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ペスカ4

 牢の中、少女は呆然とする思いの中で言葉を繰り返していた。


(やっぱり……あの選択肢(みち)は間違っていたんだ……。

 国王様の言う通り……、ペスカは、あの時すぐに施設へ送るべきだったんだ……)


 国王様はこの国で一番偉い人。

 小さい頃から、皆がそう言っていた。

 国王様のお蔭で私たちは人として生きることができている。恐い他国の人達から、私たちは護ってもらっている。

 国王様の選ぶ道に間違いはない。

 

 国王様のすること、成すこと、仰ることの全ては――"正しいこと"。


(もっとちゃんと考えていれば、分かったはず。分かっていたはず……。

 私よりも凄い国王様が決めたことなんだから……、私たちが勝手に決めちゃいけないことだったんだ……。

 けど、良かった……。


 けど、ペスカはこれできっと幸せになれる。


 ゴメンね、ペスカ。バカな私を許してね。

 もう少しであなたを不幸に落とすところだった。間違った道へ進ませるところだった。


 ゴメンね……、ごめんね……)


 定期的に牢を訪れる兵達に暴力を受ける中、少女の心には渦潮のようにそのようなことばかりが巡っていた。

 そして、自身の処遇に後悔することはなかった。

 国で一番正しい国王の命に背いたのだ。それに罰が与えられるのも、きっと"正しいこと"。

 "正しいこと"をしていけば、世界は豊かになる。"間違ったこと"を続ければ、災いが訪れる。

 私が受けているこの罰も、きっと良いことに繋がっていくはず――



 そのはず――……。






「出ろ」


 ある朝のことだった。

 牢が開かれた時、看守の男の第一声はその言葉だった。


「え」と虚ろな声を漏らした少女に、看守は煩わしそうな顔で付け加える。


「お前は免罪だ。王の御達しだ」


 ぼんやりとした思考の中、次に視界に気が付いた時は、そこは監獄の外だった。

 空は相変わらずの曇天。あの日のように、小雨がポツポツと地面を鳴らしていた。

 何カ月振りかの外の光に眩しさを感じるも、その目がようやく慣れてきた時には、少女は街の中を亡霊のようによたよたと歩いていた。


 その雰囲気の違いに気が付いたのは、周囲を歩く人の気配にやっと思考が気が付いた時だった。

 ざわつく街の中、何かが足りない。

 建物、街行く人。

 街の景色は以前とあまり変わっていないが、明らかに何かが足りなかった。

 よく目にしていたものが、突然ぱったりとなくなったような、そんな違和感。


「しかしあれだねェ。今度の国王様にはしっかりやってもらいたいものだねェ」


 国王……?


 商店の前で店の主人と小話に花を咲かせていた婦人の声は少女の耳にかぎ針のように引っ掛かった。


「だな。御犬様布令は酷いものだった。ヒルガ様が手を打っていなければ、今頃この国は財政破綻で、それこそイルヴェンタールに呑まれていたぜ」

 

 主人の男もうんうんと、頷きながら言う。


 しかし、少女の耳に入ったのは聞き慣れない名だった。


(ヒルガ様……? 手を打つ?)


 そして、その内容が明らかになったのは、街の広場を訪れた時だった。

 数えられる程の大人たちが見ている掲示板。

 それを見ると、少女は魂を死神に駆られたように、その場に立ち尽くした。



「全ての犬を……さつ……しょぶん……?」


 少女の声は感情の抜けた声だった。

 瞬きのない目が掲示板に大きく張られた一枚の紙を見つめる中、風のように周囲の声が突き抜けた。


「前代国王には参ったぜ。国防よりも犬への支出が上回っていたと聞いた時には、この国はもう終わりだと思ったよ」


「ベルガ様って確か、大貴族のクオツ家出身だったよな。革命のお蔭でとんでも政治が終わったのは良いが、また変なことにならないと良いんだが」


「しかし矯正施設ごと焼き払うことはなかったんじゃないかね。わたしゃ、亡くなった犬たちが可哀想でならないよ」


「けど、あれは()()の使いだった、って言われても仕方がねえ。実際この国は、犬がきっかけで破綻しかけたんだ」








 ……ころ……された……?



 犬がみんな……? ペスカが……?









 少女に再び思考が戻った時は、そこは黒い土と無数の瓦礫の散乱した矯正施設の跡地だった。

 雨音が高速で打たれる太鼓のような音を激しく響く中、少女は光彩を失った瞳で膝の骨を抜かれたように、その場に足をついた。

 髪先から流れる水が落ちる黒い土に鋭く尖った白い塊が光るように見えた。

 しかし、少女の目にはそれすら映っていなかった。


 何も見えない黒い景色の中に独り取り残されたような虚無感。



 そして、少女の空洞になった胸の底から、サイレン音のような狂った、恐ろしい悲鳴が、崩れ落ちた廃墟の中に大きく響き渡った。

 

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