ミーニャ篇 星空に導かれて1
*ミーニャ篇をアルス篇と並行して御読み頂けると、物語をより楽しむことができます。
ミーニャ篇を読まなくても、本編に支障はありません。
東の大陸は、巨大な山脈と緑の海のような千尋の森に覆われていた。
古来より人を近寄せず、人智を越えた存在のみが住まうとも伝えられる、その神秘的な膜を帯びた世界の中、偉大なるアース山脈に囲まれたその麓で、賢者と言われる者達の暮らす集落があった。
そこは神話で語られる古の時代に築かれた都市の遺産であり、山の斜面に沿った丘の上に栄えた大神殿を中心に、大理石で造られた壮大な建物群が広がっていた。
崩れ落ち、屋根のない建物や蔦に身体を巻き付けた柱こそありものの、その都市の隆盛期がいかなるものであったかを知るには十分であった。
朝日が東の空から昇り、夜の暗幕に包まれ星々が天に砂金のように輝く時に及ぶまで、賢者達は老若男女と語り合い、日々その知を刷新していた。
この日もまた、変わらぬ夜の帳が下りると、まだ10歳程の少女は分厚い本を抱え、遺跡の広々としたテラスに出た。
どこまでも広がる金銀と眩く輝く星々の海に、少女はこの日も思わず息を呑んで見上げた。
子どものような柔らかい雰囲気を持つと同時に、美と知の女神に喩えられるような凛とした顔をしたその容姿は、夜空から舞い降りた星天の遣いと言うに相応しいものだった。
少女は遺跡の瓦礫に腰を下ろし、肩まで伸びた金色の髪に触れると、分厚い本と空を照らし合わせるように交互に見つめた。
「ミーニャ?」
後ろから聞こえた女性の声に、名を呼ばれた少女は振り返ると、白い法衣に身を包み、髪をひとまとまりに結んだ初老が立ち、少女を見つめていた。
「ソフィア先生」
少女は立ち上がり、微笑み挨拶をすると、ソフィアはひたひたと少女に歩み寄った。
「またこのような時間に外に出ていらしたのですね」
ソフィアは少し呆れたように苦笑を浮かべ言うと、少女は、はいと頷き、少し興奮した様子で空を見上げた。
「どうしても、先生が仰っていられた星を観測してみたいと思いまして。双竜座を頼りに探そうと考えたんですが、中々見つからなくて」
少女がそう言うと、ソフィアは膝を少し曲げ、少女に背丈を合わせて指で空を指して見せた。
「あそこに赤い星があるのは見えるかしら?」
銀星達の河の中、小さくも赤く輝く星を見つけると、少女は「はい」と頷いた。
「あれが"双竜座の目"と言われる星です。そこから直線状に北に向くと"北の座"があります」
「あっ、本当だ」
青白く輝く星に、少女がハッとして言うと、ソフィアは微笑み、説明を続けた。
「今日お話した、水晶星は、双竜の目から北の座に結んだ線の中点の位置にあります。ほら」
少女はソフィアの言う通り、目でその説明を辿ると、2つの星の境に白よりも薄く、透けているかのように光る小さな星が淡く輝いているのが見えた。
それを見つけると、少女は嬉しそうな声をあげた。
「あ! ありました!」
「ミーニャ、貴方は本当に勉学に熱心ですね」
ソフィアが感心しそう言うと、少女は少し照れたように口元を緩めた。
「星を見ていると、何だかとっても安心するんです。ずーっと昔から見ててくれてる、おじいちゃんやおばあちゃんみたいで。私、もっと星について勉強して、将来はお星さまの博士になるんです」
少女が星を見ながら言うと、ソフィアは空を見上げる少女の両肩に優しく手を置いた。
「ええ、貴方ならきっとなれますとも。善良で真面目なミーニャなら、いつかは星々の声が聞こえるようになるかもしれませんね。さぁ、夜更かしはなりません。今夜はよく冷えます。今日はこのくらいにして、早く床につきなさい」
ソフィアが柔らかい声でそう言うと、少女は恥ずかしそうに微笑み、返事をし、遺跡の内部へと小さな足で駆けて行った。




