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イリオンとソロ1

 黄色いごつごつとした岩と砂で築かれた山脈の(ふもと)を歩いていた時のこと。

 緑の生い茂る森の手前にあった、そっと置かれたミニチュアのようにひっそりと佇んでいた小さな町を、小さな冒険者の少女は訪れた。

 滑らかな外壁を持つ建物が並び、奥には赤い屋根の教会の鐘が見える。

 午後の柔らかな陽の光に包まれ、ゆったりとした時間が流れていた。

 少女は今夜泊る宿を確保すると、早速町の案内所へ向かった。

 村役場のような建物の中に入り、受付の女性に少女はいつものように訊ねた。


「この町で、クエストはありますか?」


 受付の女性はそれを聞くと、物珍しそうに少女を見て、


「あら、旅のお方? この町に旅の方が訪れるなんて珍しい。しかし残念ながら、この町でクエストの依頼をする方はあまりいらっしゃらないのですよ」


 細波(さざなみ)のように明るい蒼い髪の少女は、町の穏やかな雰囲に納得したように、微笑み返した。


「とても穏やかな町ですもんね」


 受付の女性も誇らしげに微笑み頷き返事をする。


「ああ、そうだわ」


 女性は何かを思い出したように、少女に少し待つように言うと、奥の部屋へ入って行った。

 奥の部屋から間もなく女性が戻ってくると、手に持った手紙を少女に差し出した。


「町長さんがこの前何やらお困りの様子でいらっしゃるのを住民の方から伺いましたの。この紹介状をお見せになれば、すぐに話を通して頂けるはずです」


 少女は手紙を受け取ると、「ありがとうございます」と返し、案内所を後にした。



 石造りの階段を上がり、丘の上にある立派な家につくと、少女は扉を3回ほど叩いた。

 どなたでしょう、という声が聞こえ、扉が開くと、老婦人の顔が現われる。

 少女は老婦人に、事情と紹介状を差し出すと、老婦人は歓迎するように優しく微笑み、少女を中へ案内した。

 滑らかなフローリングの床を歩き、客間で腰をかけるよう勧められると、少女は椅子に座った。

 少女よりも若干年上そうな、18,9歳ほどの侍女にお茶を差し出されると、少女は、いただきます、とティーカップに口をつける。


「お待たせ致しました」


 部屋に現われたのは、ふくよかな体型の初老だった。

 丸い老眼鏡をかけ、肌触りの良さそうな紺色の衣服を着ている。

 先の曲がった杖を前に付きながら、少女の対面席につくと、初老は優しそうに微笑み挨拶をした。


「私がこの町の町長、マルタン=ボッケリです。旅のお方、よくお越しくださいました」


「こちらこそ、こんな穏やかな町を訪れることができて光栄です」


 少女がそう言うと、マルタンは、ほっほっほ、と嬉しそうに笑い言った。


「気に入って頂けたようで何よりです。さて、旅のお方。クエストを案内所の方で求められたと伺いましたが、冒険者のお方ですか?」


「はい。世界中でクエストをしながら旅をしています」


 少女の言葉に、マルタンはうんうんと頷く。


「失礼ですが、クエストライセンスの方を見せて頂いても良いですかな?」


 少女は赤いパスポートのような物を取り出すと、マルタンに手渡した。

 マルタンは眼鏡を整えると、少女のライセンスを開き、目を見開いた。

 金色の月桂樹と鷲が描かれた紋様の中央には『Ⅹ』の字が記されていた。

 クエストライセンスは、世界で認定された冒険者に必ず渡されるもので、冒険者の実力を表すものでもあった。

 ランクは、『Ⅰ』から『Ⅹ』まで存在しており、モンスターの討伐実績やクエストの達成数、各職業の段位、訪れた国の数やその国で挙げた功績などで決定される。

 『Ⅶ』以上の階級は上位冒険者の枠組みに入るが、『Ⅸ』以上のランクを持つ冒険者は、一生に一度お目にかかることができるかできないかと言われるほどに少なく、『Ⅹ』を持つ者の数は1桁台であった。

 マルタンが驚いたのはそれだけではない。

 ソロという名の少女の実績は、とても信じられない偉業ばかりであった。

 全ての職業段位は頂点を修めており、どれもが師匠段であった。

 それに加え、国家単位の危機を救った者に贈られる朱印が、数ページに渡り押されている。

 達成したクエストの数は、記入規定を越えている者にしか記されない『Honored』の金印マークのみが記されていた。


「こ、これは驚いた。見てみなさい」


 マルタンがライセンスを老婦人と侍女に見せると、二人もマルタンと同じ顔で、ソロのライセンスに見入った。


「何てこと……! まさか、このような凄い方がこの町にいらっしゃるなんて」


「ソロさん、私は貴方のような素晴らしい冒険者の方をこの町にお迎えできて、とても誇らしく思います。町の者を代表して歓迎の言葉を言わせてください」


 マルタンがそう言うと、ソロは照れ臭そうに言った。


「そんな大した者ではありませんよ」


「そうだわ、貴方。折角このような凄腕の冒険者さんがいらっしゃったのですから、一つ、あのことをお願いしてみてはいかがでしょう」


 老婦人が言うと、マルタンは、うむと頷き、顔を少し曇らせてソロに言った。


「ソロさん、この町にクエストはありませんが、一つ困り事があるのです」


「何でしょう?」


 ソロが首を傾げ言うと、マルタンは静かに話し始めた。


「この町の先にある森を抜け、山道を道なりに行くと、黄金に輝く遺跡に辿りつくでしょう。そこにはイリオンという魔獣が住み着いておりまして、遺跡の前を通りゆく者達を一飲みにしてしまい、犠牲者が後を絶たないのです」


 マルタンが話すと、老婦人は話のバトンを受け取った。


「以来、遺跡の麓にあるこの町にも、旅の方々はイリオンを恐れ、滅多に立ち寄ることはなくなりました。あの恐ろしい獣がいつの日かこの町を襲いに来るのではないかと、町の皆さんも不安に過ごしているのです」


「ソロさん、もしソロさんが宜しければ、あの邪悪な獣を討伐してもらえないでしょうか? お礼の方は必ず致します」


 マルタンが頭を下げ頼むと、ソロは微笑み頷いた。


「分かりました。ご依頼、お受けします」


 ソロがそう言うと、マルタン達は喜びの表情を浮かべ、ソロにお礼の言葉を述べた。


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