狂瀾14
少女の勇ましい声と共に、鍔迫っていた剣が弾かれるように離れると、ガイルは大きく跳んで後退した。
「はあっ!」
ガイルに隙を与えんと、両手で構えたヒマリの剣が振り下ろされると、ガイルはそれを「フン!」と自身の剣で封じる。
そこから、ギン、ギンと白の刃の弧が素早く描かれ、再び両者の剣が勢いよくぶつかると、剣を震わせながらガイルは、
「知識ばかりを誇る人間風情にしては洗練された剣術だな」
「そう言って頂けると磨いた甲斐がありました。あんまり甘く見ないで下さいねッ!」
ガイルの剣を力任せに跳ね除けると、ガイルは弾かれた剣をその勢いのままに一回転させヒマリの剣にぶつける。
そこからガイルの猛攻が始まると、ヒマリはガイルの動きに全神経を集中させた。
自身の導く勇者。その勇者がそれに相応しくない幼い子どもだと知った時から、鍛えに鍛えた剣術。
勇者と云えど、この子は私が護らなければ。その一心で研ぎ澄まされたヒマリの剣技は、一国の上級騎士に匹敵する、あるいはそれ以上のものだ。
ガイルの見事な剣技を剣で防ぎ、わずかな身のこなしでかわし、そして一瞬の隙を捉えると強烈な一撃を返した。
ガイルは、その一撃を手についた篭手で防ぐも、思わず「クッ」と声を漏らす。
魔界で最強を謳われる剣の名士。ヒマリがその剣について来ることができたのは、ガイルが手を抜いていた訳でもなければ、弱かったということでもない。
純粋に、その少女の剣術がその名士に敵うものだったというだけだ。
魔界の外の世界で強者とあいまみれる事は容易に想像できた。2000年前も、勇者やその側に付く者達と剣を交わしたからだ。
しかし、こんなにも早くそれ程の者と刺し合う事になろうとは。
ガイルは思わず笑みを漏らした。
頭も冴えるようだ。常に眼帯で封じられた目の側、死角より攻撃を仕掛けて来る。
だが――
ヒマリの突きと同時に地を蹴るとガイルは宙を大きく一回転する。
背後を取った。
しかしこれ程の腕の少女ならば、背後を取られた瞬間、その攻撃を封じる程の瞬発力を持っている事だろう。
そしてそれを行使する。
ヒマリは突きから連続させ、そのまま後方へ剣を大きく振ると「しまった」と心で声を上げた。
ガイルは既に腰を低くし、ヒマリの剣は彼の頭上を駆けていた。
白い光の弧の軌跡が消えぬ間に、ガイルは下から上に大きく剣を振り上げ縦に三日月を作った。
ギンという刃の音。悲鳴と共に、ヒマリは顎元を殴り上げられたように大きく宙を返る。
しかし、着地は見事に成功した。
ガイルは剣を大きく振ると、剣先から赤い一滴が飛んだ。
「大したものだ。本当ならば、今の一撃で仕留めていた」
ガイルがため息気味に言うと、ヒマリは片目を抑えた。
まだ視力の残っている目の視界には、赤い血がべっとりとついた手のひらが映った。
熱を持った激痛が闇に閉ざされた目に走っている。
「視界が先程の半分しか無いのなら、もはや勝負はここまでだな。往生せよ」
剣を構えると、ガイルは「む」と眉を上げた。
不敵に微笑む少女は立ち上がると、抑えていた手のひらを目から離し、剣をガイルに向け構え言った。
「いいえ、これはハンデです。既に初めから片目を無くしている貴方と、ようやくこれで対等になれましたね」
その言葉にガイルは、微笑みを返すと、2人はカッと何かを合図にしたように目を見開き、地を蹴り飛ばした。




