。お金のこともあるけど。
「ぇぇぇぇええ!そんな馬鹿な!僕、だって!この名前素敵だなって思った部分もあってここにしたんだぞ⁈」
口でも説明してしまった。
「残念ながら紛うことなき事実じゃ。この儂が証拠じゃ!」
「やっと言ってくれたな。ショウコちゃんか。んで家はどこ?」
「違うわ!儂は座敷わらしじゃ!じゃから笑いが減るんじゃ!」
——?疑問を覚え、そして口にする。
「でもおかしくないか?別に僕は信じてないけど座敷わらしって幸せを運んでくる的な噂無かったっけ?はい!Doubt!You’re liar ‼︎」
「を主、友達をらんじゃろ」
な、何故分かったッ‼︎
「まあそんな噂、どうとでも言えるじゃろうな。嘘でも広まればそれが事実になる」
説得力のある言葉だった。
「良いか?を主、よく見ておけよ」
何かをするのだろう、仕方ない付き合ってやろう、そう意気込み、大きな心で受け止めてあげようと意も決したと同時に少女は視認出来なくなった。つまり姿が見えなくなったのだ。より分かり易く言えば消えたのだ。
「は?え?ぇぇぇぇええええ!まさか!ゆ、幽霊‼︎」
「じゃから言ってをろうが。儂は座敷わらしじゃと」
もう分からなかった。
「イヤぁぁぁぁあああああああああ!」
数分後———
「すぅーはぁー、すぅーはぁー」
深呼吸をして現状を把握する。
目の前には前髪ぱっつんでふくらはぎまである黒髪。そして赤の瞳と同色の着物に黄色の刺繍で施された一輪の花。そして腰には白の帯を巻いた容姿は十歳前後の少女の座敷わらしだった。
しかしここで一つの疑問が頭をよぎる。
「なあ、座敷わらし。なんで今まで姿を見せなかったんだ?僕ここに一年住んでるけどお前の姿なんか見たことないぞ?」
「を主、人生の先輩をお前呼ばわりか。まぁ良いがの。なんでかって質問じゃな?そうじゃな簡単に言えば野暮用があっての。少しばかりあの世に行っておった」
「幽霊に野暮用って何だよ。ってかあの世に行ったんなら成仏しやがれッ!」
今更だが幽霊に突っ込みを入れたのは、僕が人類史上初じゃないか?
「まぁそう思うのは至極当然じゃろうな。じゃがこれが最後じゃからな…」
「ん?」
「野暮用とは何かって事じゃったな。簡単に言えば天職を承りに行っておったんじゃ。儂ら幽霊は百年、一世紀に一度、天職の更新しに行く義務があるんじゃよ」
「天職?お前天職って言ったのか?何なんだよそれ」
何だろうな…興味が無いと言えば嘘になるくらいには興味があった。
「お、気になるか?そうか、そうか。儂の天職はな、暴走した幽霊を止めてあの世に送るってところじゃろうな」
座敷わらしさどこか嬉しそうに天職の説明をするところ僕は訳がわからず絶句していた。
「お前が座敷わらしってことは認める…だが何か困ってることがあるじゃないのか…?ほら言ってみろ…」
「ええい!離せ!泣きながら抱きついてくるんじゃない!」
「なんだよ。人が親切に対応してやろうってのに…チェッ」
「…を主な、自分が親切でやっていると思っていても相手からしてみれば、それは、迷惑かもしれんと考えたことはないのか!」
もっともな意見である。しかし僕には友など居ないが故にそんな事は未だに分からない。しかし
「いや、いつもあるよ。当たり前じゃん。でもお前は座敷わらしだろ?だった人間とは違うのかなーって」
見栄を張ったしまった。
「儂じゃって、約三百年前までは人間じゃったぞ!」
「約…三百年前って…お前……いや、あなた様は一体おいくつなのですか…?」
「を主…手のひら返しが早いの…っていうか女性に歳を問うとかマナーがなってないぞ。まあ儂が産まれたのは一六一三年じゃ。つまり儂の今の歳は…四〇七歳じゃ!」
「ちょっと待て。あなた様は先程約三百年前までは人間って仰ったでは無いですか…あれ…鯖を読んだのですか?…しかも百年も」
「なんじゃよ。たかが一世紀じゃろうが。そんな困惑するような…っていうかその言葉遣いを辞めい。聞いとって虫酸が走る。というか逆に溜飲が下がりきって気持ち良くなるわ。でもその言葉遣いは辞めてくれ」
本当はとても気分悪そうな顔してるのに小学生のように背伸びするなと思いつつ敬語と謙譲語つまり敬譲語を止め。でも!と思い一つのことを口にする。
「百年も鯖読む奴がどこいるんだよ!もうそれは鯖じゃないよ!鮫だよ!」
「なんじゃよ。鮫を読むって…慣れん言葉は使わぬはうが良いぞ…」
「お前、礼儀とか今どきの言葉知ってるんだな?」
「そりゃあ、ただ天職のみをしとる訳じゃないからな。普通に生活していれば嫌でも使い道や意味を覚えたりするわ」
忘れているかもしれないが話の腰を折るどころか粉砕してしまった。
「話を戻しまう一度言うが儂の天職は暴走した幽霊を止めて、あの世に送ることじゃよ」
「ふむ、どこかで聞いたことあるような設定だな…」
某ジャンプアニメが思い浮かんだが、ここは口を紡ごう。
「設定とか言うでない!事実無根ではなく事実有根じやな。事実にしか基づいておらんし、根も葉もたくさんじゃ」
「変な四字熟語作らなくて良いから話を続けてくれよ…」
会話にも少し飽き、時計を見やると会話を始めて、まだ十五分も経っていなかった。
「…話の腰を折ったのはを主じゃろうが…オホン!なあ、を主、幽霊とかそのような類のモノは信じるかの?」
ここでどう答えるのが正解なのか僕には分からなかった。当然だ。僕は数分前まで座敷わらし(コイツ)に出会うまで幽霊など信じていなかったが今は信じている。だがそれも半信半疑だ。
「んー特には…お前のことも別にまで完全に信じたわけではないし、まあ信じてないよ」
「を主さっき馬鹿みたいな悲鳴あげておったではないか…では、幽霊を信じる者と信じぬ者とで、どうして分かれると思う?」
「さあな、幽霊がいると思い込んでいる人もいれば、いないと存在する訳ないと思う人がいるからだろ。まあそうだな霊能者とかそんな人がいるから信じてる人がいるんじゃねーの?」
取ってつけたような答えを口にする。
「今まで儂が見てきた傾向に人間は夜に幽霊が出ると、暗いのが怖いとそう考えてる節があるのじゃが、それについてはどう考える?」
質問攻めだな…
「うーん、なんだろうな…思い込みとかそんなもんじゃねーの?」
「お前さんにしては考えた方じゃろうな…」
イラッ
「良いか?幽霊というのは、いわば吸血鬼みたいなモノなんじゃよ。を主、吸血鬼が陽の下に出るとどうなる?」
「小学生が出しそうなクイズみたいだな…あー、漫画やアニメで見る限り砂になったりだとか、じゃなかったっけ?」
「そうじゃ。吸血鬼同様、幽霊というものは陽の光に弱いんじゃよ。まあ念が強ければ別じゃがの」
なぜか無知な僕にもその言葉に相当な説得力を与えた。
「人間に比べて、種類にもよるが幽霊の憎悪の念方が人間に比べて強く、そして相対的に人間の愛の方が幽霊に比べて強い。簡単に言えばゲームで言ふ闇属性と光属性…かの?」
とてつもなくわかりやすい。前にここに暮らしていたのがゲーマーだったのだろうと勝手に解釈し話を進める。
「でも憎悪に対するのが感情の愛情じゃなくて、愛?概念なのか?」
「当たり前じゃろうが。百に対して百で対抗してどうするんじゃよ。それじゃあ、相打ち、相殺されるじゃろうが。百に対して百二十つていうのが定石じゃ」
相殺ってそんな使い方だったけか——?
「愛…ねえ……」
ここまで説明されてとても申し訳ないが見で見たものしか信じない僕には到底理解が困難だ。
説明を一通り終えたであろう座敷わらしは「ふぅ」と息を吐いていた。
するとピンポーンとチャイムが鳴る。普段チャイムがなるのはこれだと決まっている。
「はい、今行きます」
ドアを開けると一人の男性から回覧板を受け取る。
「お疲れ様です」
無言のまま男は去って行った。回覧板に目を通そうと開いたところ一つの記事が目に入った。
「殺害事件…被害者は、全員…十代の女性……」
さっきは気がつかなかったが窓の外を見やると、外はもう明るい気配などどこにもなかった。
あれからずっと黙ったままの座敷わらしにお茶を出してやろうと思い、急須に茶っ葉と、お湯を入れ、暖かいお茶を出してやった。
「すまんな」
その一言の返事で部屋中はふたたび沈黙に閉ざされた。
そしてその数分後、沈黙の空間を破ったのは座敷わらしだった。
「を主、地縛霊というのは何故その場から動けずにおるか知っておるか?」
この問いにも何か理由があるのだろう。僕はテレビなどで得た情報を元に答えを口にする。
「思いが強いが故に、その場所から動けないとかじゃなかったか?」
「正解じゃ」
その一言を発し、座敷わらしは立ち上がり玄関の方へと歩いていく。
「一度しかやらぬから見ておれよ」
そしてドアを開け、右手の中指の先から少しずつ外へと手を進めていく。
バチ!バチバチッ! シュウ…ジュ……
「え…?」
緑というなんとも非科学的な光と煙を発しながら指先はさっきまでの少女の指ではなく、得体の知れない何ものかの指へと変化していた。その指の持ち主は辛そうな顔をしながら下を向いている。
「お、おいっ!もういい、止めろ‼︎」
一瞬失った自我を取り戻し、座敷わらしの元へ駆けつけ玄関のドアを閉め、座敷わらしを部屋の中へと誘う。
「大丈夫か?」
外傷はなく僕の問いかけに無言で俯いたままコクリと頭を動かす。
「…これが……地縛霊が動けぬ理由じやよ……」
か細い小さな声でそう説明された。
「そうか…」
今の僕には全く分からなかった。だがこう答えるほかなかった。
それから僕はさっきまでの生き生きとした座敷わらしとは見る影もない少女とは会話を交わすことなく、夕飯の支度をする。今日の夕飯は数時間前に買ってきた食材で作れるものだ。さて何を作ろうか。あるものは、人参。大根。玉葱。禰宜。じゃがいも。などなど。んーまあ先週にも作ったが簡単だからカレーにしよう。どれだけ失敗しようとルーを入れれば美味しくなる魔法の料理だよな、カレーって。そんなこんなで心の中で独り言をぼやきつつ完成させる。
小さな足音が僕の背後に近づいてくる。
「ん?どうしたんだ?安心しろ、お前の分もあるから安心しろ…」
そう一言。凡そ三日分もの食材はある。一人分も二人分も変わらない、そう自分に言い聞かせる。なんせ僕に説明する為だけに辛い思いをした彼女に何もないのは僕も心が傷む。
その後も自分に言い訳をしながら食事を作り、ついでにキャベツメインのサラダも作ってやり、実食へ移ろう。
「いただきます」
一口大きく頬張る。正直野菜も大きいかと思ったけどかなり煮込んだからか、小さくなっていた。
「ん?どうしたんだ…?食べないのか…」
二口目をつけようとしたところで未だ一口もつけてない少女に気づく。
「これ、どう使うのが正解なんじゃ?」
あの出来事から口を閉ざしていた座敷わらしはサラダを食べようと箸を両手に可愛らしく握りしめていた。ごめんね。割り箸で。
「知らないのか…?えっと、こうして親指と人差し指の間に置いて、中指も土台として使う…そうそう、そんな感じ。上手だな!」
素直に感動した。子供ができたらこんな感じなのだろうと思っていると、少女は嬉しそうに箸をカチカチ鳴らし始める。
「江戸時代に箸って無かったのか…?」
あまり聞きたく無かったが知りたかったのだ。この娘の生前を。
「いや、あったぞ。周りの皆は使っておった。……使わせてもらえなかった。儂はずっと畑仕事をしておって、出されるのは一日茶碗一杯の水だけじゃった。良い日で一皿の漬物だけじじゃった…じゃから…こういうのは慣れておらんのじゃ」
この一言ではっきりした。彼女のさっきの行動。箸の使い方を知らない。そう、この娘はきっと教育はされずに狂育を受けたのだろう。親の言うことが絶対だとそう信じて働きつづけたのだろう。スプーンの使い方はフィーリングで分かるのか持ち方は今は置いといて、甘口カレーを恐る恐る口に運んでいた。初めて辛いのが苦手で良かったと思えた瞬間だった。
カレーが気に入ったのか、あれから座敷わらしはお代わりを一回し、両手を合わせる。
「「ごちそうさまでした」」
二人揃って食べ終え片付けようと立ち上がろうとすると、服の裾を引っ張られた。
「ん?どうしたんだ…」
「!」
何を彼女をそうさせたのか、何が彼女の心を動かしたのか僕には分からない。分かるはずもない。彼女いない歴史=年齢のこの僕。これ普通だよね、おかしくないよね。はっきり隠すことなく言おう。何をされたか。そう、キスだ。接吻。口づけ。ちゅうだ。
「な、なに!何だよ⁈えっ………どうした!」
「ふふふふふふ、契約成立…じゃな」
してやったりの笑顔を浮かべ高笑いをする座敷わらし。
「を主はどうせ『契約ってなんだよ!』って言ふじやろうから先に教えてやるわ。を主は今日から儂と一心同体じゃ。いやー助かったわい。実のところ明日、数時間後の子の刻になるまでに駒を見つけなければ儂が地獄に行くところじゃったわ。さっき儂と接吻したじゃろ。あれが条件じゃったんじゃよ」
こいつ…やりやがった——
「一心同体⁈ふざけんな!お前が陽を浴びたら俺死ぬじゃん⁈イヤアアアアッ!」
「長い間ここに誰も住もうとする奴はおらんかったからな。それはそうじゃろうな、こんな日ノ本の都市であるのに金銭が安価。普通は疑うじゃろうが、まぁ余程の阿呆でなければな!」
僕、人間不信、こいつが相手だから幽霊不信か。もうそれ通り越して自殺しても良いよね?
「んで!僕は!お前の駒となってどうしろっていうんだよ?」
「ほお、もう少し泣き言をぼやくかと思ったが飲み込みが早いの…」
しょうがない、これはあの姿を見せ落ち込んだ態度、そして彼女自身の過去を打ち明けることで僕の道場を誘い、騙された僕が悪い。
「んーそうじゃな。食事じゃ!」
「いや、今食べたろ!」
「別の料理じゃよ。早くせい!」
確かに何故だろう。こいつにキスをされてから妙な違和感を覚える。
お腹「ぐ〜きゅう〜〜」
何故だ…まだ二分も経ってないぞ。二分前ならお腹いっぱいだったんだぞ。一心同体ってそういう意味なのか?物理的な意味なのか…これじゃあ異体同心ならぬ異心同体だよな…つまりこいつが死ねば俺も死ぬってことだよな…その前にこいつが怪我すれば俺もその痛みを伴うってことだよな……
「ああああああああああああああ‼︎」
頭がパンクするとはこのことだろう。
ハァ、ハァとか細い息をあげている確信犯に視線を向けると、もう今にも死にそうだった。それと同時によく見ると着物から見える首、手首、足首はとても細くやつれていた。
本当にこいつどんな人生を送って来たんだと思いつつ動く。
「ちくしょう!チクショウ!畜生!畜生畜生畜生畜生畜生畜生…畜生ぉぉおおおお‼︎」
鬼の速さで三合の炒飯を作り、レンゲと炒飯を盛った皿を差し出す。
嬉しそうに湯気の立つ炒飯をはふはふしながら口に運ぶのを見て、少しばかり喜びを得る。
いつのまにか二十時を過ぎているのに気づき風呂の準備をする。そしてお湯の温度の設定をし、リビングに戻ると、三合分乗った皿が空になっていた。
「早っ!お前もう少し味わって食べろよ!」
「いやー、実に美味であった」
「なあ、聞いても良いか?一心同体って事はさ、僕が日光浴びたら死ぬんじゃないのか…?」
今聞く空気でないことはその場にいる僕が一番理解している。だが少しばかり太陽に恐怖を覚えたのだ。当然だ。幽霊は日光に弱く浴びると死ぬと、そう告げられたのだから。
「いや、儂が浴びなければ問題ない。浴びておる奴と浴びておらん奴。中和されて問題ないのじゃよ」
「だったら他の事も中和されろよ!」
そう言わずにはいられなかった。
それから浴槽にお湯が張るまで様々なことを質問した。自分の為に。いや、どうだろう。ただそれを口実に座敷わらし(こいつ)の過去に触れたかっただけなのかもしれない。簡単にまとめれば…
こいつが普通のどこにでもいる地縛霊とは少し違うということ。
暴走した幽霊という語弊の訂正。正しくは暴走ではなく、禁忌を犯した幽霊を閻魔様の処へ送り裁決を言い渡させるようにすること。
禁忌、幽霊にも行動を人間と同様制限するものがあるらしく、さっきこいつがドアから少し手を出すと、変化したのもその禁忌があるからだとか。つまりその家の敷地から身体を出し全身が変化を遂げれば、それが禁忌とみなされる。その幽霊をあの世に送るのが座敷わらしの天職らしい。
しかし誰もが思おう、敷地内から出る事もできないのに、どうして閻魔様の処へ送ることが出来ようかと。そう、その為にこの僕を駒したわけなのだ。一心同体ならば僕にも禁忌を犯した幽霊をあの世に送る力が授けられる、という訳だ。幽霊には憎悪という感情に対し、人間には愛という概念。アイツがあの世に送るのは不可能だと色々おかしい事に言われて初めて気づいた。
「はあ…」
深くため息をつきつつ、浴槽に身体をあずけ頭をあげる。
そしてアイツの過去も思い出す。
一六一三年、卯月の十三日に産まれ、九歳という若さで死を迎えた、少女。歳を覚えているのに、名前は忘れてしまってらしい。八歳の頃、年貢を納めることができなくなり、当時九歳だった座敷わらし(しょうじょ)をお金持ちであった家で人身売買が行われ、そこで両親と別れ、奴隷のように成人の男がするような力仕事で酷使させられたのだとか、そして三日間何も与えられず九歳の体は耐えることができずに、そこで人生に終止符を打ったのだった。もう、考えたくもない、辛く、悲しい人生。
ザバッ
浴槽から上がり、体から滴る水をタオルで拭き取り、寝巻きに着替え座敷わらしに風呂に入れと言うため居間へと戻る。
「な、なんだ…これ…」
冷蔵庫、そして数時間まで持って買って来たエコバッグの中に入った食材が食べカスと化し床に散乱していた。しかしこんなことをする奴は一人しかいない。今の扉をバンッと開け。
「…お前、何てことしてくれたんだ!」
勢いよくドアを開ける。安心してほしい。この部屋は完全防音である。どれだけ叫ぼうと暴れようと誰にも気づかれない。
「ほう、をふあえふあん、ふあうふあふあをうふあ」
口いっぱいに詰め込んだ今食べ終えたであろう明日の朝のため買ったトーラスドーナツのパッケージが落ちていた。
「汚い…っいや、!お前こんなに食ってどうするんだよ‼︎明日の昼の弁当とかどうするんだよ!」
「ふあへほらんほ」
今のは完全に読み取れた。こいつ「食べとらんぞ」そう言い切りやがった。こいつは本当に騙しきれると思っているのか?まじか年齢オーバーフォーハンドレッドだぞ。
「ふあしふあいふあ、ふふふいをふあへほう」
「……」
容姿や中身はどうであれ、女性のこんなシーンを見たことがなかった。
I had never seen such this scene of woman. だ。
というか見たくなかった。
口の中のものを全て体の中へ通したであろう座敷わらしは開口一番こう言った。
「何も食べとらんぞ!」
無理がある。そんな胸はって言われても。
「……」
「シュレディンガーの猫、じゃ!」
こいつはつまり、食べた証拠は無いから食べたかどうかは分からんくせに、変な言いがかりつけるなそう言っているのだ。
「…じゃあお前の腹割いてやろうか!」
「やれるもんならやって見るが良い。その場合、を主の体にも同じ痛みが伴うぞ」
未だ気づいてないようだから教えてやるか。
「おい、その足元見てみろよ」
内股で座っており、そこには赤の着物が張っている。その赤の上に色んなものが、つまり様々な食べ物のカスが落ちているのだ。
「はっ!」
「…」
隠すのならもう少し上手に隠せと言わんばかりの慌てながら背中の後ろに隠す。
「はぁ、風呂入ってこいよ…片付けは俺しとくから」
まぁ、生前のこと聞かされた俺は仕方ないよなとその一言で済ませ、彼女を風呂場へと案内する。
「……」
風呂を目前に目の前の少女は、ぼけーとしだす。
「どうした?早く着物脱いで風呂に入れって…」
「を主、そんなに儂の裸を見たいのか?」
言われて初めて気づいた。そうだ、目の前にいるのは幽霊であるが、その前に女性なのだ。
「ご、ごめん!」
全身の穴という穴から汗が湧き出るほど体が恥ずかしさで火照っている。
「はぁ……」