狂瀾16
パリパリと糸きれのような最後の電撃が数本走り空に溶けると、シエルはスッと剣を下ろした。
終末期のような緊張が呆気なく解け、周りの者は夢でも見ているような気の抜けた顔でその一部始終を見つめていた。
しばらくの間、その膜のような沈黙が続き、そして、地上から1つ歓喜の声が漏れると、それは太鼓を叩いたような大きな歓声へと一瞬で変わった。
「やった、やったぞお!!」
「我々は勝った! 世界の絶望に勝った!」
「あの方は神の遣いに違いない! 聖なる光で闇を打ち払われたのだ!」
勝利の声の中、ミーニャとシエナも互いを抱き合った。
ダイガやエルダ老も安堵したような顔を浮かべた。
ソロも剣の構えを緩め、一度口元を和らげたが、すぐにゾラの方向を見た。
しかし、先程まで殺気立っていた猛獣の戦士は、闘争心を失い、抜け殻のように魔界の門のあった空を見上げていた。
もうこれ以上戦ってくる様子もない。
ソロはミーニャ達に再び振り返ろうとした。
電気のように肌がビリビリと立つと、ソロはバッとその方向に振り返る。
それに気づいたのはソロだけではない。
シエルの瞳も険しいものになっていた。
"フフフ――
アハハハハ"
無垢な子どものような、しかしどす黒い邪悪が込められた、笑い声が辺りに響き渡る。
喜びの声が上塗りされたように消え、不気味な微笑みだけが包み込むと、シエルは眉を顰めた。
「セア……!」
その声に応えるように、少女の声は言った。
"こんなこと如きで私達の革命が終わったと思って、シエル?"
ピキピキと空中に亀裂が走る。
「おいおい、嘘だろ……」
ダイガはその光景に先程の笑みを完全に消した。
縦に走った亀裂から、次々に樹木の枝のようにヒビが走る。
シエルも予想をしていなかったのだろう。
セアを決して侮っていたわけではない。寧ろ、脅威とし恐れていた。
セアの魔力はやがてその結界の力を弱め、次の聖戦の時代には魔界の門は再び開かれてしまうことだろう。
だからこそ、セアを魔界ごと封印し、自身の治となった2000年間、二度と開かれることのないよう、より強力な結界を生成することに力を注いだ。
自身を神域の世と同化させ、世界そのものの力を蓄えた。
確かに早期の受肉化となり、それなりの力は消耗したものの、大聖霊の宝珠の力を借りれば、それを補う以上の遥かに強力な力を得ることができた。
全ての力はこの時のため。
魔界の軍の進撃ギリギリまで力を高め、そして放った――。
シエルの表情には初めて絶望の色が浮かんだ。
セアの圧倒的な力を骨の髄にまで痛感させられた。
轟音を立て、空間が崩落した壁のように開くと、その中央にはどんなものにも畏怖と絶望を感じさせる存在がゆらりと浮かんでいた。
大多数と打って変わって、ガイルとゾラは抑えきれない歓喜を胸の底から奮い上げた。
目の前に立つシエルの顔に、セアは思わず笑みを溢した。
2000年前、自身とその一族を狭い闇の世界に閉じ込めた時、それが当然かのような眼差しで見下していたあの女が浮かべている、あの表情!
「アッハハハハハハハハハ! アーッハハハハハハ!」
セアは腹を抱え、胸の張り裂けそうな声で笑った。
セアの後ろに立つ無数の影。魔物達の軍勢も、シエルを嘲笑するように笑う。
シエルは、ハッとすると、瞬きをした。
高笑いする宿敵の奥――夜よりも深い闇の中に確かにいる、その存在に。
「そこにいる貴方は……一体何者なのです――!?」
剣を向けシエルが声を上げ問うも、その存在が答える事はなく、代わりにセアが返した。
「シエル、貴方が知る必要はないわ。だって、もう貴方達の世界は終わりなんですもの!」
その声にシエルは、声を張り上げ、光線のようにセアに激突した。
思わぬ突撃に、セアはシエルに押され、闇の中へと追い返される。
「良いわ、貴方が望むなら、私達が閉じ込められていた世界で決着をつけてあげましょう。来なさい」
セアが闇の奥へと消えて行くと、シエルも夜に輝く1つ星のように、その闇の奥へと飛んで行った。




