狂瀾9
舞い上がった砂煙からようやく視界が開けてくると、大地には大きな亀裂と穴が開けていた。
アルスはすぐに辺りを警戒する。
「クソッ!」
煙が晴れて来ると、もうすでにそこにはレオーネの姿はなかった。
アルスはもう一度辺りにレオーネがいない事を確認すると、すぐに倒れているフォレシアのもとに一目散に走った。
「フォレシア、フォレシア!」
首の後ろに手を回し呼び掛けるアルスに、フォレシアの瞼は薄らと開いた。
「ァ……ゥ……ス」
か弱く消えてしまいそうな掠れた声。
アルスは咄嗟に自身の服の腕の布を思い切り破ると、動脈の位置を調べ、千切れたように引き裂かれたフォレシアの腕に縛ろうとした。
しかし、アルスの頬に触れた白い震えた手が、アルスの手を止めた。
アルスも既に分かっていた。
これはただの傷ではない。精霊殺しに使われる呪術と強力な毒の込められたものによる傷だ。
そんな一撃を受け、今まだ息をしていること自体奇跡的だった。
冷たくなり始めた白い手に残っている温かさが肌に伝わると、アルスは目にはフォレシアの微笑みが映った。
目の下が熱くなり、大粒の雨の雫のようなものが、彼女の頬にポタポタと落ちる。
それと同時に込み上がって来たやり場のないぐちゃぐちゃとした溶岩のようなものを込め、地面に殴りつけようとした腕を、フォレシアの背中に回すと、アルスはエルフの少女を強く抱きしめた。
アルスの顔は見えずとも、薄れゆく意識の中、声の無い、空気のように掠れた泣き声が聞こえて来た。
もう腕に力は入らない。身体も動きそうになく、宙を飛んでいる時のように軽かった。
「アル……ス」
ふと力一杯に出した音。それが声として出た時、フォレシアは胸の内で天に感謝をした。
最後にアルスと、彼と話せる時間をくださったのだ。
フォレシアの声に、アルスもハッとした。
「アルス……、すま……ない……、私は、ここまでのようだ……」
その言葉にアルスは何かを言おうと口を開けたが、フォレシアの声が続けて聞こえてくると、それが声になることはなかった。
とても落ち着いた声。それはまるで、初めてエルフの里で出会った時のような、穏やかな声だった。
「分かってくれ……、決して、油断をしたわけではないのだ。レオーネが……、母の形見を持っているとは、思ってもみなかったのだ」
フォレシアは乱れた呼吸の中、大きく息を吐き、鼠色の天を見上げた。
「全く……、天とは意地悪なものだ……。里を襲った……、私から全てを奪った張本人と、こんな場でめぐり合わせてくれるとはな……。
もう少し早くに気づけることができていれば……、母さまの……、みんなの仇を、うつこともかなっただろうに……」
震えた悔しそうな、そして無念を帯びた涙交じりの声だった。
「だけど、天は最後に……、アルス、お前に……会わせてくれた。これを……受け取って……」
アルスはフォレシアが差し出した腕の、中指についた指輪を見た。
それは、フォレシアが、片時も離さなかった、あの指輪だった。
アルスがそっと、その指輪を指から外すのを見ると、フォレシアは微笑み言った。
「私は……、いつでもお前のそばにいる。母さまが、……そうしてくださったように、私も……。
アルス……、私の願いは……届かなかった、……だが、私は、お前の勝利を願っている。お前の導く世界を……いつまでも、見守っている」
震えた少女の手を握ると、アルスは、
「フォレシア……、俺は必ず、必ずこの聖戦に勝ってみせる。そして、誰もが幸せに暮らせる世界、エルフも人間も、共に暮らして行けるような世界に、この世界を導いて見せる。
約束だ」
アルスの涙の伝わった笑みに、フォレシアも唇を緩ませた。
「アルス……、アルスと友達になれて、本当に……良かった。
ありがとう……、私の……、初めての人間の親友……」
その言葉が空気の中に消えると、エルフの少女は静かにその瞳を閉じた。
彼女の腕と体が力無く垂れると、アルスはもう一度ギュッと彼女を抱きしめ、大地にそっと寝かした。
込み上げて来た涙と共に、アルスは両腕を思い切りに地面に叩きつけると、辺りには張り裂けそうな男の慟哭が響き渡った。




