羅北の闘諍6
「こいつはヤバそうだ。確か、リダイアだったよな。ここは1つ、お互いに協力ってことで、どうだ?」
アルスが共闘の提案をすると、リダイアは眉をピクリと動かす。
以前、この男がイルヴェンタールの地を訪れた時、同じような提案をすることがあった。
無論、理想が異なる以上、互いに道を沿う事はできない。まして、アルスの理想とする世界は、凄惨な幼少期を過ごし、無数の戦場を駆け巡って来たリダイアにとっては、胸のうちが痒くなるようなものだった。
この男と相克することはあっても、共闘することなどあり得はしない――だが
「確かに、闇の勇者を伏させるには、私一人では手に余る。良いだろう、私の足を引っ張るなよ。蒼穹の勇者」
リダイアが大剣を、ブンと振るい構えると、アルスも微笑み「よっしゃ。じゃあ、決まりだな」と両手に構えた金銀の剣を、魔界の王たる少女に向ける。
セアも、背丈に合わない巨大な鎌を片手に構えると、ニヤリと微笑んだ。
そして、何かを合図にしたように、リダイアとアルスがカッと目を見開くと、セアに向かって足を駆けだす。
まずは、リダイアがセアに向かって、巨大な剣を横に振るう。
セアが、足を屈めるように宙を跳んで避けると、リダイアの後方から風の如くアルスが飛び出す。
アルスが、双剣で上空に2つの光の弧を描くと、セアはその弧の一つに足をつき、もう一段高く宙へ上がる。
「アッハハハハハ!」
高らかな笑い声を響かせると、少女は巨大な鎌を地上にいる2人目がけて大きく振り下ろす。
赤黒い三日月が描かれ、アルスとリダイアは武器でそれを防ぐと、金属の擦れ合う音が鳴り響く。
アルス達が避け、地に着いた少女の隙をつき、攻撃を食らわせようとするも、少女は鎌を半円に振り、アルス達を牽制する。
跳んで後退したアルスの目に、少女の狂気を帯びた、開き切った目が合うと、少女は黒い弾丸の如くアルスに飛び込んで来た。
アルスは双剣をバツ印に少女の突撃を防ぐと、少女の高笑いと共に、巨大な鎌の連撃が繰り出される。
濁った血のように不気味に輝く鎌から発せられる魔力。少女が降った瞬間に、身の毛のよだつほどの恐怖がミーニャを襲うとミーニャは声を上げた。
「アルスさん! 気を付けて下さい! その鎌には、強力な死の呪いがかけられています!」
アルスは、剣で火花をまき散らし、セアを大きく弾くと、
「ってことは、掠りでもすれば只じゃ済まねェってことか」
「大丈夫、安心して良いよ。力は抑えてあるからさ。もがき苦しむ所を最後に痛ぶって殺れるように、さ!」
セアはアルスに向かって駆け出すと、姿が一瞬消える。
空気に溶けるように消えては現われ、接近するセアに困惑するも、その最初の一撃はギリギリで抑えた。
振り下ろされた鎌を抑えると、セアは鎌を振るい、攻撃を仕掛ける。
高速で回る歯車のような鎌と剣が交じり合い、光の粉が飛び散る。
そして、左右から鎌を連続で振り下ろし、アルスが鎌に気を取られていると、腹部に強い衝撃が走った。
蹴り。
隙をつかれたその一撃に、アルスが崩れかけると、少女の顔が視界に入る。
目元まで覆われた影から赤く光る瞳。
愉悦の笑みを浮かべた、その顔はまさに死神に相応しいものだった。
アルスが、目を見開き、頭に死がよぎった時だった。
セアの身体を、ブンと銀色の弧が走ると、セアの姿は上下に裂ける
リダイアだ。
大剣がセアの身体を引き裂くと、少女は黒い花びらのような姿と化し、その纏まりが2人から距離を取り再び結合する。
黒い花びらが少女の輪郭を瞬く間に作り出すと、再びセアの姿が現われる。
「なっ」
リダイアとアルスの声が重なった。
確実に斬り裂いたはずの傷口はない。
セアは、クスっと微笑むと、両手で鎌を構え、再び空気に姿を消す。
瞬間移動するようにセアが近づいて来ると、リダイアは大きく剣を振った。
「残念、ハズレ」
後ろから大きく振り下ろされる鎌を、リダイアは前転し、交わす。
切られた短い赤い髪がキラリと光り空中を舞うと、セアの無防備になった後方からアルスが威勢の良い声を上げ、剣撃を繰り出す。
セアは片手で鎌を一振し、アルスの攻撃を封じるも、アルスの連撃がセアを襲う。
高速で描かれる幾つもの弧。セアは涼しい顔でそれを鎌で防ぐと、立ち上がり攻撃を仕掛けようとするリダイアの顔面に大きく蹴りを与える。
リダイアはアッパーを受けた様に、頭から後方に跳び上がると、鎌を大きくアルスに振るう。
アルスがそれを跳んで交わす瞬間、バク転の要領でセアはアルスに下から胸元に大きく蹴りを入れると、アルスは宙へ投げ出されるように上がる。
「グッ……!」
アルスがまだ宙に浮いている瞬間、セアはアルスより一段大きく上に跳び上がり、鎌を後方に大きく振り上げる。
その時だった。
セアは音速の如く近づいてきた、それに気づくと、自身を軸に大きく鎌を宙で振るう。
突如現れた鉄の刃の放つ弧と赤い三日月が交わると、大きな音を立て、火花が走る。
セアはそこから大きく跳び、後退すると、シュタと地に足を着け、顔を上げた。
勇者同士の戦い。それも外から介入する隙すらもない激戦だ。
そんな中、戦いの流れを読み、かつ敵の攻撃から仲間を護るように攻撃を入れることは、至難の業。
「……誰?」
怪訝そうな顔を見せ、セアが言うと、アルスも口をパクパクとさせる。
胸を抑え、起き上がるリダイアも、目を見開いた。
淡い細波のような色をした短髪。
幼い顔つきの中、強固な眼差しを帯びる瞳。
その少女は、アルスに向き直ると、微笑んで見せた。
「ただいま、アルス」




