表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/303

ソロと死の霊峰3

 携帯食料を分けてもらい、ランタンを囲み、ソロはしばらくの間少女と話を交わした。

 話がしたい、という少女の言葉から、何か重大な事が露わに発表されるのかと思いきや、「何でもいいから話せ」という少女の第一声に拍子抜けをしてしまった。

 ソロは話題に困るも、少女に色々なことを話して聞かせた。

 それは、これまでの旅の話やちょっとした冒険譚、先生やアルスとの出会い、など他愛もない話ばかりであったが、少女はまるで絵本を読み聞かされる子どものような眼差しで、ソロの話を聞いていた。

 少女は決して名乗ることはなかったが、どこかで出会ったような、そして親しみ深いという言葉では足りない程の、何か温かい雰囲気を帯びていた。

 隔たりの無い粗雑な話し方のせいもあるかもしれないが、その少女もソロの事を良く知っているような、そんな雰囲気だった。

 初めて出会った時は、目つきの悪い不良少女のような印象であったが、笑うと無邪気で、時間が経つに連れて、男勝りな腕白な女の子という印象に変わって行った。


「一杯飲むか? 温まるぜ」


 少女から明らかにアルコール度数の高そうな小さい酒瓶を勧められると、ソロは、「ボクは大丈夫。そこにいる先生だったら喜んで飛びつくだろうけど」


 ソロが言うと、少女は苦笑し、


「そういやぁ、酒好きだったっけか」


「え?」


「いや、何でもねェ」


 キュッと、酒瓶が開く音の後、少女は喉を鳴らしながら、酒豪の幼女に負けない程の豪快な飲みっぷりを見せた。

 ぷはぁ、と口元を拭うと少女は、携帯食料をモグモグと食べるソロに向かって言った。


「ひとつ訊いても良いか?」


「うん?」


「さっき、お前の言った聖戦とかいうやつの話についてだ」


 少女が酒瓶を地に置くと、ソロも口から携帯食料を離した。


「もし、お前が仮に世界の導き手とかいう奴になったとしたら、お前は魔界をどうするつもりだ?」


 ソロがポカンと少し口を開けていると、少女は言葉を加える。


「やっぱり、魔界を封印しちまうのか?」


 少女が質問すると、ソロは少し考えた。


「ボクは――」


「おっと、待った」


 ソロの口を遮るように少女は言うと、


「お前がさっき言ってた、お前の好きなアルスが、とか、世界の導き手になるつもりはない、とか、そういうのは一切無しだ。万が一、お前が導き手になっちまった場合の話で、さ」


 少女が条件を加えると、ソロは口を噤み、腕を組んで、うーんと唸り始めた。


「…………」


 しばらくの沈黙の後、ソロは目を開くと、少女に向き直り、


「本当のことを言うと、ボクもよく分からない。ボクも今までの旅の中、魔物に襲われることもあったし、魔軍の襲撃で滅びた村や国もいくつも見て来た。そこは、アルスや皆が言うように魔物は悪なんだと思う」


 ソロは話の調子を整えるため、一瞬間を空ける。


「だけど、全ての魔物が悪かって訊かれたら、ボクは、違うって答えるかな。気遣って風邪の看病をしてくれるスライムもいれば、草原で日向ぼっこをする時、ふかふかの羽毛のベッドを提供してくれる、もこもこ鳥(:草原などに生息する巨大な鳥。穏やかな性格で、遠くから見ると、綿菓子のようにも見える)もいるしね。それに、魔物と共存している人達も、何人か見て来た。人魚に恋をして、魔物でありながらも、その子の海を人間の開発から護る事を誓ったサメや、人目を離れた天空の地で心を通わせる竜と竜使いの人々。確かに、魔軍や闇の勇者のしようとしていることは許せないけれど、ボクはお互いに生きていける道もあるんじゃないかって思うんだ」


「…………」


 少女は、今まで見せた事の無い、その澄んだ瞳を微動だにさせない、真剣な表情でソロの話を聞いていた。


「魔物や魔物を悪とする国や人達の話を聞いていると、魔物は闇だから、とか、光と闇は対立する運命なんだ、とか、そういう話ばかりなんだ。だけど、魔物との人間が対立しあうようになったのは、一体いつからなんだろうって、そういう話を聞くたびに考える。もしかしたら、遠い昔、魔物と人間は手を取り合って生きていたかもしれないからね。難しいことだけど、もしボクが導き手になるんだとしたら、そういう世界になるように頑張るのかな。それに――」


「この世界は、光と闇があるからこそ美しい」


 ソロは少女の言葉に、目を丸くした。

 まるでソロがその言葉を言うのを知っていたように、少女は自然にその言の葉を繋ぐと、穏やかな微笑()みをソロに向けた。

 ソロもその微笑に、表情が和らぐと、口角が自然に緩んだ。


「お前に話が訊けて良かった。話を聞いたついでに、最後にもう一つ、良いか?」


 少女に訊かれると、ソロは首を縦に振った。

 すると、少女は胡坐で組んだ足に手を重ね置き、上半身を前に出し、目を輝かせ訊いた。


「もしも、お前が好きな奴と結婚して、子どもができたとしたら、女が良いか? それとも、男が良いか?」


 少女が訊くと、ソロは、ボッと顔から湯気を出し、


「ちょ、何でそんな質問!?」


「良いから答えろよ」


 悪乗りのような悪戯な笑みを浮かべ少女がソロに答えを促すも、


「そ、そんな質問急に訊かれても困るよ!!」


「……」


 ソロはしばらく恥ずかしそうに、沈黙すると、小さな声で答えた。


「女の子でも、男の子でも、どっちでも良いよ。どっちにしても、絶対可愛がるから……」


 その答えに、少女はキョトンとすると、ブッと頬を膨らませ、


「アッハッハッハ!」


「も、もう! 笑わなくたって良いじゃんか!」


 ソロがそう言うと、少女は笑いで溢れた涙を拭い、


「悪い悪い。そっか、そっか。いや、良いんだ。スッキリした」


「もう……」


 ふぅ、と少女は呼吸を整えると、満足したような表情を浮かべてソロに言った。


「よし、じゃあ今日はこのくらいにしとこうぜ。明日も急ぐんだろう?」


「うん」


 ソロが頷くと、少女は立ち上がり、「今度は足を滑らすんじゃねェぞ。オレが助けられるのも、これが最後だからな」


「分かった。助けてくれて、本当にありがとう。えーと……」


 ソロが少女の名前に困ると、少女はソロに近づき、


「面白い話を聞かせてくれたお礼に、オレの名前を教えてやるよ」


 そう言うと、少女はソロの額に手を優しく当てた。


「オレの名は――」


 すると、ソロは、とろんと垂れるように瞼を閉じると、そのまま深い眠りについた。

 寝息を立てて眠る、ソロの穏やかな寝顔を見ると、少女は呆れたような顔で微笑み、


「全く、こんな間抜けな奴だったとはな。オレの名前は、アルクって言うんだぜ。良い名前、だろ?」


 少女は、ソロを優しく一撫でし、別れを惜しむような、そして満足したような表情で、静かに言った。


「じゃあな、××××……」







……


……


……


……い



 暗い景色の中、蛍の放つような小さな光が淡く漏れ出す。

 山彦のように遠くからくぐもった声が、徐々に鮮明になっていくと、黒雲の切れ間から差し込む光のように、その白い光が瞬く間に広がり、そして――


「おい、起きぬか! ソロ!!」


 聞き慣れたその声に、ソロは静かに瞼を開いた。

 ぼやけた景色が鮮明になっていくと、覗き込む様に見ていた、幼女の顔がそこにはあった。

 幼女は、その少女が目を覚ますと、顔を崩し、ソロに抱き着き、声を上げて泣いた。


「おお!! 良かった!! 生きておったぁ!! わあああ」


 涙の滝を流す幼女に、ソロは微笑んで、無事を見せた。

 上半身を起こすと、吹雪はすっかり晴れ、頭上には星月夜が広がっていた。

 ソロはぼんやりとした頭の中がハッとすると、


「先生!? 女の子は?! さっきまでボク達と一緒にいたはずなんですが」


 すると、幼女は涙を拭いながら首を傾げた。


「女の子とな?」


「はい、ボク達、その女の子に助けてもらったんです」


 ソロが強く頷きそう言うと、幼女は、視線を上に向けた。

ソロもその視線を辿り、隣の崖の上を見上げると、柔らかい雪の層にいくつもの人型の穴が開いていた。


「あの何層もの雪が、わしらを落下の衝撃から護ってくれたとみる。わしが目覚めた時には、お主は隣で気を失っており、他にお主の言う者らしき気配は感じなかったぞ」


「…………」


 ソロが、不思議そうに、その雪の層の穴を見つめていると、幼女は立ち上がり、


「お主が無事で本当に良かった。上に登る道を見つけねばな。しかし、今日はもう休んだ方が良い。ちょうどそこに、手頃な洞穴(ほらあな)がある」


 崖に開いた、その穴を見ると、ソロはハッとした。


「どうした?」


 幼女が訊ねるも、ソロは首を横に振り、微笑み、


「じゃあ、キャンプの準備をしましょう。荷物は無事みたいですし」


「うむ」


 霊峰の遥か空の上からは、綺麗な白い満月が、洞窟に入る2人を見守るように優しく照らしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ