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始まりのソロ3

 走った。

 兎に角走った。

 暗い夜の森の中を、知らない道を、知らない場所へ向かって。

 獣のように狂ったように泣き叫ぶ少女が夜の静かな森の中に響いた。

 流れる涙を拭う事もなく、顔をぐしゃぐしゃにしたまま、少女は地面で擦れる足の痛みすらも忘れ、森の中を駆けた。

 何時間、いや、何日くらい経ったのだろう。

 泣き疲れては草の地面に倒れ込み、日の中で目が覚めれば、恐怖と不信と絶望と怒りと、それらをグチャグチャに混ぜた感情の渦に呑まれ、声を上げて泣き暴れた。

 地面に何度もたたきつけた腕は血に塗れ、足の裏もボロボロ。

 身体がどんなに疲弊しても、少女の溶岩でできた星のような感情は止むことはなかった。

 心のままに暴れ、体力が尽きてはいつの間にか眠りに付き、起きれば再び襲い掛かる感情のままに動いた。

 息を切らし、声が枯れた。

 意識が薄れかかり、体が衰弱している事にようやく気が付くも、少女はもう起き上がる力はなかった。


(このまま……死んじゃうのかな……)


 仰向けになり、胸を天に広げると、黒い木々の隙間から大きな月が見えた。

 とても綺麗な、まん丸の月だった。


(やっぱり嫌だな……死ぬのは。ボクがいなくなって……誰か悲しんでくれたのかな……)


 そんなことはないか。

 胸のどこかでそんな声が聞こえて来た。


(最期まで……どうしてボクは独りぼっちなんだろう)


 丸かった金の月が大きく歪んだ。

 景色が滲み、頬に熱い何かが流れるも、拭う気にすらなれなかった。

 寂しさと悲しみが、胸の内にいっぱいに広がった。


「おい、小童(こわっぱ)


 その声に、ボクは一度閉じた目をゆっくりと開いた。

 頭の中がボーっとするも、頭の先で、そこに誰かがいるのは分かった。

 ゆっくりと、草を踏む足音が聞こえると、その人はボクの顔を覗き込んだ。

 ぼやけた顔。滲む景色の中、ボクは沈む様にゆっくりと目を閉じていった。



 ハッと少女は目を覚ました。

 夜の森の中、バネに弾かれたように、上半身を跳び上がらせる。


「気が付いたか」


 キョロキョロとする少女に、焚火の前にいた、その()()は声をかけた。

 ぶかぶかの魔法法衣のようなものに身を包み、4匹ほどの魚を突き立て焼いていた。

 その背丈は少女よりも遥かに低く、その顔つきはあどけない。


「もう少し待っておれ。もうじき焼けるでな」


 かけられていた毛布をかけ直し、しばらくの間横になっていると、幼女は魚を1本手に取り、焼けたのを確認すると、少女に差し出した。


「良く焼けておるわい。ほれ」


「…………」


 無言のままにそれを手に取ると、淡い海色の髪をした少女は、それにパクついた。

 余程空腹だったと見える、その少女の食いっぷりに、幼女は微笑み、自分も一本魚を手に取る。


「まさかこんな森の奥で人と、それもお主のような小童(こわっぱ)に出会うとは思わなんだ」


「…………」


 無言で無我夢中に魚に食らいつく少女に、幼女は静かに訊ねた。


「傷の方は大丈夫か? かなり衰弱しておったから、応急処置で魔法治癒をしたのじゃが」


 その声に少女は顔を上げると、気が付いたようにキョロキョロと体のあちこちを見たり、腕を回して見たりした。


「……大丈夫そうです」


 その言葉に幼女が、それは良かったと微笑むと、少女は静かな声で言った。


「あのっ……、ありがとう、ございます」


「なぁに、気にすることはない。それよりお主、一体何故(なにゆえ)この森におった?」


 幼女が訊ねると、少女は顔を大きく曇らせた。

 

「相当酷い目に遭った様じゃな。……遥か東に行き、この森を抜けた所にあった村が滅んだと聞いた」


 幼女がそう言うと、少女は目を丸くし、ハッとしたように顔を上げた。


「突如として現われた魔物の勢にやられたと聞く。お主はそこの村の子か?」


 幼女が静かに訊くと、少女は驚き戸惑った声で言った。


「そんな……あの村が……」


 (うずくま)る様に少女は体を丸めると、くぐもった声で言った。


「ボクはその村から逃げて来たんです。女だと分かったボクを殺すと、父と村長が話しているのを聞いたんです。けど何で、あの村が……」


 避けている人の方が多かったが、優しくしてくれた人もいた。

 花屋のお姉さん、大工のマーチン、猫のミケ、友達として最後まで接してくれたカルノ。

 再び絶望と悲しみが、雨雲のように少女を覆った。

 すすり泣きをする少女に、幼女もしばらく沈黙する。


「今夜は好きなだけ悲しめ。泣いて泣いて泣いて、悲しみをそのままに流すのじゃ。しかし、明日には歩き出さねばならぬ。お主は生きておるのじゃからな。少女であろうが、独り身であろうが、生きている限り、死した者達の為にも、歩んでいかねばならんのじゃよ」


 幼女が静かな声で言うと、少女は顔を上げた。


「ボクが女の子だって、分かるんですか?」


 少女が訊くと、幼女は微笑み頷いた。


「どう取り繕っても、わしの目はごまかせぬ。お主は女の子じゃ。じゃが、心には雄々しき勇気と勇敢さが溢れておる」


 初めて聞いた答えだった。

 まるで心を見透かしたように言ったその幼女を、少女は驚きと少しの好奇心を含んだ眼差しで見た。

 幼女は立ち上がると、少女に近づき、胸元に手を当てた。

 その手が淡く光ると、少女は今までに見たことのないその光景に、思わず息を呑んだ。

 光が空気に溶けるように消えて行くと、幼女は言った。


「お主には、人が持つ以上の秘められた力がある。強力な力じゃ」


「強力な力……?」


 少女が訊くと、幼女は頷いた。


「今は気付かぬだろうが、お主が生きる道を選ぶのならば、この力はいずれお主の運命を変えるものとなろう。お主の運命だけではない。この世界すらも改変するかもしれぬ、そんな力じゃ。じゃが、使い方を誤ればお主は災いをもたらす存在にもなりかねぬ」


 少女はしばらく胸に当てた幼女の手を見つめると、再び幼女の顔に向き直る。


「どうすれば、正しい力の使い方ができるの?」


 少女が訊ねると、幼女は立ち上がり、元の位置へ戻ると、胡坐(あぐら)をかいた。


「その為にはお主は色々な経験を積まねばならぬ。しかしそれには覚悟がいる。お主にその覚悟があるか?」


 幼女の目は鋭く真剣なものだった。

 少女は肩を震わせた。

 その恐ろしさは、教官たちの恐怖とは全く別のものだった。

 少女が答えに困り、黙り込むと、幼女は吹き出し、大きな笑い声をあげた。


「スマンスマン。まだ幼きお主には難しい質問じゃったな」


 すると、少女はムッとし、幼女に言い返した。


「お、幼くなんてないもん!」


「ほぉ、歳はいくつじゃ?」


「じゅ、……」


 少女は口で言うのをためらうと、目を逸らし、両手を広げてその歳を示した。


「ほぉ、まだまだちんちくりんじゃの」


「ち、ちんちくりんじゃないもん! ボクより子どもじゃないか!」


「わしはこう見えて、もう何千年と生きておる。お主の歳で割ったらいくつになるか計算に困る程じゃわい」


 幼女が意地悪にニヤけると、少女はその数に驚いた表情を浮かべたが、すぐに悔しそうにむぅっと頬を膨らませた。

 幼女は、あっはっは、と豪快に笑うと、少女に言った。


「じゃが、奇遇じゃの。わしも居場所を追われ、独り身になった者じゃ」


「独りなの……?」


 少女が訊くと、少女は少し悲し気に微笑み頷いた。


「……じゃあ、もう独りじゃないね」


 幼女はその言葉に顔を上げると、少女は無邪気な笑顔を向けた。


「ボクも独り、あなたも独り。二人合わせれば、もう独りじゃないよ」


 それを聞くと、幼女はキョトンとしたが、ブッと吹き出し、嬉しそうに笑った。


「一本取られたの。お主はちんちくりんじゃが、中々の強者じゃ。名前は何という?」


 幼女が笑いで出た涙を拭いながら訊くと、少女は一瞬考え込み、閃いたような顔をすると、幼女に言った。


「ソロ、ソロだよ」


「ソロか」と幼女は嬉しそうに、うんうんと頷く。


「えーと、あなたの名前は……?」


「わしか?」


 幼女が自身を指差すと、少女はコクリと頷いた。


「そうじゃな。うーん、"先生"とでも呼んでもらおうかの」


「せんせー……?」


「そうじゃ。お主がこれからどう進むべきか、力をどう扱えば良いか、お主の手助けをする先生じゃ」


「先生……先生!」


 この時の何とも言えない嬉しさは、今でも覚えている。

 独りから解放されたことの喜び。それだけじゃない。

 言葉にはできない、温かく、ドキドキと興奮するようなそんな気持ち。

 景色が段々と白くなり、フェードアウトすると、ボクは目を覚ました。


 

 ソロが目を覚ますと、そこは夢で見た、遠い過去の舞台に似た森の中だった。


「気が付いたか」


 その声に体を起き上がらせようとすると、右肩に電気の様な痛みが走り、ソロは「ッ痛」と声を漏らした。


「まだ起きるな。治癒魔法で応急処置はしたが、今回ばかりは危なかったぞ。下手をすれば失血死しているところじゃったわい」


 ソロは荷物を枕に、再び仰向けになると、空を見た。

 暗い夜。散りばめられたように星々が輝いている。

 記憶の(つる)をたどると、眠る前の記憶が道に並ぶ並木のように次々と思い起こされていく。

 しかし、思い出せたのは、橋の崩落時、先生が巨大な鳥に変身し、自身を背中に乗せ、あの場所を離れたところまでであった。


追手達(あいつら)は……?」


 ソロが訊くと、幼女は、何やらゴリゴリと乳鉢ですっていたものに水を注ぎながら返した。


「血眼になってお主を捜しているじゃろうな。じゃが、案ずるな。今この辺りには強力な結界を張っておる。わしらの姿は奴らには見えん」


「そうですか……」


 ソロは微笑み、


「夢を見てました。先生と出会った時の……。また、助けられちゃいましたね」


 ソロがそう言うと、幼女は混ぜて作った薬の入った鉢をソロに渡し言った。


「フン、走馬灯を見るには早すぎるわい」


 幼女がそう言うと、ソロはハハッと苦笑を浮かべ、薬を飲んだ。


「にっがぁ……」


「良薬は口に苦しじゃ。今回の戦いは、世間様に最強最強と謳われて、調子に乗ってたお主には良い薬になったじゃろうて」


 幼女は元の位置に座ると、ソロはムッとした表情で言った。


「調子になんか乗ってません! けど、正直もうダメかと思いました。赤髪の騎士(あの子)、一体何者なんだろう……」


「…………」


 ソロの言葉に幼女はしばらく黙り込むと、静かに口を開いた。


「あやつとお主の戦いを見て、分かった。あやつは、お主がいつかは乗り越えなければいけない壁じゃよ」


「……どういう意味です?」


 ソロが訊ねると、幼女はいつもは見せない程に真剣な表情で言った。


「お主にも、話すべき時が来たのかも知れぬな。よく聞くが良い、ソロ。お主は――」

いつも読んで頂きありがとうございます!

今話で第1章にあたります【ソロ篇】が終わりになります。

次話より、ソロ編に続き【アルス篇】になります。

物語をよりお楽しみいただけますよう頑張って執筆していこうと思います!

今後も何卒よろしくお願い致します。

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