始まりのソロ1
*「追われるソロ」を御読み頂くとより物語をお楽しみいただけます。
誰かがボクを呼ぶ声が聞こえる。
暗い闇の中、その声は遠くから急ぎ足で駆けて来るかのように、どんどん近づいてくる。
なんて言っているのかは、よく分からない。
ただ、それがボクの名前だというのだけは分かった。
目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
まだぼやけている視界が徐々にはっきりとしてくると、パパの顔が目の前いっぱいに現われた。
とても怒っている顔だ。
そして、思った通り怒声の雷が落ちた。
「いつまで寝てるんだ! さぁ、さっさと着替えて教練所へ行け!」
ドタン、と勢いよく扉が閉まると、ボクは目を擦った。
10年の付き合いとなると、この目覚ましも、もう慣れた。
ベッドからぬっと起きると、枯色の普段着に着替え、食事を済ませ、家を出て、山奥にある教練所へ向かう。
これが毎日のサイクルで、ボクの日常だった。
村にある門を抜け、土の道を歩いて行くと、森の中に入る。
薄暗い森。
たまにモンスターも出て来るけど、腰につけた木刀で追い払った。
この森の道を歩くたびに、ボクより強い、恐いモンスターが出てきませんように、とビクビクと震えていた。
けど、もしボクがこの森でモンスターに食い殺されたとしても、きっと村の人達は悲しまないだろう。
村の人達だけじゃない。
きっとパパもだ。
それは、ボクがただ単に弱かっただけ、という理由で済まされる。
ボクが戦士には相応しくなかっただけ。ただそれだけだ。
なだらかな斜面を登り、森を抜けると、大きな鉛筆をいくつも並べたような木造の壁が見えて来る。
そしてその奥からは、ボクのとても嫌いな、威張っているおじさん達がいる見張り塔が見える。
あの塔だけは、未だに克服できない。
中に入ると、男の人達がとにかく沢山いる。
ボクと同じ歳くらいの子もいれば、ボクよりも年下の子もいる。
年上の人達は、目が合うと恐いから、なるべく顔を見ないようにしていた。
かなり前、ただ目が合っただけで、生意気と言われ、ボロボロにされたことがあった。
もうあんな目に遭うのは本当に勘弁だ。
けど、中には村の道具屋さんのお兄さんみたいに、優しい人もいる。
そういう人は、大体顔と雰囲気で分かった。
日向ぼっこをしている時のお日様の光みたいに、温かく、やんわりとした感じ。
そういう感じの人の傍には積極的に近寄った。
お昼を分けてもらえるという理由もあったけど、訓練中そばにいるだけで少しだけ安心できた。
空気を振動するようなアラームが鳴ると、お喋りしていた人や座って休んでいた人も、急いで整列し、神様にでも見えない糸で引っ張られているように、背筋をピンと伸ばした。
もちろん、ボクもだ。
今日は最前列。
最悪の位置。
お先真っ暗って、村で潰れたお店のおじさんが叫んでいたけど、まさにこの事だとボクは納得した。
「敬礼!」
どこからか聞こえて来た男の人の声に、ボク達は剣を自身の前に縦に持ち、構える。
奥から歩いてきたのは、ボクがこの教練所で一番嫌いなおじさんだった。
最前列だと、このおじさんの顔を嫌でも見なければならない。
昔読んだ聖書に書かれていた、業火から押し寄せた鬼の軍勢の総大将の様な形相。
こんな恐い人の顔を朝から見ないといけないなんて、なんて日なんだ!
「グレマン戦士長に、敬礼!」
男の人の声に、ボク達は一度構えを解くと、もう一度同じ動作を繰り返す。
鬼のような顔をした戦士長は、咳ばらいをすると、鞘に納めた剣を目の前につき、話し始めた。
「諸君、お早う。本日も良い朝だ」
(ボクにとっては最悪の朝だ……)
すると、鬼の様な顔は悪魔のような顔へと変わり、いつものように、怒声の様な大声をおじさんは挙げた。
「全ては我らが王の為、戦士としてその命をこの国に捧げ、その志をその胸に深く抱き、尊く生きんことをここに誓え!」
その言葉に、ボク達は決まり文句を大袈裟な声で返す。
「全ては我らが王の為、この命を我らが国に献上し、その志をこの胸に深く抱く事をここに誓わん!」
バンと大きく足踏みをし、誓いの挨拶を終えると、戦士長はその場を威風堂々に立ち去って行く。
これが、戦士見習いとしてのボクの1日の始まりだった。




