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狂瀾17

 シエルが闇の中に消えるのを見ると、ウィルは立ち上がり、杖を(かざ)す。

 球体の空気の膜のようなものを(まと)ったウィルの体がふわりと宙に浮くと、ヒマリはウィルを呼び止めた。

 その声に、ウィルはヒマリに振り返り見下ろすと、


「魔界は闇の勇者の居城がある場所。そんな所に飛び込んで1人で戦うなんて、光の勇者でも無茶だ!

 光の勇者が敗れれば、闇の勇者を打ち破ることも難しくなる。

 それに――」


 ウィルは少し俯くと、目をギュッと結び、再び開いた。


「それに、僕には魔界(あそこ)に行かなければいけない()()がある」


 ウィルの表情は、今までになく凛としたものだった。

 しかしそれは、まるで何かを隠しているような、言いたくとも言うことのできない、どこか申し訳なさげな光も帯びていた。


「私も、行きます」


 この戦いは今までになく凄惨なものになるだろう。命の保証などどこにもない。

 それに、長い間共に時間を過ごしてきた誰よりも大切な人だ。

 治癒魔法で塞いだ、赤く滲んだ傷跡のある片目はもう何ものも捉えることができないのだろう。

 しかし、こちらを見つめている少女の目は、何を言っても聞かなそうな覚悟を訴えていた。


「……分かった。行くよ!」


 ウィルが杖を振り、ヒマリに同じ魔法をかけると、ヒマリの体にも膜が覆い宙に浮かび上がる。

 そして、2人は互いの顔を一度見合わせると強く頷き、光となって流星のような速さで闇の中へと飛び込んで行った。



 ウィル達がそうして飛び込む、少し前、アルスは別の光を見ていた。

 

「あれは……」


 一瞬だが、魔界の門に飛び込む金色に輝く光の球、その中にいた2人の輪郭を見ると、アルスの表情は鬼神のように恐ろしいものになる。

 レオーネとペスカだ。

 アルスはフォレシアの亡骸を最後に一度思い切りに抱擁すると、そっと寝かせた。


 奴だけは絶対に許さない――


 もはやアルスの頭には、魔界の脅威という単語は、目の前を飛び去った賊王に対する憤怒に溶かされ失せていた。


 奴さえブチ殺せればそれで良い。肉塊も残さず、潰してやる。


 その思いのままに、アルスは、慣れない超高速移動の魔法を自身に唱えると、ウィル達のように、刹那の速さで魔界の門へと飛び込んで行った。


 

 そのアルスの青い光が闇の中に消えた直後だった。

 ソロは、今消えた光がアルスのものだと気づき、その名前が電気のように走っていた。しかし、その名前と共に浮かび上がろうとしたその感情、すぐに書き換えられる。

 魔界の門が徐々に大きくなり始め、夥しい軍勢がゾワゾワと蟲の群れのように現われ始める。

 ソロは、ミーニャ達を起き上がらせると、焦燥を顔に走らせた。


「皆、早くここから逃げて!!」


 高く響く声だった。

 叫ぶしかなかった。

 あの大軍を相手にするには、勇者一人の力ではとても足りない。


 皆死んでしまう。


 その言葉だけが、第一声の後に残った、自身への無力感の中で響いた。

 頭の中が真っ白になる――。


 バリバリバリッ!


 大きな紙を思い切りに破くような音に、ソロはハッと振り返った。

 空に踊り出した魔物の軍達も、何事かというように、動きを止める。


「なっ」


 ガイルは思わず、声をあげた。

 大きくなりつつあった魔界の門が渦を巻きながら、今度は逆再生するように、徐々に小さくなっていく。

 中からは魔界から脱出せんというかのように、魔物達が激流のように飛び出して来る。


「何事だ!?」


 ゾラが飛び出して来た竜兵の一人に怒鳴り言うと、竜兵は慌てた様子で、


「ひ、光の勇者が我等の門を内側から閉じ始めたのです!」


「何だと!?」


 そして渦が見る見るうちに小さくなっていくと、最後はぷつんと切れた糸のような音を立てて消えてしまった――

 その次の瞬間、ソロの視界は一気に真っ暗になった。

 魔界の門が閉ざされたと同時に、爆風のような風が円心状に広がった。

 そこにいた全ての者を殴り払うように風が吹き飛ばす。

 地表の雪は完全にベリベリと恐ろしい音を立ててはぎ取られ、山々は茶色の姿へと変わった。

 悲鳴は最初ばかりに響き、吹き飛ばされた土の当たる肌の痛みと共に雑音が鼓膜を破る勢いで耳を覆った後、ソロの意識はプツリと消えた。


 


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