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アルスと深緑の勇者1

 村を旅立ってから3カ月が経った頃、アルスが立ち寄った町で、クエストを受けた時のことだった。

 薬医師(やくいし)から、薬の調合に使う素材を採集してきて欲しいという依頼を、いつもの一通りの流れを通して受注すると、アルスとミーニャは町から離れた場所にある深い森に入った。

 無作為に並べられた神殿の柱の様に(そび)える巨木の中、緑の天蓋を突き抜けた一際大きな大木を見つけると、2人はそれを集合場所の目印に、分かれて素材の薬草を探す事にした。

 分かれ際にミーニャは透明な手のひらサイズの水晶をアルスに手渡した。


「この巨木の位置を記録した水晶です。水晶を覗いて見て下さい」


 アルスは水晶を言われるがままに除くと、黄色い光の近くに青と赤の小さな光が浮かんでいた。


「今映っている黄色い光がこの巨木の位置。そして青の光はアルスさんの、赤の光は私の位置を示しています。これがあれば、お互いに迷うことなく行動できるでしょう」


「へぇ、こいつは便利だ」


 アルスはそれをしまうと、ミーニャに簡単に別れを告げ、互いに探索を始めた。

 葉の擦れる音と共に鳥々の鳴き声が上から聞こえる他、これといった音は聞こえない。

 薬医師は、危険な魔物が出るからと言っていたが、森は魔物が出る様子もないほどに静寂に包まれていた。

 そして、薬医師のその言い方にもどこか引っ掛かるような妙な感覚があった。

 何か別の理由があるような、そんな言い方だった。

 魔物が現われまいかと、警戒はしつつも、特に目につくようなものもない。

 対象の薬草は老木の(ふもと)にできると聞いていたが、アルスは肝心な事を聞き忘れていた。

 木の老若の選別方法など知る由もないアルスにとって、どの大木も年月を重ねた老木に見えた。

 取り敢えず、目に入る木々の元を手当たり次第見て回る。


 その時だった。


 甲高い少女の悲鳴に目の前を見ると、茂みの向こうに巨大な影が視界に入る。

 全身苔()した岩のような巨人。ゴーレムだろうか。

 粒の様な赤いその眼の先には、巨木に寄りかかる様に腰を抜かした女の子の姿が見えた。

 アルスはすぐ様に鞘から金色の光を放つ剣を抜くと、ゴーレム目がけて駆けだした。

 少女に伸ばした岩の腕を止め、ゴーレムがアルスに気が付くも、その時にはすでにアルスはゴーレムの眼前に飛び立っていた。

 アルスが剣を振り下ろすと、ゴーレムの顔面から首元にかけて巨大な切れ目が走る。


「グゴゴ……」


 不意をついた攻撃にゴーレムがよろめくと、アルスはゴーレムの腕を断ち切り、そしてもう1つ大きな一振りを岩の体に与えた。

 ゴーレムはその一撃でガラガラと崩れ落ちると、岩の塊に果て、そのまま小さな光の粒に雲散した。

 アルスは剣を鞘に納めると、まだ怯えている少女に向き直った。


「危なかったな。もう大丈夫だ――」


 アルスの目を止めたのは、その女の子の耳だった。

 果実のような朱色の髪から鋭く突き出るように尖った耳。


 エルフ――。


 アルスは話の中でしか聞いたことのないその存在の名を胸の内で驚きと共に呟くも、少女を驚かすまいと、微笑んで見せた。

 すると、エルフの少女も涙を拭い、微笑んで返した。


「ありがとう、ございます」


「立てるか?」


「……はい」


 少女の手を掴み、少女を立ち上がらせる。


「何者だ」


 天から聞こえて来た空気を切り裂くような透き通った声に、アルスは上を見上げた。

 網目のように生えた枝々の中、一つの太い枝に立つ人影が見える。

 木漏れ日の光を背に、その少女はアルスを見下ろしていた。

 長い金色の髪はテール状に1つに結られ、白い肌の中に澄んだ青い瞳が鋭く威嚇するようにこちらを見ている。

 顔立ちは整っており、歳はアルスよりも少し上くらいに見えた。

 緑を基調とした狩人のようなその衣装の上には、茶色い外套を身に付け、その手には白銀の大きく(しな)った弓を向け、矢を構えている。


「その子から離れろ」


 枝の上から少女が言うと、アルスはエルフの少女から離れる。


「正直に答えよ。其方、何をしにこの地に足を踏み入れた。ここが神域の一つと知っての愚行か」


「神域?」


 アルスが言うと、少女は気品のある面持ちのままに言った。


「ここは精霊神が一人、リーフェ様の住まう神域であり、我等(われら)イルフェール・アルフ(:エルフの種族名)の領域であるぞ。数年前に懲りず、再び我等の森を脅かしに来たのか!」


「待て待て、俺は別にアンタ等に手を出そうとも、この森を荒そうとも考えちゃいない。俺は町の連中に頼まれてある薬草をだな……」


「問答無用!」


 アルスの言葉を遮り少女が言い放つと、一本の矢がアルスに目がけて放たれる。

 アルスはそれを聖剣で弾くと、キンという音と共に、折れた矢が草地に突き刺さる。

 防いでいなければ確実に当たっていた。

 彼女は本気だ。

 アルスはエルフの少女をすぐ様抱え、横の巨木の陰に隠れて下ろすと、少女に言った。


「この陰から辺りが治まるまで絶対に出ちゃダメだ。良いね?」


 エルフの少女は何かを言いかけるも、アルスはその返答を確認することもなく、木の陰から勢いよく飛び出した。

 飛び出て来た青髪の少年に狙いを定めると、少女は次々と矢を放つ。

 アルスは目と勘が良かった。

 その矢を次々に避け、ある時は剣で切ると、少女のいる巨木に向かって駆け走る。

 それを見て只者(ただもの)ではないと感じると、少女は構えた弓を緩め、天に向け直した。


「"主を守護するが為に(ディ・ディフェンシオ)果敢なる弓を持って(フォル・アルクス)その力に命ず(ユヴェオ)――天水の弓(ローラティオ)"」


 少女が金色の矢を天に向け放つと、矢は光の如く輝き天井へと姿を消す。

 アルスはその嫌な予感に気付くと、すぐに、巨木の枝陰に隠れた。

 すると、アルスのいた辺り一面に無数の矢が雨の如く音を立てて降り注ぐ。

 轟音に近しい音がおさまると、アルスは辺りの地面に目を向けた。

 先程まで草の緑で覆われていた辺りは、金色の氷柱(つらら)のような細かい矢の大地に姿を変えていた。

 その矢は溶けるように一瞬で消えると、再び先程の緑の大地が広がる。

 

「何だよ、今の攻撃。反則級じゃねェか……!」


 アルスが顔を幹から覗かせると、少女はそれに気が付き、眉を(ひそ)めた。


「チッ、生きていたか、愚者(ストゥルトゥス)。次こそ――」


「お止めなさい!」


 森の中に響き渡ったもう一人の少女の声に、射手は構えを解く。

 アルスも、誰だ、とその声のした方を見ると、思わずその少女の名前を呼んだ。


「ミーニャ!」


 杖を持って駆け現われたミーニャは、アルスに気が付くと声をかけた。


「アルスさん、ご無事でしたか?」


「無事なもんか!」とアルスが返すと、ミーニャはその元気な声に無事を確信し微笑んだ。

 そして、再び表情から微笑みが消えると木の上に立つ美しい射手に目を向ける。


「突然現れた異様な魔力を感じて、こちらに駆け付けて正解でした。貴方のその武器は、聖具(せいぐ)ですね?」


 その言葉に少女は目を丸くした。


「聖具だと? 貴様、なぜその言葉を知っている?」


「フォレシア様!」


 幼い声に呼ばれると、フォレシアは巨木の陰から出て来たエルフの少女に目を向けた。


「ユナン! 早く其奴らから離れ――」


 フォレシアの言葉を遮るようにエルフの少女、ユナンは首を横に振りフォレシアに叫んだ。


「違うんだよ、フォレシア様! この人は、魔物に襲われてた、わたしを助けてくれたんだよ!」


 手をメガホンにしてエルフが叫ぶと、驚きと戸惑いの表情をフォレシアは浮かべた。


「人間が、エルフを助けた……? バカなッ……」


「そこまでじゃよ、フォレシア」


 今度はミーニャと対岸の位置から、しわがれた声が現われる。

 老木のように深い皺の刻まれた杖を持ち、ふさふさの白鬚(しろひげ)に口元を覆われた一人の背丈の低い老人が森の奥からゆっくりと歩いて来ると、フォレシアは「エルダ様!」と叫び、木の枝を飛んでおり、老人にひれ伏した。

 その老人が手で、良いと示すと、フォレシアは立ち上がり、横にずれる。

 老人がミーニャに向き直ると、ミーニャは少し驚いた声調で言った。


「まさかこのような場所でお会いするとは思いませんでした、エルダ老」


 エルダ老も、うむと頷き、


「今この時にわしら賢知陣(けんちじん)が再会を果たしたのも、2()()()()()()()()()()()()()、神々の導きかもしれぬな」


「2人の勇者だって!?」


 アルスがエルダ老の言葉に驚き叫ぶと、フォレシアもそれに続いた。


「エルダ様、それは一体どういう事なのです!?」


 すると、エルダ老とミーニャはそれぞれの勇者に言った。


「アルスさん、今そこにいらっしゃる方は――」


「フォレシア、今其方が討ち合った者は――」


 そして、二つの声は重なり、


「深緑の勇者様です」

「青の勇者なのじゃよ」


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