ミーニャ篇 蟠り
*この物語は「アルスと小さな冒険者3」まで御読み頂けると、よりお楽しみいただけます。
ソロという少女が仲間に入ってから数カ月が経った。
最初の頃は、口数の少ない内気な少女という印象を受けたが、共に旅をしていくうちに、その印象は変わっていった。
明るく、無邪気で、天真爛漫という言葉が合う。
そんな彼女に、アルス達と同じく、ミーニャも心地よい関係を築いていった。
しかしその一方で、ミーニャの胸の内には、疑惑という感情に不安を少し混ぜたの様な感情が、静かに渦巻いていた。
巨竜退治の時には気付かなかったが、妙な"力"の気配が、この小さな少女から薄らと感じる。
余りにも微小な感覚であり、ミーニャ自身も意識するまでは捉えることができなかったが、それは戦いの時になるとより一層顕著なものになった。
ソロはアルス達の褒め讃えるように、まさに多才人であった。
格闘、剣術、銃術、魔法――。
あらゆる分野の技を扱い、そのどれもが各職業の師匠段に匹敵する程の腕前だ。
ミーニャは彼女の冒険者階級が気になり、クエストライセンスを見せてほしいと訊いたことがあったが、ソロは「とても見せられたものじゃないよ」と卑屈そうに言い拒んだ。
どれほどのランクの冒険者かは正確には分からないが、きっと高位の冒険者なのだろう。
彼女の実力も、百戦錬磨の末であると頷ける。
だがしかし、そうだとしても、戦闘の時に強く感じる"あの力"。あれは一体――
「ねぇ、ミーニャさん」
シエナに突然に声をかけられると、ミーニャはようやく思考の迷宮から我に返った。
「え、ええ。そうですね」
無意識のうちに薄らと脳裏に浮かんだ、シエナとその隣を歩くソロのやり取りに、曖昧に返事を返すと、ミーニャは、再び疑惑の渦に駆られた。
気になっているのは、ソロから発せられる"妙な力"だけではない。
そして、それはそんな微小なものよりも、はっきりとしたものだった。
ソロの連れている、小鳥。
その小鳥から感じられる、無限空間にでも喩えられる、途方もない魔力。
恐らく隠そうとしているのだろう。
ピィ、ピィと鳴く、その小鳥が、魔力探知を妨害する高度な魔術を自身にかけており、その魔力をできる限り抑え込んでるのは、ミーニャには手に取る様に分かった。
間違いなく、この鳥は鳥ではない。
人間だとしても、普通の人間ではないだろう。
恐らく、名高い魔法使い、あるいは自分たちと同じ賢者の部類か……。
宿に着くと、ミーニャは浴槽でも同じことを考えていた。
悪い人物ではないのは確かだ。
しかし、こうも正体が分からないモヤモヤはどこか不気味なものを感じる。
考えすぎたせいか、頭が熱くなり、ミーニャは霧のような湯気の中、大きく息をついた。
空虚な気持ち。
今までに感じたことのない気持ちだった。
「ソロ、お前、やっぱり凄ェや!」
「早く次のダンジョンへ行こうぜ、ソロ」
「やったな! ソロ!」
アルスの言葉が頭の中で響き渡る。
思えばソロと出会ってからというもの、アルスとの仲はどこか疎遠になった感じがしていた。
シエナやダイガが仲間に加わった時は、それほどでもなかったのだが、ソロが仲間になってからは、アルスはソロに付きっきりな様にも思えた。
仲間が増える事は良い事。
共に信じ合い、助け合い、成長していく。
これは世界の導き手を目指しているアルスにとっても、良い影響を与えているに違いない。
分かっている。
そんなことは、分かっている。
けど、どうしてだろうか。こんな気持ちになるのは。
ミーニャはしばらく湯船でブクブクと泡を立てた。
浴場から部屋に戻ると、腕立てを行っているダイガと髪をとかしているシエナが、ミーニャに迎えの声を簡単にかけた。
ミーニャも微笑んで返事をすると、キョロキョロと部屋を見渡した。
「アルスさんとソロさんは?」
ミーニャが訊くと、シエナは手を止め、
「お二人でしたら、先程いつものように特訓に出かけましたよ」
ソロが仲間になってから少し経った頃から、アルスはソロの強さに魅せられ、夜になると彼女から町の外の平地などで剣術や武術を教わるようになっていた。
この夜も、2人はその為に出かけたらしい。
「そうですか……」
ミーニャは少し寂しそうに言うと、何かに気が付いたように周りを見た。
「そういえばシエナさん、ソロさんの連れていらっしゃる小鳥は、どちらに?」
「ソロさんから聞いたのですが、夜は外に放していらっしゃるようですよ。夜行性らしく、放さないとうるさいのだとか。私も、夜にお見掛けしないなぁ、と思い同じことを聞いてみたんです」
シエナが苦笑して言うと、ミーニャも「そうだったんですね」と同じような笑みを返した。




