怨恨のさなかで4
「待って……アルス……」
胸から精一杯の声を絞り出し、ソロはゆらりと立ち上がるも、アルスの影は下階へと消えた後だった。
「うっ」と、一度両手を地面につける。息は切れ、嫌な汗が垂れていた。
「ソロさん!」
シエナの声と共に急ぐ足音が近づいて来ると、ソロは視線を横に向けた。
「動かないで下さい。今回復呪文を」
シエナはソロの背に優しく掌を添えると、素早く呪文を詠唱する。
柔らかな光がその白い手から一瞬淡く発せられると、痛みは驚くほどに軽いものになった。
「ありがとう、シエナ」
ソロが言うと、シエナは微笑みを返した。
そして2人は辺りを見渡すと、白い煙の中に2つの人影が浮かんでいた。
「ソロ、無事か!?」
ダイガの図太い声が飛んでくると、ソロは「何とか、大丈夫だよ!」と大きな声で返した。
「こっちも無事よ! エルダ様と一緒!」
もう一つの人影からミーニャの高らかな声が飛んでくると、そのすぐ奥に煙の晴れた場所に紅い髪が見えた。
「こっちも何とかな」
リダイアのそばには、ヒマリを支えたオルディウスが立っていた。
恐らくヒマリを庇ったのだろう。
全員の無事が確認できると、ソロはすぐにシエナに向き直り、
「シエナさん、皆を頼む」
皆の無事を確認できた安堵の次にソロの胸に満ちたのは、アルスのことだった。
もはやソロの思考はそれにとらわれたように、シエナにそれだけ告げると、すぐさまに走り出した。
「えっ、ソロさん!」
シエナの言葉に振り返ることもなく、ソロは一目散にアルスの飛び立った穴に向かって走った。
何階あるのだろう。
無限に続くように開いた大穴には、各階の断片がどこまでも闇の底へと続いていた。
ソロは大きく息を吸うと、アルスの持つ力――勇者の力に意識を集中させた。
しかし、ソロに跳ね返ってきた力の波紋は、これまで自身が感じてきたものと大きく違っていた。
この世界に着いた時や城の外と異なり、それは素手で触れたように明瞭だった。
それはまだ冷え切っていない溶岩のように、どこか冷たく、そして、その内はグツグツと煮えたぎっているようなものだ。
ソロはその感覚を頼りに、地を蹴り飛ばすと、下の階、また下の階へと、跳んで降りて行った。
深部に近づいていく程に、その空気は冷たく感じられた。
ちらほらと灯りが見えるも、下へ向かうほどにその数は減り、辺りは徐々に暗くなっていく。
そして――。
すたっ、と足が地面に着くと、ソロはサッと立ち上がり、辺りを見渡した。
薄暗い視界の中、そこは爆撃されたように円形の窪みになった広間の中心であり、ここがアルスの一撃の終着点ということが分かると、ソロは視線を上に向けた。
天井は自分の来た穴がどこまでも続き、一等星のように光が輝いている。
その気配を感じると、ソロはハッとした。
なだらかな斜面の上に立つ何者かに、ソロは一瞬身構えるも、すぐに眉を上げた。
「アルス……?」
この薄暗さにようやく目も慣れて来たのだろう。
はっきりと見えるようになったその目には、確かに一番信頼している仲間の青年の姿があった。
広間を山彦のように響いた声に、その青年は今度はしっかりと気が付き、ピクリと歩み始めた足を止めた。
「……ソロ?」




