回想録1
*この章は【ソロ篇】【アルス篇】を御読みになった後にお楽しみ下さい。
白と茶色の混ざった岩肌を、地平に向かって緑が覆っている。そんな山々に囲まれた中、白みがかった淡い青空を映すまでに、澄んだ湖が目の前には広がっていた。
そんな大自然の中、人の手が加えられたものは、その湖畔に立つ木造りの家くらいであった。
その家の前に、1羽の巨大な鳥が、人らしきものを背負いながら降り立つと、まばゆい光と共にその体は小さくなり、その少女の頭にちょこんと乗った。
「おー、着いた着いた。懐かしいのぉ」
小鳥が、長年留守にした、その小屋を見ながら言うと、ソロも以前ここを訪れた時の記憶の海にひたりながら、「本当ですね」と周りの景色を見渡した。
流石に5年以上も手入れをしていないとなると、小屋のあちこちには痛みが走り、床はギシギシと音を立てた。
出て行く時、最後に目にしたあの日のままに、机の上に置かれた本や棚に並べられた食器は時間の中に封印されたように、小屋の中に入って来たソロ達を迎えた。
ソロは大きくため息をつくと、荷物を置き、「よし」と一声上げ袖をまくった。
掃除や小屋の手入れが終わったのは、ちょうど夕方と夜の境界線に空が色づく頃。
ソロは掃除道具や修理具を片付けると、手を洗い、部屋の中を見渡した。
天井は奥ゆきがあり、部屋の中はベッドが2つ置ける程の余裕がある程に広い。
本棚には、分厚い本が何冊も並び、オレンジ色のランプが部屋の中を心地よい感じに照らしている。
その内装は我ながら、そこらの宿よりは一レベル上だと思える程に整った。
「お、終わったか」
夜になり、幼女の姿に戻った先生が、白いベッドの上で最後の町で訪れた時に買った酒瓶に早くも手をつけているのを見ると、ソロは手を腰に当て、また呆れた声を漏らす。
「もう、またお酒に手をつけて。予備のお酒は少ないんですから、ほどほどにして下さい」
イルヴェンタールの騎士団の襲撃を受けたソロ達は、考えた末に、東の大陸にある山々で囲まれた深い森の中に身を潜めることにした。
未開拓の地の多い東の大陸の、神々の森と言われるこの森は、人々はおろか、大陸に住まう住人でさえも近づこうとしない地であった。
まさかこんな場所に身を潜めるとは、流石のイルヴェンタールの騎士達も思いはしないだろう。
そしてこの小屋は、ソロが先生と出会ってからすぐの頃に訪れた、先生の居住地であった。
人気を離れたこの地では、まず人と会う事はない。
まさに、隠者の隠れ家と言うべき場所だろう。
しかしその為、最寄りの町でさえも、巨鳥となった先生の姿をもってして半日はかかり、滅多やたらにいけるものではない。
基本的には、狩りや釣りで食事を確保する必要がある。
懐かしい反面、その事を考えるとソロは少しばかり億劫を感じていた。
幼女はソロに注意されると、高らかに笑い言った。
「心配はいらん! こんな日がいつか来るであろうと思って、この家を去るあの時に、地下室に酒を醸造しておいたのじゃ!」
本当にお酒については抜かりがない。
ソロは、先生の座るベッドの隣のベッドに胡坐をかいて座ると、少し真剣な面持ちになり、言った。
「では先生。そろそろお話して下さい。ここに来たら詳しく話すという約束でしょう」
ソロがそう言うと、先生は酒瓶の先を、チュポンと口から離した。
「そうじゃったな。まぁ、急かさずとも時間はたくさんある。ソロ、ここからは冗談は一切抜きじゃ。心して聞け」
ソロは、静かにそして強く「はい」と頷くと、幼女も頷き、
「繰り返しになるが、ソロ。お前は、微かであるが特別な力を秘めておる。それは、長い歴史と戦いの中、強き意志を持つ者達によって受け継がれてきたものじゃ。そしてその力を持つという事は同時に、この世の行く末を定める資格を持つ者であるという証明でもある」
先生は、調子を整えると、静かに、瞬きせずこちらを見る眼前の少女に向かって言った。
「つまりソロ。お主は、世界の導き手を決める戦い、聖戦に選ばれた、勇者の1人なのじゃよ」




