夜桜の中のソロ2
宿の女性からもらった笊の様な籠に衣服を入れると、ソロはその湯に足を浸した。
熱い湯船にゆっくり浸かると、先生ほどではないが、思わず唸るような声が漏れる。
白い掌に湯をすくい、顔につけ、白いタオルを頭に乗せると、ソロは瞼をおろした。
長旅の疲れが一気に全身の力と共に抜けていき、穏やかな安らぎが体中に染み込む様に広がっていく。
「良い湯じゃのぉ~♪」
隣では、先生が生き返ったような声を上げていた。
「本当に良い湯ですね~♪」
ちょうど目の前の桜は左右に開けており、夜空には丸い月が浮かび、温かな月光で、温泉に浸かっているソロ達を照らしていた。
ソロと先生が湯で寛いでいると、ぷかぷかとお盆が船のように流れてきた。
そこには徳利と御猪口が乗せられており、幼女はそれを見るなり、嬉しそうに言った。
「おー、きたきた。宝船じゃ宝船じゃ!」
幼女がそれに手を伸ばすと、ソロは「あー!」と声を上げる。
「先生ったら、また勝手に!」
「良いじゃろう。そこの姉ちゃんが、サービス言うのじゃから、飲まないわけにはいくまい」
幼女が「のー、姉ちゃんや」と笑顔で後ろにいる、先程の女性に言うと、女性は、うんうんと気前よく頷く。
「はい、もちろんでございます! 代金の方が結構ですゆえ、どうぞ心ゆくまでお楽しみくださいませ! あ、そちらの方は別の飲み物をお持ちいたしましょうか?」
女性が訊くと、ソロは申し訳なさそうに微笑んで、牛乳を女性に頼んだ。
すると、女性は「かしこまりました!」と元気に返し、奥に見える大きな旅館の方へ駆けて行った。
「それにしても、あの女の人、よく先生の見た目でお酒なんて了承しましたね」
ソロが不思議そうに言うと、幼女は御猪口に入ったお酒を口につけ、言った。
「あの姉ちゃんは精霊の類じゃよ」
「え? 精霊?」
ソロが言葉を繰り返すと、幼女は、うむと頷いた。
「白狐じゃ。かつてはこうした自然豊かな地に沢山おったが、今ではあまり見なくなったの。土地神に仕えていてな、恐らくあの旅館に社があるのじゃろう。祭りやら縁日やらに現われては人を喜ばせることを楽しみとする者たちじゃ、悪さはせんよ」
「だから、先生のこともお分かりになったんですね」
「お待たせいたしました!」
後ろから聞こえて来た声に振り返ると、牛乳瓶を両手で丁寧に持った先程の女性がいた。
「ありがとうございます」
ソロが瓶を受け取ると、女性はニコッと微笑んで「いいえ」と返した。
ソロは瓶の蓋を開けると、ゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。
「お主は本当に牛乳が好きじゃの」
「ある町で聞いたんです。牛乳を飲めば背が大きくなるって。あと……、胸の方も……」
ソロが消えそうな声で言うと、幼女はからかうような笑みを浮かべ言った。
「ふん、お主なんて一生ちんちくりんのまんまじゃ」
「そ、そんなことありません! これから成長するんですから!」
ソロがそう言うと、幼女は穏やかに微笑み、
「楽しみにしておるわ」
「なぁ、ソロ」
幼女の声に、ソロは飲む手を止めた。
幼女は、何かを言いかけ、口を開くも、その言葉が出て来ることはなく、静かに口を閉じ、そして静かに微笑んで言った。
「いや、なんでもない……」
「また、こうしてお主とここに来れれば良いな」
幼女がそう言うと、ソロも口元を和らげ頷いて、
「そうですね」
それは、桜の花びらがゆっくりと舞い、満月が一段と綺麗な、優しい夜のことだった。




