アルスと小さな冒険者2
オルス王から依頼を受けると、アルス達は宿を取り、必要な荷物だけを持ってすぐに竜の巣のある峡谷へ向かった。
何よりも、オルス王が依頼を頼んだという少女の事が心配でならなかった。
国を出て、緑の草原を歩いて行くと、景色は薄暗い雲が覆った、鋭い岩々で築かれた峡谷に出る。
大きい物であれば大人程の大きさの岩のある険しい道が、足を何度か留めるたびに、このような場所を年端の行かない少女が1人で歩いて行ったのかと思うと、妙な鳥肌が立った。
陽は西の空に差し掛かり、少しばかり赤みを帯び始めると、アルス達は、塔のように聳え立つ岩の上にある、巨竜の巣に辿りついた。
藁の様な植物を絨毯のように敷き詰め作られた、その巣を見ると、アルス達の血色の良い肌は、蒼白した。
緑色の鋼を重ねたような鱗を持つ巨大な竜が、寝息を立て寝ているすぐそばには、白い骨のようなものが何本も散らばっていた。
そして、その竜の口元には、子どもくらいの大きさの頭蓋骨の様なものが転がっている。
アルスの顔色が青白い肌から火山の溶岩のような色に変わると、アルスは雷鳴のような怒声を放った。
「こんのクソ野郎ッ!!」
アルスが剣を一気に抜くと、その声に目を覚ました巨竜の、水晶玉のような目が、ギョロリとアルス達を睨んだ。
巨竜が大きく咆哮すると、ミーニャ達も武器を構える。
「うおおおおおおおおお!!」
アルスが聖剣を構え先陣を切り駆けると、竜の頭部目がけて剣を振りかざす。
ギィン、と金属と金属がぶつかり合ったような鈍い音が空気を振動すると、アルスは竜の額を蹴り飛ばし後退した。
聖剣の刃から小刻みに震える感覚が手に伝わるのを見ると、アルスは悔しそうな顔で竜を見上げた。
「この竜、防御耐性がシャレにならない程に高いのか!?」
今まで傷一つ負わないものがいなかったアルスの聖剣を防いだ竜に、ダイガは驚いたような声を上げた。
「アルス! 鱗に覆われてない腹部だ! あそこならば俺の斧とお前の聖剣で幾分かのダメージを負わせることができるはずだ!」
「ああ! ミーニャとシエナは援護を頼む!」
アルスの言葉にミーニャとシエナが同時に頷くのを見ると、「行くぞ!」というアルスの声を合図にダイガとアルスは背中を押されたように竜に目がけて跳び出した。
歪な鍾乳洞のような爪の生えた腕を迫りくる2人に目がけて巨竜は薙ぎ払う。
その腕をダイガは戦斧を盾に防ぎ、アルスは跳んで避けると、アルスはその竜の腕をジャンプ台にし、白い肌の見える懐に潜り込む。
アルスの剣が2、3と渾身の斬撃を竜に与えると、竜は悲鳴のような声を上げる。
シエナがダイガに攻撃力を上昇させる呪文をかけ、ミーニャが巨大な火炎球を竜の顎元に向けて放つと、それは見事に命中した。
竜は巨大な腕にアッパーを受けたように後ろへ後転しかけると、鱗に覆われていない腹が無防備になる。
ダイガは大きな戦斧を両手で掲げると、思い切りの力を込め、その腹に向けて叩き下ろした。
斧は竜の腹に突き刺さると、竜は火炎を吹きながら、ズシンと音を立て倒れる。
アルスとダイガが竜から離れると、竜は再び目を開き、上半身を一気に起き上がらせる。
その姿にアルス達は目を丸くした。
先程ダメージを与えたはずの腹の傷は見事にふさがっており、血飛沫の1つも上がっていない。
「嘘だろ!? あの竜、あんな声を上げておきながら無傷じゃねェか!」
「アルスさん! ダイガさん! 今からあの竜の守備力を下げる呪文をかけます! 私が詠唱している間、何とかあの竜を引きつけてください!」
ミーニャが叫ぶと、2人の男は頷き、左右に分かれ攻撃を仕掛ける。
すると、竜は大きく息を胸いっぱいに吸い込み、吸い込んだ空気の代わりに凄まじい熱気を帯びたブレスをアルス達に目がけて放った。
シエナは「危ない!」とすぐ様にアルスとダイガの前に呪文で防御の壁を作る。
火炎放射がおさまると、アルス達は剣を構え、雄叫びを上げて竜に向かって攻撃の嵐を放った。
竜との激闘は、アルス達に長期戦を強いた。
守備力をいくら下げようとも、アルスとダイガの攻撃は竜にはビクともせず、かすり傷が良い所だった。
そして度重なる殴打と吐息攻撃で、超回復薬草も底を尽きようとしている。
ミーニャとシエナも持ち分のマジックポーションが残り1、2本となり、魔力量の状況も辛辣なものだった。
月が天に昇り始め夜の闇が空を支配し、竜の目が暗闇の中で輝きを帯び始める頃になると、ミーニャは苦肉にも、アルス達に声をかけた。
「アルスさん、一旦ここは退きましょう――」
その声をかけようとした時だった。
ミーニャは後ろから押し寄せた突然の気配に振り向くも、風のようにそれはミーニャとシエナの間をビュッと過ぎ去った。
アルスとダイガも、背後から何かが飛び出すと、「な、何だ!?」と声をあげる。
小さな黒いその影が巨竜の懐に入り込んだかと思うと、爆弾が弾けたように無数の銀色の半円と弧がいくつも現われる。
剣と剣が交じるような音が響き渡るも、小さなその影の動きが速すぎて、銀色の軌跡が残像のように残るばかりだ。
しかし、その小さな影が竜の頭部に飛び上がった時だった。
アルスはその姿に目を丸くした。
月光に照らされると、淡い細波のような色の短髪をした少女が、剣を銀色に光らせる姿が鮮明に映った。
少女が竜の頭部に一太刀振り下ろすと、波動のようなものが円心上に広がり、竜は声を上げ、その場に倒れる。
パラパラと竜の緑色の鱗が宙に輝いて雪のように舞うと、少女はひたっと、着地する。
竜はギロリと少女を起き上がり見ると、すぐ様に火炎球を連射する。
少女は剣を構え、再び風の如く駆け出すと、その火炎球を避け、竜に迫る。
竜はブレスを吐くも、少女に狙いが定まらない。
少女はそのまま、竜の体の傍で地を蹴り飛ばすと、「やああ!!」と勇ましい声を上げ、銀の剣を竜の喉元に突き刺した。
すると、一瞬遅れて竜は不自然に硬直し、鮮血が噴水のように吹き出した。
苦戦を強いられたあの巨竜が、目の前で一瞬にして崩れ落ちるのを、夢でも見ているのかという顔でアルス達が見つめていると、地に降り立った少女は振り返り、
「大丈夫でしたか?」
少女がアルス達に駆け寄り、訊ねると、アルスはようやく我に返り、驚愕のままに少女に指を差し訊いた。
「き、君は一体……」
すると、少女は首を可愛らしく傾げ、微笑み、
「ボクは、ソロ」




