ソロと死の霊峰3
携帯食料を分けてもらい、ランタンを囲み、ソロはしばらくの間少女と話を交わした。
話がしたい、という少女の言葉から、何か重大な事が露わに発表されるのかと思いきや、「何でもいいから話せ」という少女の第一声に拍子抜けをしてしまった。
ソロは話題に困るも、少女に色々なことを話して聞かせた。
それは、これまでの旅の話やちょっとした冒険譚、先生やアルスとの出会い、など他愛もない話ばかりであったが、少女はまるで絵本を読み聞かされる子どものような眼差しで、ソロの話を聞いていた。
少女は決して名乗ることはなかったが、どこかで出会ったような、そして親しみ深いという言葉では足りない程の、何か温かい雰囲気を帯びていた。
隔たりの無い粗雑な話し方のせいもあるかもしれないが、その少女もソロの事を良く知っているような、そんな雰囲気だった。
初めて出会った時は、目つきの悪い不良少女のような印象であったが、笑うと無邪気で、時間が経つに連れて、男勝りな腕白な女の子という印象に変わって行った。
「一杯飲むか? 温まるぜ」
少女から明らかにアルコール度数の高そうな小さい酒瓶を勧められると、ソロは、「ボクは大丈夫。そこにいる先生だったら喜んで飛びつくだろうけど」
ソロが言うと、少女は苦笑し、
「そういやぁ、酒好きだったっけか」
「え?」
「いや、何でもねェ」
キュッと、酒瓶が開く音の後、少女は喉を鳴らしながら、酒豪の幼女に負けない程の豪快な飲みっぷりを見せた。
ぷはぁ、と口元を拭うと少女は、携帯食料をモグモグと食べるソロに向かって言った。
「ひとつ訊いても良いか?」
「うん?」
「さっき、お前の言った聖戦とかいうやつの話についてだ」
少女が酒瓶を地に置くと、ソロも口から携帯食料を離した。
「もし、お前が仮に世界の導き手とかいう奴になったとしたら、お前は魔界をどうするつもりだ?」
ソロがポカンと少し口を開けていると、少女は言葉を加える。
「やっぱり、魔界を封印しちまうのか?」
少女が質問すると、ソロは少し考えた。
「ボクは――」
「おっと、待った」
ソロの口を遮るように少女は言うと、
「お前がさっき言ってた、お前の好きなアルスが、とか、世界の導き手になるつもりはない、とか、そういうのは一切無しだ。万が一、お前が導き手になっちまった場合の話で、さ」
少女が条件を加えると、ソロは口を噤み、腕を組んで、うーんと唸り始めた。
「…………」
しばらくの沈黙の後、ソロは目を開くと、少女に向き直り、
「本当のことを言うと、ボクもよく分からない。ボクも今までの旅の中、魔物に襲われることもあったし、魔軍の襲撃で滅びた村や国もいくつも見て来た。そこは、アルスや皆が言うように魔物は悪なんだと思う」
ソロは話の調子を整えるため、一瞬間を空ける。
「だけど、全ての魔物が悪かって訊かれたら、ボクは、違うって答えるかな。気遣って風邪の看病をしてくれるスライムもいれば、草原で日向ぼっこをする時、ふかふかの羽毛のベッドを提供してくれる、もこもこ鳥(:草原などに生息する巨大な鳥。穏やかな性格で、遠くから見ると、綿菓子のようにも見える)もいるしね。それに、魔物と共存している人達も、何人か見て来た。人魚に恋をして、魔物でありながらも、その子の海を人間の開発から護る事を誓ったサメや、人目を離れた天空の地で心を通わせる竜と竜使いの人々。確かに、魔軍や闇の勇者のしようとしていることは許せないけれど、ボクはお互いに生きていける道もあるんじゃないかって思うんだ」
「…………」
少女は、今まで見せた事の無い、その澄んだ瞳を微動だにさせない、真剣な表情でソロの話を聞いていた。
「魔物や魔物を悪とする国や人達の話を聞いていると、魔物は闇だから、とか、光と闇は対立する運命なんだ、とか、そういう話ばかりなんだ。だけど、魔物との人間が対立しあうようになったのは、一体いつからなんだろうって、そういう話を聞くたびに考える。もしかしたら、遠い昔、魔物と人間は手を取り合って生きていたかもしれないからね。難しいことだけど、もしボクが導き手になるんだとしたら、そういう世界になるように頑張るのかな。それに――」
「この世界は、光と闇があるからこそ美しい」
ソロは少女の言葉に、目を丸くした。
まるでソロがその言葉を言うのを知っていたように、少女は自然にその言の葉を繋ぐと、穏やかな微笑みをソロに向けた。
ソロもその微笑に、表情が和らぐと、口角が自然に緩んだ。
「お前に話が訊けて良かった。話を聞いたついでに、最後にもう一つ、良いか?」
少女に訊かれると、ソロは首を縦に振った。
すると、少女は胡坐で組んだ足に手を重ね置き、上半身を前に出し、目を輝かせ訊いた。
「もしも、お前が好きな奴と結婚して、子どもができたとしたら、女が良いか? それとも、男が良いか?」
少女が訊くと、ソロは、ボッと顔から湯気を出し、
「ちょ、何でそんな質問!?」
「良いから答えろよ」
悪乗りのような悪戯な笑みを浮かべ少女がソロに答えを促すも、
「そ、そんな質問急に訊かれても困るよ!!」
「……」
ソロはしばらく恥ずかしそうに、沈黙すると、小さな声で答えた。
「女の子でも、男の子でも、どっちでも良いよ。どっちにしても、絶対可愛がるから……」
その答えに、少女はキョトンとすると、ブッと頬を膨らませ、
「アッハッハッハ!」
「も、もう! 笑わなくたって良いじゃんか!」
ソロがそう言うと、少女は笑いで溢れた涙を拭い、
「悪い悪い。そっか、そっか。いや、良いんだ。スッキリした」
「もう……」
ふぅ、と少女は呼吸を整えると、満足したような表情を浮かべてソロに言った。
「よし、じゃあ今日はこのくらいにしとこうぜ。明日も急ぐんだろう?」
「うん」
ソロが頷くと、少女は立ち上がり、「今度は足を滑らすんじゃねェぞ。オレが助けられるのも、これが最後だからな」
「分かった。助けてくれて、本当にありがとう。えーと……」
ソロが少女の名前に困ると、少女はソロに近づき、
「面白い話を聞かせてくれたお礼に、オレの名前を教えてやるよ」
そう言うと、少女はソロの額に手を優しく当てた。
「オレの名は――」
すると、ソロは、とろんと垂れるように瞼を閉じると、そのまま深い眠りについた。
寝息を立てて眠る、ソロの穏やかな寝顔を見ると、少女は呆れたような顔で微笑み、
「全く、こんな間抜けな奴だったとはな。オレの名前は、アルクって言うんだぜ。良い名前、だろ?」
少女は、ソロを優しく一撫でし、別れを惜しむような、そして満足したような表情で、静かに言った。
「じゃあな、××××……」
……
……
……
……い
暗い景色の中、蛍の放つような小さな光が淡く漏れ出す。
山彦のように遠くからくぐもった声が、徐々に鮮明になっていくと、黒雲の切れ間から差し込む光のように、その白い光が瞬く間に広がり、そして――
「おい、起きぬか! ソロ!!」
聞き慣れたその声に、ソロは静かに瞼を開いた。
ぼやけた景色が鮮明になっていくと、覗き込む様に見ていた、幼女の顔がそこにはあった。
幼女は、その少女が目を覚ますと、顔を崩し、ソロに抱き着き、声を上げて泣いた。
「おお!! 良かった!! 生きておったぁ!! わあああ」
涙の滝を流す幼女に、ソロは微笑んで、無事を見せた。
上半身を起こすと、吹雪はすっかり晴れ、頭上には星月夜が広がっていた。
ソロはぼんやりとした頭の中がハッとすると、
「先生!? 女の子は?! さっきまでボク達と一緒にいたはずなんですが」
すると、幼女は涙を拭いながら首を傾げた。
「女の子とな?」
「はい、ボク達、その女の子に助けてもらったんです」
ソロが強く頷きそう言うと、幼女は、視線を上に向けた。
ソロもその視線を辿り、隣の崖の上を見上げると、柔らかい雪の層にいくつもの人型の穴が開いていた。
「あの何層もの雪が、わしらを落下の衝撃から護ってくれたとみる。わしが目覚めた時には、お主は隣で気を失っており、他にお主の言う者らしき気配は感じなかったぞ」
「…………」
ソロが、不思議そうに、その雪の層の穴を見つめていると、幼女は立ち上がり、
「お主が無事で本当に良かった。上に登る道を見つけねばな。しかし、今日はもう休んだ方が良い。ちょうどそこに、手頃な洞穴がある」
崖に開いた、その穴を見ると、ソロはハッとした。
「どうした?」
幼女が訊ねるも、ソロは首を横に振り、微笑み、
「じゃあ、キャンプの準備をしましょう。荷物は無事みたいですし」
「うむ」
霊峰の遥か空の上からは、綺麗な白い満月が、洞窟に入る2人を見守るように優しく照らしていた。




