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狂瀾7

 ――母さま、なぜわたしは皆と違うのです?


 物心のつきはじめた、まだ無垢な面影のある、しかし少し眉を落とした表情を浮かべながら訊ねる少女に、エルフの女性は一瞬顔を嶮しくした。

 しかし、すぐに表情を和らげると、腰を下ろし、少女の滑らかな髪を優しく撫でた。


「フォレシア、なぜそう思うの?」


 母に訊かれると、少女は俯き、先程よりも一層顔に影を落として答えた。


「さっき、男の子たちにいわれたの。お前が上手く羽で飛べないのは、人間の血が混じっているからなんだ、って……」


 今にも泣きだしそうだった。

 人間とエルフの間に生まれたエルフ、ハーフエルフにとって、こういった経験は珍しいことではなかった。

 しかし、まだ未熟さの残る少女にとって、それは冷たい短剣(つるぎ)のように深く心に刺さった。

 

 だが、この時、我が子からこの言葉を聞いた母の方が、より一層傷ついていたのかもしれない。このような運命(さだめ)を我が子に負わせてしまうことに対する申し訳のなさ。どうにか、これから先、この子がそれでも幸せになるようにと懸命に接してきた。しかし、この時、いざ少女の口から、その言葉が出ると、返す言葉が見つからなかった。


 だから、とにかく、母は少女を強く抱きしめた。

 突然の抱擁に少女は目を丸くした。


「母さま……?」


「フォレシア」と、その少女の母は、その少女の名を漏らすと、一呼吸を置き、呼吸を整えて言った。


「フォレシア。貴方は確かに他の子たちと違うかもしれない。

 けど、貴方は紛れもない、私の子。私と、皆と同じエルフであることには変わりはない」


 少女は向き直った母の眼から目を逸らさなかった。

 少女は涙を拭い、眉を立て、強く頷いた。


「貴方はこの先、皆よりも苦労をすることがあるかもしれません。

 貴方のお父さん人間でしたが、どんな種族にも誇れる立派な狩人でした。

 貴方がお父さんから受け継いだ弓は、きっと貴方の力になることでしょう。

 もしこの先、辛い事や悲しい事があったら、俯いても構いません。ですが、必ず顔を上げなさい。顔を上げれば、必ず陽の光は見えるのですから」


「はい」と、フォレシアの返事に、母のエルフは微笑むと立ち上がり、木の棚に大事にしまってあった物を取り出し、少女に差し出した。


「母さま、これは」


 少女が驚いた表情を浮かべると、その母は少女の幼い手を手に取り、


「もし挫けそうな時は、この指輪を見なさい。

 私はいつでも貴方の傍にいますよ」


 翠の宝石のはめられた指輪――それは、少女の母が指にはめていた物と同じ物であった。少女は鮮やかな森のような色をした、その宝石を見ると、そこには1語のエルフ文字が浮かんでいた。

 こうした同一の指輪をはめることは、エルフの中では古来より度々あった。家族、恋人、師弟――そういった大切な者達との絆の象徴であり、それぞれを想う気持ちが込められた代物。それをそれぞれが独自に創造した1つの文字に表し、宝石に想いを込めた。


「母さま」


 少女は嬉しそうな表情を浮かべると、その少女を再びエルフの女性は抱擁し、


「フォレシア、強く生きなさい。大丈夫、貴方ならきっと立派な狩人になれます」



 それから、少女は母の言葉通り、逞しい狩人となった。

 エルフの能力は他の者達と劣るものの、それを克服すべく懸命に練習を重ねて来た。

 迫害もあったが、獣や魔物、時には人間から襲われる同士たちを護り、里で生活をしていく中、いつしか誰もが彼女を慕うようになっていた。


 しかし、彼女の運命は再び狂わされた。


 狩人の修行の為、(しば)しの間離れていた里へ戻ると、少女の目は絶望の色に染まった。

 焼野原となり、死屍累々とした仲間の姿――



 もはや誰と分からぬまでに惨殺された凄惨な光景が閃光の如く記憶に蘇った時には、フォレシアは雪と土の冷たい地面に倒れていた。

 レオーネは斧をブンと振るうと、「まだ生きてやがんのか。しぶとい野郎だ」


 呆れたように自身を見つめる巨漢の盗賊。

 なぜ奴が、片時も離す事のなかった私の指にはめたものと同じ――自身を助けて来た、母の指輪をしている?


「かっ……ぐぁっ……」


 それを問おうと声を出そうとするも、痛みの余りに掠れた音が洩れた。

 エルフの少女の右腕は肩から斬り裂かれ、少女から離れた場所に力無く血をばら撒きながら落ちている。

 レオーネはそれを、ズンと踏み砕くと、倒れているフォレシアを見下ろした。


「さて、このままでいれば間もなく失血死。だが、勇者の最期としては無念なものだろう。

 賊王としての情けだ。

 てめえの首を取って、土産として命をもらってやろう」



 レオーネが金色の斧を振り上げた時だった。


 雄叫びを越えた、狂ったような獣の声が響き渡ると、レオーネはすぐにその方向を見た。

 そして、眩い刃の弧が振るわれると、それはレオーネの首を瞬く間に掻いた。


 何とか体を逸らし、直撃を免れるも、レオーネはすぐに地を蹴って後退し、突然現れた、その男を見た。


「て、てめえは……」


 血の垂れる首を抑えながら、レオーネが言うと、蒼い髪をした男、アルスは、聖剣をブンと振り、怒りの滲んだ瞳でレオーネに剣を構えた。


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