マナの地7
――この世界、今いる貴方達が住む世界ができるよりも昔の話になります。
そこは、果てしなく闇だけが存在するところでした。
その始まりを知る術は、今となっては何ものも分かりません。天も地も、全てが闇に閉ざされた世界。ただ、その世界だけがそこにあったのです。
そこには秩序は無く、弱きものは強きものに淘汰され、屠られ、無尽の欲望のみがどこまでも広がっていました。
しかしある時、その世界は突如として終わりを告げました。
天が裂け、そこから溢れる光とともに、その世界の者ではない民たちが舞い降りたのです。
これが、それまで唯一の存在であった闇が初めて闇となり、光が生まれた瞬間でした。
秩序と自由を愛した光の民たちは、地上を蹂躙していたその世界の民達、闇の民たちに話を持ちかけました。
秩序を作り、強きものが弱きものを支える、自由と愛に満ちた世界にしよう、と。
しかし、秩序無き世界こそが正義と考えていた、闇の民は彼らを異端としその牙を向けました。
その世界の主たる存在であった闇の神、そしてそこに舞い降りた光の民達の長、光の神を初めとし、永久に思えるような時間の中、激戦が続きました。
闇の神の力は強大で、それに対抗するべく光の神は3柱の自身の分身を創りました。
後に、蒼穹、深緑、緋炎と呼ばれるようになった、その3柱の神々に続き、その間からは金色、紫電の名を冠する神が生まれました。6柱となった光の神は、なんとか闇の神の力を抑え、それを封じることで長い戦いは終わりを迎えたのです。
闇の神とその民達は暗黒世界の一部と共に、別の世界に封印され、闇だけが支配していたその世界は光の神たちによって創りかえられました。
しかし、地上に降り立った光の民達が秩序をつくり平穏な世界を築いていく一方で、天では新たな争いが始まっていました。
光の神たちは、その世界を導く権利を巡り、いがみ合いを始めたのです。無数の議論が交わされ、話し合いを重ねても、互いを分かり合うことはありませんでした。
とうとうその争いが、戦いに変わると、平穏を築いていた世界は災厄に見舞われました。海は荒れ、天は狂い、大地が裂け、多くの生命が消えました。6柱の神々が戦う中、その封印の力は弱まり、ついには闇の神の封印は破れてしまいました。闇の神が大軍を引き連れ、その戦いに加わることで、これまでにない惨劇が世界を襲いました。
戦いは終わることはなく、時が経つにつれ、神々の体は次第に朽ち果てて行き、ついにはその肉体は滅びてしまうまで大災厄は続きました。
神々の肉体が滅びれば自ずとその戦いは収束し、地上では荒れ果てた世界だけが遺されました。
神々はその魂だけになっても争いを続けていました。
その魂は、地上に住まう者の体を依り代として宿り、覇権を巡って争った時間――約2000年おきにその魂が目覚め、今に至るまで戦いが繰り広げられてきたのです。
神々の遠い時代を忘れてしまった地上の民達は、その特別な力を宿す者達のことを"勇者"と呼び、その存在を崇めました。
神々の魂に導かれるまま、勇者達がその力を揮い戦うたびに、世界はあの災いに見舞われました。
長い世界の記憶を見ているような感覚から目が覚めると、ソロはゆっくりとその視界を開いた。
(……そうだったんだね)
ソロは何ともいえないような気持になっていた。
勇者達、そして自身の持つ力は、未だに世界を巡って争う神そのものであったということ。
以前、聖剣に宿る聖霊が語っていた話と重なると、確信した。
大災厄は、魔界との衝突で起こるものでなかった。それは大災厄の一部であり、その根本はまさに、自分たち、勇者と呼ばれる存在があることだった。
勇者が生まれることは争っていた神々の魂が目覚めたことを示す。その度に神々、勇者達はこの世界の導き手を巡って戦い、そしてそれが終われば敗北した神々の魂は暫くの間、眠りにつく。しかし、また2000年が経てば、同じ戦いが繰り返され、決して終わることはない。
ソロはハッとした。リュカ、そしてフォレシアの言っていた"聖戦の真実"。そして、彼らが望んでいたこと、伝えたかったことを、今ようやく理解できたような気がした。
そして、この時、冥闇の勇者、そして魔物達がなぜ自身らを憎んでいるのか、その理由もようやくたどり着くことができた気がした。
彼らからすれば、自分たちは元々彼らの住んでいた世界を奪った者達の子孫。そして、彼らが絶えずこの世界に侵攻してくるのは、この世界を支配したいが為ではなく、取り戻したいが為。
今まで、魔界の住民たちは、もともと光の世界として存在していたこの世界を侵略したいがために攻めてきているのものだとばかり思っていた。
しかし、それは間違っていた。もともとこの世界は闇の世界そのものであり、魔界の住民たちはそれを取り戻すために戦っているのだ。
そろが思考を巡らしていると、再び声がソロに語り始めた。
――神々の魂は絶えず、眠りから覚めるたびに争い続けてきましたが、中には何度も交流を交わし、絆を深めてきたこともあります。しかしそれは、神々の意志というよりは、その依り代である者達の意志によって成されてきたものと言えるでしょう。
現に神々の魂は争いの心に穢され、その意志はそれ以外にはありません。
だからこそ、古い時代に神々と意を通じる事のできた者達が勇者たちを導く必要がありました。勇者達を来たるべき戦いに向けて、導くことができる存在。その役割はマナの民の末裔たちに与えられました。彼らがマナの民の子孫であるということは、今となっては忘れ去られてしまったことでしょう。
マナの民の血を僅かにでもひけば、神々の魂に応え、その言葉をきくことができます。神々の魂は彼らを選び、かつて宿っていた理性のみが彼らに神託として助言を与えるのです。
それは、神と直接話しているというよりは、導く者たちの悩みに応えるように、世界そのものに組み込まれた神の理性が反応している、といったほうがいいかもしれません。
ソロには、それがまるで"この世界にはもはや確かな神がいない"ように思えた。神の意志はただただ戦うためだけに赴き、勇者達の導き手に神託を告げるものがとても受け身なものに思えた。
導き手の悩みに対して、勇者達が戦いに向けてどうすれば良いか、その助言を与える。それは意志ではなく、かつて宿っていた理性。それも体からも魂からも離れ、世界そのものに組み込まれたものなら、なおさらだった。
(この世界に、神様はもういないんだね)
ソロが落胆したような少し沈んだ声で言うと、声はゆっくり頷いたように思えた。
――しかし、今この世界、そして魔界と呼ばれる世界は、かつてない危機に晒されています。
闇の民達の末裔は、光の民達への憎悪を、この世界が生まれた時からあの閉鎖的な世界で積もり積もらせてきました。そして、その憎悪はやがて意志を持つようになり、今となってはその肉体をも構築しようとしています。
ソロは思わず電気が走った様に視線を上げた。
――彼は肉体を持ち、あの世界、そしてこの世界の両方を手中におさめ、唯一の神になろうとしているのです。
蒼穹の勇者の子よ、私が貴方に伝える事ができるのはここまでです。
さあ、行きなさい。そして、世界を貴方達の手で創っていきなさい。
その声が消えるように視界が白になっていくと、ソロは頷き、その中に消えて行った。




