狂瀾1
「ママ……、あれ」
静かな町で、少女は空いていたもう片方の手で天空を指差した。
普段は賑やかな町は、不穏を帯びた静けさに包まれ、その中を風に吹かれた木々の葉が擦れる音のように、人々の騒めきが宙を揺らいでいた。
それもそのはず。いつもであれば、青い空が広がり、燦燦とした斜陽が地上の町を照らしていたことだろう。
しかし、天は雨雲よりも酷く澱んだ、炭のようにどす黒い雲に覆われ、夜のように暗い。そして、何の光であろうか、雲の淡い部分は、血のような赤に染まっていた。
こうした異常な天候は数日間続けば、活気も吹き消された蝋燭のようになるのも自然のことだろう。
幼い娘の手を握っていた母親らしき女性も、少女の声に顔を上げ、天を見上げた。
その表情は、すぐに硬直した。ゆっくりと口を開き、その口がそのままになったのは、その女性だけではない。
その天の光景に次々と人々が気が付くと、すぐに同じような顔になった。
黒と赤の混じった空から、虻蜂の群れのように広がった無数の点の輪郭がはっきりとした時には、町には不器用な血の華が咲き乱れ、一気にそれは赤い海と化した。
竜面の騎士のような魔物達が、銀色の光を放ち、バッサバッサと肉を断ち切って行く。
飛び散る飛沫は漆黒の鎧には目立たず、ギラギラとした眼の光る緑や褐色の肌に鮮やかについた。
「良いか、ガイル様によれば、人間は鏖殺せよ、とのことだ! 赤子1人として逃すな!」
胸に猩々緋の竜紋の入った鎧を身に付けた、火色の竜が叫ぶと、竜の騎士達は威勢の良い声を返した。
このような惨事は、もはや珍事ではなくなっていた。
黒い雲が世界を覆い尽くした後、魔物の大軍が次々と村や町、国に侵攻し、凄惨な世界を築いていた。
それに応えるように、同盟を結んだ国々や義勇軍が次々と立ち上がり、火と血の飛沫が間欠泉のように上がっていく。
魔物達の侵略に抗おうとするのは人間だけに及ばなかった。
動物、精霊、エルフや妖精たちも立ち上がり、魔物達に立ち向かった。
しかし、秩序が歪められた自然はどちらにも容赦はしなかった。
突如として噴火した火山の溶岩は森ごと、その妖精たちや魔物達を飲みこみ、村を跡形もなく消し去った。大地には巨大な亀裂が走り、底の無い闇に剣戟を繰り広げていた者達は、駒のようにクルクルと成す術もなく落ちて行く。
世界がこのような地獄に変わったのは、わずか数日前――魔界の門が開いた瞬間からのことだった。
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