邪竜の心8
「ソロ!」
アルスが倒れたソロの体を支え起こすと、ソロは「うう」と唸り、ゆっくりと瞳を開いた。
「……アルス」
ソロが無事を微笑んで見せると、アルスも安堵の笑みを返した。
「グォオ……おのれ」
もう一つの唸るような声が聞こえてくると、ソロとアルスはハッと視線を向ける。
黒い靄の集合体のようだった影が、馬の顔を成し、人型が浮かび上がってくると、紅い瞳がギロリと眼光を放った。
「人間の小娘如きが……大人しく我に体と力の全てを明け渡せば良いものを……」
慣れない勇者の体に冒されたせいか、黒馬の剣士は荒く息を切らし、今までに見せたことのない弱った姿を露わにしていた。
ガイルのその姿が映ると、ソロの心に、波紋のようにある声が響いた。
――一度だけ、シェヴァリアは人間と共に過ごした瞬間があった。その翼が地に墜ちた時、人間の少女に
以前、魔物達の里で里長が話していた言葉。
その言葉に、先程、魂の中で自身が見た景色が重なると、ソロはようやく腑に落ちた。
「ガイル、君は……」
ソロがガイルに言いかけると、ガイルはその瞳をカッと見開いた。
「止めろ」
その声に、ソロは口を噤むも、ガイルの憤怒は鎮まらなかった。
さっきまで自身が憑りついていた小娘の目。
自分が優勢だったはずだ。身体の支配権を奪い、自在に操ることができていた。勇者の力も抑える事ができていた。
自身が、勝っていたはずだ。
そうであるはずなのに――
なぜ、お前も我をその眼で見る――!!
その目を止めぬかアアアアアアアアアッ!!!!!!!
ガイルが思い切りに腰の剣を引き抜き、地を蹴り飛ばすと、電光のように黒い光が走る。
しかし、その一撃は、アルスが抑えるのに十分な一撃だった。
それどころか、アルスの目がその動きを捉え、どんな攻撃を繰り出すのかを予測し、さらには、最後の攻撃を与える隙さえ作ってしまった。
激昂に駆られた一撃は、今までこの剣士の剣から放たれたどんな攻撃にも劣る、力任せだけの一撃だった。
黒い光とアルスがすれ違った時は刹那だった。
しかしその瞬間、頂点に達していた、ガイルの激昂は、後は下がるのみだった。
彼が気が付いた時には、勇者の小僧は自身の後方に映り、下半身の感覚は完全になくなっていた。
血飛沫と共に、視界が宙を回って映る景色は、音もなく、ゆっくりとしたものだった。
時間が再び動き出したのは、吹き飛んだ上半身が、床にドサッと落ち、立っていた下半身も、アルスの後ろで力が抜けた様に倒れた時だった。




