アルスと深緑の勇者2
エルダ老に連れられ、アルスとミーニャは、太陽の穏やかな光の差し込む小さな広場に案内された。
空間が歪む様に、ぼんやりとしたものが生じると、驚きつつもその中に入る。
すると、そこにはエルフたちの里が広がっていた。
アルス達のいた大木の並ぶ森という背景は変わらないものの、可愛らしい丸屋根の家があちらこちらに点在している。
全ての建物は木造りで、ほおづきのような形の灯りが淡く辺りを照らしていた。
突然の異種族の来訪に、幼い顔立ちをしたエルフたちが窓や建物の陰から恐る恐る顔をのぞかせている中、里の奥の一回り大きな家に辿りつくと、中へと勧められる。
ミーニャとアルスは席に腰をかけると、フォレシアが敵意の抜けた丁寧な態度でお茶を差し出した。
「ありがとうございます」
ミーニャが礼を言うと、エルダ老は茶を啜り、口を開いた。
「まずは謝罪をせねばいかんな。先程は、里の者を助けて下さったというのに、うちの者が無礼を働いてしまった」
エルダ老が頭を下げると、「所以も訊かず森に仇成す者と決めつけてしまったこと、本当に、すまなかった」とフォレシアも申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。
「まぁ、良いさ。俺も村にいた時はしょっちゅう盗人と旅商人を間違っちまってたしな」
アルスが笑みを向け言うと、フォレシアも口元を和らげた。
穏やかな雰囲気が膜のように広がると、エルダ老は再び真剣な声質で言った。
「さて、本題に参りましょう。アルス殿」
エルダ老に呼ばれると、アルスは目の前に座る老人に視線を移す。
「先程も申し上げたように、ここにいるフォレシアは貴方と同じ使命を負った勇者の1人。そして、わしは今そこにいるミーニャと同じ、賢知陣の1人じゃ。早々にお会いする事ができ、心嬉しく思いますぞ」
アルスがぎこちなく笑みを返すと、感慨深そうにエルダ老は頷いた。
「聖戦前に赤の勇者だけではなく、青の勇者にもお会いできるとはな」
その言葉に、少し驚いた声でミーニャが訊く。
「赤の勇者にも、会ったのですか?」
エルダ老は、うむと頷くと、
「わしが神託を受け、フォレシアと出会うより数年前の事じゃ。西の地に赴き、荒野を歩いていた時、軍勢のような隊列に出くわした。その者達のなりから、その列が王族軍の類とすぐに分かった。しかし、わしはその先導に立つ者から感じた力に目を奪われた。勇者の力を持つ者のみから発せられるあの独特の力じゃ」
エルダ老がミーニャに向かい言うと、話を続けた。
「わしは、その者の姿を一目見ようと、煮えたぎる夕の陽光の中、目を細めた。そして気付いた。その力は黒い馬に跨る豪奢な王族の者ではなく、その手前に座っていた赤髪の少女から発せられていた。力のオーラはその風貌に似つかわしく、赤の勇者のものじゃった」
「その後、再びお会いしたことは?」
訊かれると、エルダ老は首を横に振った。
「深追いはせん。神託を受け、わしが導くべき勇者に会えば、いずれは出くわす運命。しかし、分かったことは、あの王族軍勢は西の大陸一の大国ということじゃ。恐らく、その地へ赴けば会う事も叶うじゃろうて」
エルダ老はそう言うと、向かいに座る青の勇者に向いた。
「アルス殿、折角其方とお会いすることができた。良ければ、其方の目指すべき世界を聞かせてはもらえんじゃろうか」
エルダ老がそう言うと、アルスは少し戸惑った表情を浮かべ、ミーニャに視線を向けた。
ミーニャが、優しく微笑み頷くと、アルスはエルダ老に言った。
「俺自身もミーニャから勇者って言われたばかりで、具体的にはよく決まってないんだけど、皆が自分らしく生き生きと暮らせる世界……かな」
アルスが後ろ髪を触りながら言うと、エルダ老は関心そうに声を漏らした。
「皆が自分らしく生き生きと暮らせる世界、とな」
「貧しいとか生まれながらの境遇とか、種族の違いとか、そんなのを一切なしにして、皆が皆、自分の可能性を存分に発揮できる、そんな世界が良いかな、って……」
アルスがそう言うと、うむうむ、とエルダ老は頷き、隣に立つフォレシアに言った。
「フォレシア、お主とアルス殿の目指すべき世界は、どこか通ずるものがありそうじゃ。勇者の使命を受けた者同士、どうじゃろう? 2人で話してみては」
エルダ老の突然の提案に、アルスとフォレシアは驚いた表情を浮かべる。
「戦う事ばかりが聖戦ではない。話し合い、語らう事で共に道を歩むのも大切なことじゃ。のぉ、ミーニャ?」
エルダ老が言うと、ミーニャも微笑み頷いた。
「えぇ」
「決まりじゃな。フォレシア、アルス殿に里を案内しなさい。若者は若者同士で話し合うことが一番じゃよ」
すると、ミーニャは咳ばらいをし苦笑して返した。
「エルダ老、私もまだ若いのですが……」
「おお、そうじゃったな。まぁ、堅い事は気にするな。ハッハッハ」




