血戦の大地5
ソロの話が終わると、納得した頷き声が空気に振動した。
「戦では不確かな情報は命取りになりかねない。裏の取れない情報が入るくらいであれば情報が無い方がマシというくらいだ。
だが、奴がこの大陸に到着するまでに残された時間はほとんど無い。5日もあれば、悍ましい者達を率いて、大地を血の瘴気に帯びたものに変えるだろう」
「リダイア様」
オルディウスの声に、深く瞼を閉じていたリダイアは、翠色の瞳を見せると彼に、
「もうこれ以上の戦略に迷っている場合ではない。
それに、幸いだろうか、ソロの推測が真なるものだったとすれば、我々が勝利を手にするに相応しい戦場がある」
リダイアの机に添えた手は、赤い線の先にある、ある海溝を示していた。
アペロン海溝――。
世界最深を誇る海溝の名をミーニャが声に漏らすと、リダイアは頷いた。しかしミーニャが口にしたのはその海溝そのものの名ではなかった。
"海魔の口"。
海溝には緩やかなものから谷のように極端になっているものまで様々あるが、この海溝は後者の方であった。それも「急」という言葉よりは「突然」という方が適切な表現だった。海の中の断崖絶壁のような直線の巨大な穴が、底なしのようにどこまでも闇に広がっているのだ。
「賢知陣であれば知っているだろうが、あの海溝は未だに底が確認されていない。
如何に山のような化物といえど、一歩足を踏み入れれば、必ずやこの海の魔物に飲みこまれてしまうことだろう。しかし問題は」
「どうやってその魔物を、海溝に陥れるか」
ソロがリダイアの話を繋ぐと、リダイアは「そうだ」と頷いた。
「奴とてバカではないだろう。そう易々とその海溝に落ちてくれるはずがない。話に聞けば、魔法使い達の攻撃も全く効き目がなかったという。我等が持つ大砲兵器如きでは、傷一つ付けられないだろう。
だが、ここには勇者達がいる」
リダイアがソロに視線を向けると、ソロも眉をキュッと引き締めた。
「……やってもらうしかないか」
ダイガが申し訳なさそうに言うと、シエナもいつも以上に心配そうな表情を浮かべた。
「わしらにも、まだできる事はある」
ミーニャの横からエルダが話すと、皆の視線がエルダに集まった。
「"破壊の獣"。奴は2000年前にも、魔物達を引き連れその姿を現した。じゃが、奴を含め魔物達にはある弱点がある」
「弱点……ですか?」
シエナが首を傾げると、エルダは「うむ」と頷き、答えた。
「光じゃよ」
その単語に、ミーニャ達が疑問符を加え繰り返すと、エルダはそのまま話を続けた。
「大昔にこの世界に居座り、今なお生息する魔物達は既に慣れてしまったじゃろうが、今ここに向かっている魔物達は最近に魔界より出でたもの。魔界は光を忌み嫌い、闇ばかりが支配する世界と聞いている。もし、そんな者達が光を浴びたとすれば、滅ぼすまでは行かぬが、少しは攻撃を与えることができるはずじゃ」
エルダの言葉に、ひどく納得したようにオルディウスは唸った。
「確かに、ここ数日は、ここばかりではなく、世界の至るところで只ならぬ暗雲が立ち込めていますな」
「あの雲を追い払い、日の光を浴びせるだけでも、奴らには効果がある。雲を追い払う為には、わしら、魔法を使う者の出番じゃよ」
エルダに、ミーニャは誇らしく微笑み頷くと、それに鼓舞されたようにダイガも、
「このままやられっぱなしという訳では、ラスピスの戦士として引き下げれぬからな。俺達も全力でサポートさせてもらうぞ!」
ガッハッハとダイガの久々の豪快な笑いが響くと、次々と威勢の良い声が上がった。
その中、リダイアとソロはお互いにもう一度顔を合わせると、2つの手は宙で強く握られた。




