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始まりのソロ2

「おい、ソロ!」


 午前中の訓練を終え、ようやくありつけた配給弁当を、教習舎の建物のそばで一人広げていたボクに話しかけてきたのは、意地悪なシュンベル達だった。

 シュンベルは貴族の出身で、お父さんは王国の軍師様だ。

 そんな身分だからか、教官のおじさん達も、シュンベルにはどこか優しい。

 そんなんだから、こいつはこんなに意地悪になるんだ! って、おじさん達に言ってやりたい。

 けどそんな事を言えば痛い目に遭うのは間違いなくボクで、シュンベルに歯向かえば、これもまた酷い目に遭うのはボクだから、ボクは兎に角、徹底的に黙ることにしていた。

 けど、この日だけは流石に黙ってはいられなかった。


「お前、女なんだってな?」


「ぼ、ボクは男の子だよ!」


 怒らずにはいられなかった。

 ボクは生まれた時から戦士になる義務があり、パパもそう言っていた。

 強い戦士になること。強い戦士になってパパから褒めてもらう事、これだけがボクの願いだった。

 家の中でお人形遊びをしているような女の子と違う。

 これは男としてのボクに対する最大限の侮辱だった。

 ボクはいつの間にか立ち上がっていた。

 鬼の戦士長並みに恐い顔をしているのはボクでも分かるくらいだった。


「ボクはこの国を守る戦士として生まれた、れっきとした男だ!」


 ボクが全力で怒ってそう言うと、シュンベルはもっと意地悪な顔をして言った。


「けどよ、お前の村の兄さん達から聞いたぜ。お前、最近村の大浴場使うの控えてるらしいじゃん」


「そ、それは……」


 口をボクが閉ざすと、タイミング良く昼休みの中間を知らせるアラームが教練所に響き渡った。


「ヤベッ、早く昼食わないと次の教練に間に合わないぞ!」

「次の時間は確かサイモン教官だよな。急ぐぞ!」


 シュンベル達はそう言うと、慌てて向こうへと走り去っていった。

 嵐が去ったような安堵と共に、今までに感じたことのない、とても嫌な感じが残っていた。

 触れられたくない何かに触れられたような、そんな感じだった。

 


 夕方になり、教練を終え、村に歩いて帰る。

 だけど、この日の足取りは、とても元気がなかった。

 シュンベルのあの言葉が一日中、何度も頭の中に響き渡っていた。


 薄々気付いていた。


 分かっていたけど、分かりたくなかった。


 物心ついた頃まで、ボクはよく村の子ども達とよく遊んでいた。

 村には男の子しかいない。

 男の子のみを育て、戦士として輩出する。それがボクの村の決まりだった。

 朝から日の暮れるまでよく遊んでいた友達は、歳を取るに連れ、ボクに近づくことを避けるかのように、ボクから離れて行った。

 最初は理由に苦しんだ。

 皆が何でおかしくなっちゃったのか。

 朝、昼、晩と一日中死ぬほど考えた。

 しかし、答えは時が経ち、ボクが成長するにつれ、ボクにも分かるようになった。

 目に見える体の変化が、ボクに答えを教えていた。

 皆がおかしくなったんじゃなく、ボクがおかしくなっていたのだと。

 思い返せば、パパからの決まり事にも引っ掛かるものが結構あった。


「自分の事は私ではなく、ボクか俺と言いなさい」

「お花には毒があるから、お花摘みはしないように」

「髪はできるだけ短く、男らしくしなさい」


 そして、体の変化にボクが気付いたちょうどこの頃、新しい決まり事ができた。


「大浴場はやめて、家の風呂を使いなさい」


 パパからの決まり事は、絶対だ。

 パパからの決まり事だけじゃない。

 村の決まり事、町の決まり事、国の決まり事。

 決まり事は、人を幸せにするために作られるもの。絶対に守らなければいけないもの。

 そう教えられていたボクが、そんな決まり事に違和感を感じたのはこれが初めてだった。


 実を言うと、"ソロ"という名前も、ボクの本当の名前じゃない。

 村で一人ぼっちになったボクを、「おい、またあいつ独り(ソロ)でいるぞ」と皆が言うもんだから、いつの間にか名前もソロになっていた。

 パパを含め、村の皆が、ソロ、ソロというもんだから、今じゃ本当の名前も思い出せないくらいにこの名前に馴染んでしまった。



「ただいま……」


 いつも以上に弱弱しい声。

 もちろん、返って来る言葉はない。

 パパはいつも仕事で忙しく、自室に籠っては、何かを書いていた。

 夕食を作るのはボクの仕事だった。

 日が暮れ、外が真っ暗になり、夕食ができる頃になると、パパは自室から難しそうな顔で出て来る。

 無言の食事。

 ただパクパクとスープをスプーンで口に運んだ。

 だけど、今日のボクは少し変だった。

 シュンベルと話してから、ずっとだ。


「ねぇ、パパ……」


 珍しくボクが口を開くと、少し驚いた表情をパパは浮かべたが、スプーンを口に運ぶその手は止めなかった。


「ボクって、男の子、だよね……?」


 バチンという音が響いた。

 一瞬何が起こったか分からなかったが、じわじわと痛んでくる頬に手を当てると、ボクはパパに叩かれたことを理解した。

 パパの怒った顔は何度も見て来たから、慣れているはずだった。


「今度その口を叩いて見ろ!! 鈍器で叩き殺すからな!!」


 走った後のように息を切らし、まるで狂ったかのようなその顔は今までに見たことがなかった。

 狂気めいた殺気の籠った怒りの声に、ボクはただ頬を抑え、口を閉ざすしかなかった。



 その夜、月が天上に立ち、完全に空を支配した頃、ボクはある音にふと目を覚ました。

 それが、下の階から誰かが話している声だと分かると、ボクはそっと部屋を出て、声が良く聞こえる階段の傍まで行く。


「アンタ、いつまであの子をこの村に置いておくつもりだ」


 はっきりと聞こえた最初の声は玄関の方から聞こえて来た。

 しわがれた声。

 村長の声だ。


「申し訳ねェ、村長」


 謝っている男の人の声は、夕食の時に怒声を放った、よく知っている声だった。


「アンタの話じゃ、あの子を預けて行った賢者とかいう奴は、あの子はこの村で奇跡を起こすと言っていたらしいな。だがどうだ、もうその時から10年も経つ。赤子だからと私も容赦をしたが、奇跡を起こすどころか、何も恩恵をもたらしていないではないか!」


(ボクが、預けられた……?)


 階段の下から聞こえた言葉に、胸を強く殴られたような鈍い感覚が走る。


「あの子が女の子だっていう噂が王都にも広がっている。もうこのままじゃ、村だけでは隠し切れん。もしあの子が女の子だと王に知られれば、あの子だけではなくこの村の連帯責任で、全員がお(とが)めを受ける」


 仕方の無さそうな村長の声が聞こえると、しばらく沈黙が流れた。

 その沈黙の幕を断ち切ったのは、聞きなれた声から出た、衝撃の言葉だった。


「殺しましょう」


(え?)


 聞き間違いかと思いもう一度耳を澄ますも、今度ははっきりとその声は聞こえた。


「ちょうど潮時と思っていたんです。私達が村の者を追いだしたと知られれば、この村のイメージも悪くなります。だけど、()()()()()()()とあらば、話は別でしょう」


「うーむ」と村長は唸った。


 その村長を説得するように、聞きなれた声は言う。


「森の中で襲えば誰かに気付かれる心配もありません」


「しかし、アンタは本当に良いのか?」


 信じたくなかった。信じられなかった。

 頭の中が吹雪の中の雪原のように真っ白になった。

 そうなったボクを射抜くように、言葉は続いた。


「ええ! あれは私とは血の繋がりもない子どもです。村の事を思えば、このくらい」


「相分かった。この件については任せる。くれぐれも、首尾よくな」


「お任せください」


 その声を最後に、扉のゆっくりと閉まる木の音が聞こえた。

 1階で歩く音が聞こえると、ビクッと肩を竦め、できるだけ気配を殺して急ぎ足で逃げるように部屋に戻った。

 扉を音を立てないように閉めると、ボクは余りの恐ろしさと驚きに背中を丸め、扉に寄りかかった。


(殺す……パパが……? ボクを……?)


 女の子という事実よりも、そっちのショックの方が大きかった。

 女の子なのは、気付いていた。気持ちを押し殺しても、こんな日はいつか絶対に来るということくらい、心のどこかで知っていた。

 けど何で?

 ボクは男の子じゃないどころか、この村の、パパの子ですらない……?

 パパがボクを殺す……?

 頭を掻きむしり、脳みそがぐちゃぐちゃになる。

 気が付いた時にはもう、ボクは窓から家を飛び出し、裸足で森の中を走っていた。

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