追われるソロ5
暗い水路の中、2人の男に振られる剣が、交わる度に金切り声のように高い音を響かせていた。
オルディウスが剣を力強く十字に斬るのを剣で弾き防ぐと、アルスは剣でその巨漢の騎士に斬撃を繰り出す。
オルディウスは腕についた盾と手に持った剣でそれを防ぐと、太い刃の剣を縦に振り下ろし、アルスの剣と交わると、火花を散らし、鍔迫り合いが始まる。
軋む音を上げ、睨み合うように2人は剣を重ねると、互いにそれを弾くように斬り、跳んで後退した。
その2人の攻防戦を止めたのは、水路の奥から駆けて来た数名の騎士達だった。
「オ、オルディウス様!」
1人の騎士が只事ならぬ様子で言うと、オルディウスは横目で見て、怒鳴るように言った。
「貴様! 神聖な騎士の戦いの最中に言葉を挟むとは、無礼を知れ!」
「申し訳ございません! しかしこればかりは」とその騎士は言うと、そのままに早口で話した。
「大罪人と交戦中であったリダイア様がおられました橋が、谷底に崩落いたしました!」
その言葉を聞くと、オルディウスは目を丸くした。
「何だと!?」
今まで無表情であった騎士が動揺し、戦いの手を止めると、その様子にアルスも剣を止めた。
「報告によれば、大罪人は橋の崩落時、巨大な怪鳥に乗って逃亡したとのこと。只今騎士を集めてリダイア様の捜索に当たっております」
一大事という表情をオルディウスは浮かべると、アルスに向かい直り、その表情通りの声で勇者に言った。
「勇者殿、相済まない事態につき、此度の戦い、次に持ち越させて頂こう」
巨漢の騎士がそう言うと、アルスは肩を竦めて、
「そいつは有難い」
アルスの言葉に、オルディウスは頷くと、「俺をそこに案内しろ」と騎士に言いつけ、その水路を去って行った。
騎士達の姿が見えなくなると、アルスは、ふぅーと息をつき、剣にもたれた。
「あいつ、何とか上手いこと逃げられたらしいな」
町中はイルヴェンタールの騎士の来訪と大罪人が町に潜んでいるとの話で騒然としていた一方、城壁外はその騎士達の慌ただしい声が響いていた。
町の城壁が築かれた谷沿いの道は、大罪人の捜索を切り上げさせてまで動員された騎士達が、蟻の群れのように散在していた。
空が茜がかり、オレンジ色の光が注ぐ頃、1人の騎士が、城壁の上にいたオルディウスのもとへ駆けて来た。
「ダメです。谷が深すぎて捜索ができません」
「町民によれば、谷に沿って何とか降りられる場所までたどり着くには5日かかるそうです」
オルディウスは散々待たされた挙句の報告に、ついに顔を真っ赤にすると、一人の騎士の胸ぐらを力任せに鷲掴んだ。
「この愚か者共が!! 何としても今日中に発見し救助を……」
オルディウスは、騎士の奥に見えた人影に言葉を止めた。
城壁を歩いて来るその人物の姿に、周りの騎士達も驚き畏れ、思わず後ずさりをしてしまう。
ポタポタと濡れた髪から雫を落とし、雨に降られたような姿で、その少女は歩いてきた。
「り、リダイア様っ!!」
その少女の名前を叫ぶとオルディウス達はすぐに駆け寄った。
「ご、ご無事で……!?」
降りる事ができない谷に落ちたと言われた少女の帰還に、幻でも見ているのだろうか、という驚きを帯びた声でオルディウスが訊くと、少女は変わらぬ凛とした顔つきで答えた。
「心配無用だ。すぐに騎士を集め、この地方全域のソロの捜索にあたれ」
リダイアが隣にいた騎士に命じると、ハッ! と返事をし、その騎士は奥へ駆けて行った。
リダイアがそのまま足を歩み始めると、オルディウスはリダイアと同じ命を近くにいた騎士達に叫び、すぐに彼女に足を走らせた。
「報を受け、心配しましたぞ。一体あの谷をどうやって」
「登る以外に何がある。谷に落ちる如きで私が死んだとでも思ったか?」
「いえ、滅相も!」
オルディウスの言葉に、リダイアは、フンと返すと、
「私のコンタクトバードを連れてこい。王には文書にて、この事をご報告する。夜は休みなしだ。すぐにあいつの捜索にあたる」
「し、しかしリダイア様、少しお休みになられたほうが」
気遣うようにオルディウスが言うと、リダイアは眉間に皺を寄せ言った。
「ソロの討伐を拝命したのはこの私だ。お前にとやかく言われる必要はない。それに、今の奴は深手を負っている。この機を逃すわけにはいくまい」
「はっ、はぁ」と戸惑いつつも返事をすると、リダイアは何かを思いついたように、足を止め言った。
「しかしながら小腹がすいた。私は船で文書を書く。その間にお前は私のもとにチョコレートを持ってこい。いつものやつだ。分かったな」
リダイアはオルディウスの返事を確認すること無く再び歩き出すと、オルディウスは敬礼をし、去りゆく騎士団長に返事をした。




