怨恨のさなかで7
大きな光の爪が走り、アルスを飲みこむと、壁に衝突すると共にガラガラと音を立てて崩れた。
怪鳥の像ごと粉砕した大技に、レオーネはブンと斧を振るった。
「……チッ」
不満足そうにレオーネは眉間に皺を寄せる。
腕で眼前を護るように構えていたアルスも思考が戻ると、不思議に感じた。
レオーネの技を受けたにしては、全く痛みを感じない。
恐る恐る視界を開くと、アルスは思わず口を開けた。
見覚えのある淡い青髪。鋭い光を放つ銀色の剣で防御の構えをしていた、その少女の姿に、アルスは口をパクパクとさせると、ようやくその声を出した。
「ソロ、お前……!」
なんでここに、と言いたげな声に、ソロは穏やかな視線を向けると、再びその剣のように鋭い瞳でレオーネに向き直った。
「また邪魔が入りやがったか! ようやくこれで、2人目を潰すことができたと思ったのによお」
レオーネはため息を溢した。
「2人目?」
「そうだよ。深緑の勇者、そして今そこにいる蒼穹の勇者だ」
深緑の勇者。
その名前を聞いた時、ソロの記憶の彼方から、凛とした懐かしい声と共に一人の少女の姿が戻って来た。
「君が、フォレシアを……」
ソロが思わぬ対面に呆気を取られた声で言うと、後ろから立ち上がったアルスが、
「そうだ、あいつがフォレシアを殺した。だから俺はあいつをここで殺す」
「フン、今に邪魔に入ったチビ小僧がいなければ死んでいた分際で、よく言えた台詞だぜ」
レオーネは嘲笑を浮かべて言うと、
「ソロ!」
聞き覚えのある女性の声が広間に響くと、レオーネもその女に視線を向けた。
紅玉のように赤い髪がなびくのを見ると、レオーネは、
「あいつ、イルヴェンタールの!」
ソロ達に駆け寄ろうとしたリダイアは、その声に足を止めた。
「貴様は……。奇遇だな、まさかこんな場所で再びお目にかかれるとはな」
リダイアは片腕を腰に携えた剣へ伸ばした。
レオーネもそれに応えようと斧を構えようとする。
「ダメ」
相変わらずの膜の張った声に、レオーネはがっくりとした。
「またかよ、今度は何だ?」
苛立った声にレオーネの肩に乗った少女は動じる様子もなく、その声調のまま淡々と言った。
「アルス、その前にいる子は蒼穹の勇者。そして、今来たのは緋炎の勇者」
「何だと、あのチビ小僧も勇者だと?」
レオーネが少し驚いた顔でソロを見ると、ペスカは頷いた。
「蒼穹の勇者が何で二人もいるのかは分からない。けど、3人は間違いなく勇者。3対1、あなたに勝ち目はない」
「またそれかよ、いい加減にしろ!」
今までにあった展開に、レオーネの怒りがとうとう露わになると、ペスカは、
「選ぶのは、あなた。死にたいなら、止めはしない」
「……チッ!」
レオーネはさっきよりも大きな舌打ちをすると、斧を担いで竜と獅子の像の間の階段に向かって駆けて行った。
「待ちやがれッ!!!」
アルスが怒鳴り、今にもレオーネを追いかけそうになると、ソロはその前に立塞がるように立ち、
「リダイア! 奴を!」
ソロの言葉にリダイアは頷き、すぐにレオーネの跡を追った。
「ソロ、お前、何で止めやがる!」
アルスが訊くと、ソロは振り返り、落ち着いた声で言った。
「アルス、ボクはアルスに、彼を殺させはしない」
アルスの顔を改めて見ると、ソロは心の奥底で、恐怖していた。
「ふざけるな――!!」
怒声が轟雷のように浴びせられるも、ビクッとしそうな体をソロは堪えた。
しかし、確信した。
ソロは、今目の前にいる者が、アルスではないと分かっていた。
「アルス、今のアルスはボクの知っているアルスじゃない。
覚えてる? 赤の大地で見た、"地獄"のこと。
"荒ぶる憤怒の渦巻く世界"。あの場所は、そう言われていたね」
「それが何だ?」
「今のアルスは、まるであの世界と一緒だよ。暗い世界の中に、肉塊のような憎悪と怒りだけが閉じ込められているような、そんなの、ボクの知っているアルスじゃない。
レオーネを倒せば、確かに怒りは少しは晴れるかもしれない。だけど、その後に一体何が残るというんだい。フォレシアも、それを望んでいるわけが――」
ソロはそこで口を止めた。いや、止めさせられた。
ソロの目の前にはキラリと光る金の剣の先があった。
「アルス……」
ソロの眼に映っていたのは、無表情だが、今まで見たどんなアルスよりも恐ろしく、冷酷な顔だった。
「ソロ、そこをどけ。お前が邪魔をするというなら、お前は、俺の敵だ」
アルスの冷たい氷のような声は、もはやアルスの声ではなかった。
呑みこまれてしまったのだろう。
もうきっと、どんな言葉も彼には届かない。
「分かった、アルス」
ソロは銀色の剣を構えると、アルスに向けて立ちはだかった。




